【薫零】ロミジュリ3演技に行き詰っていて余計な事考えている場合じゃないのはわかっているのに、薫の頭からは先日の会話が抜けないでいた。
身を焦がすように恋する相手が零にいる。
それは薫にとって大きな衝撃だった。
弟を除けば万人を平等に愛しているような、博愛主義の象徴のような零に、特別な"誰か"がいる。
初恋のようなものだと言っていたから幼稚園の頃かもしれない、自分が先生に恋していたように零も憧れていたのかもしれない。
そう思いはするけれど。
恋するシーンの稽古をしている零はとても無邪気な顔で嬉しそうに相手を見つめて、離れれば切なそうな顔をする。その表情はとても、幼稚園児の幼い恋とは思えなくて。
見ていると何故か薫の胸が苦しくなる。
なんでその顔を向ける相手は俺じゃないの。
「……いいね、じゃあ次のシーン行こうか」
自分が今稽古をつけてもらっていたというのに上の空でそんなことを思った瞬間、演出家から声がかかった。
次のシーンの為に寄ってきた仲間が今の表情いい、台詞がすごくよかったと口々に褒める。更には『初めて振り向いてもらえた気がしました』なんて相手役からも言われてしまって。
薫は青ざめた。
だって自分は今、ジュリエットではなく零のことを考えながら台詞を言ったのだ。
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「薫くん最近絶好調じゃの」
ロミオ以外のシーンになって水を取りに行くと、ちょうど同じタイミングで戻って来ていた零がにこりと笑う。
戸惑いながらもそこは役者、自分の中に生まれた感情を言葉に乗せていけばOKが出るようになり、そうすると自然に相手役との呼吸も合うようになってきた。
元々ロミオは自分に合ってると思えていた役だ、そうなればどんどん自信も付いてきて。
まぁ芝居はね、と薫はひっそり息を吐いた。演技については一つハードルを越えた感があるが、その代償とでもいうのか、零のことを上手く見られなくなってしまった。
自分の恋する相手はジュリエットだ、間違っても179センチの男性では無い。なのに零がジュリエットに愛を囁けば胸に靄がかかるし、自分がジュリエットに触れる時には零を思い出してしまう。
「明日からはチームに分かれて詰めるみたいだからしばらくは別行動かのう」
「ちょうどよかったかも」
思わずぼそりと言えば零が首を傾げた。
「あ、いや零くんの演技見過ぎると引きずられちゃうから。そろそろ俺のロミオしっかり確立しなくちゃなと思って」
過去の作品や海外作品なども全て勉強するタイプと、なるべく台本からだけ読み取ろうとするタイプといるが、薫はどちらかと言えば前者だ。そんな話を前に零ともした。
でも稽古ももう終盤、今ここでそう言うのはおかしくないよね?言い訳がましくないよね?と恐る恐る見やると、一瞬寂しそうな顔をしていた零が取り繕うように『なるほどのう』と笑みを浮かべた。