【薫零】キスの日「薫くん」
次のライブはどのくらいのキャパの箱がいいか、どういうコンセプトにするかと話していた零の口がいつの間にか閉じられていて、少し目線を上げれば呆れたような色とぶつかり合う。
「何?」
「何じゃないわい。我輩の話、聞いとったかえ?」
「ごめん、ちょっと考え事してた」
正直にそう答えれば途端に心配そうな顔になる。そういうとこ、世渡り上手に見えて優しすぎるとこ、だから付け込まれるんだよ、俺なんかに。心の中でだけ薫は呟く。
「……何かあったのかえ?」
自分が踏み込んでもいいものか、それとも放っておいて欲しいのかと図るような目から逃れるように視線を下げればまた先ほどと同じ行先にたどり着いた。
零の体の中で自分の唇が唯一触れたことのない、その場所。
手は触れたことがある。特にライブの最中には数えきれないほど。
体を繋げた事はある。ライブ後の高揚感からなんとなく、その後も本当になんとなく。
けれどその唇に触れたことは、無い。
「薫くん、何か困っているのなら」
「大丈夫、零くんは頼まれごとされたくないってわかってるから」
遮るように言えばその勢いに一瞬戸惑ったあと零が笑った。
「それはそうなんじゃけども、薫くんのたってのお願いなら構わぬよ」
「ほんとに?」
「うむ」
「なんでも?」
「……怖くなってきたんじゃけど」
苦笑してふざけたように少し体を引くような素振りを見せて、それでも零は言った。
「我輩に出来ることならなんでも。薫くんの願いなら」
と。
ほらやっぱり優しい、一度懐に入れた者には際限なく優しい。でもだったらそこに付け込んででも手に入れたいと願って。
「 」
薫が言った。
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キスしてない。こ、このあときっとします……!!