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    #ミラレイ
    milarei

    「殺してほしい」
    彼女は確かにそう言った。
    俯いた顔からはどんな表情をしているのかさえ読み取れない。
    しかし、その声色だけで彼女の気持ちが充分過ぎるほどに伝わった。

    「何を…」

    いつもなら冗談で笑い飛ばしたいところだが、そうもいかなかったのは、彼女が懐から何かを取り出したものを無言で突きつけられたからだ。
    銃口ではなく、持ち手部分を。

    「なんで今、こんなものを持っているんだ……」

    嫌となるほど見覚えのあるそれは、間違いなく本物だった。

    「貴方に終わらせてほしいのよ」

    痺れを切らしたのか、俺の手を取って武器を握らせる。
    悲しくなるほど冷たい、けれど優しい温もりの彼女自身の手で。

    「処理に関しては心配しないで。この装置のボタンを押せば、虚空が出てくるわ。いつも使っているアレよ。暫くしたらもう1人の私がこっちに来て私を回収してくれる。」

    「お、おいおいおい、ちょっと待ってくれ!お前はさっきから何を言ってるんだ!勝手に自己完結するのはお前の悪いところだぞ!」

    あまりにも淡々と進行されるので、慌てて制止する。
    一体何がお前をそうさせてしまったのか。もし俺が原因で、だから俺に殺してくれと言うなら、死ぬべきはお前じゃない。
    だが、本当にそうだとしたら彼女はこんなにも切ない表情を俺に向けるだろうか。
    そうだ。いつもなら容赦なく罵声を浴びせるだろう。
    そんな俺の変な期待をよそに、彼女は柔らかく微笑んだ。

    「思い出したのよ。全部」

    「誕生日や出身地に、育った場所や環境…両親の顔と恋人だった彼の顔も思い出したわ。それと…私の仕事と……その目的も。」

    「お、おお…、それはよかったじゃないか!ずっと探し求めてきたものなんだろ!?と、とう…とう…?あー、意外と近くにあったんだな!」

    「誕生日を思い出したのなら、俺が盛大に祝ってやろう!お前の親友のワットソンは勿論だが、根暗のおっさんまでみんなを集めてパーティだ!
    いや、その前に記憶を取り戻した会でもやろう!そうだ、今、今すぐにだ!」

    何を思ったのか、俺は焦るように出てくる言葉を次々と捲し立てた。
    彼女は呆気に取られて目を丸くさせた後、再び優しく微笑んだ。

    「ええ、そうね。ありがとう」

    「よし、それじゃあ早速準備に─」

    「でも、その必要はないのよ」

    ……ああ。分かっていた。分かっていたとも。
    それでも、気が変わらないかと期待したんだ。

    重たい沈黙の後、俺はやっと口を開く。

    「……なんで…俺なんだ……?」

    情けなく項垂れる俺の手を優しく握って彼女は答えた。

    「ワットソンじゃだめなのよ。あの子は優し過ぎるから」

    「俺だって優しいぞ」

    「そうね。でも、貴方がいいの。貴方なら、また明日から元気に過ごせるでしょう?」

    「残酷な事言うんだな」

    「貴方ってチームのムードメーカーだもの。…無理ならお得意のホログラムにでもお願いすればいいわ」

    ふわりと彼女の香りがより一層濃くなったと思うと、額に唇を落とされる。
    添えられた手の誘導により、銃口はレイスの心臓部分へと誘われた。

    なあ、これが運命ってやつなのか?
    過去に一体何があったのかは知らねえが、そんなにこいつをこんな風にさせてしまうほどなのか。
    …それは、俺にも背負わせてくれないのか。

    「さあ、しっかり構えて。」

    もう何を言っても無駄なのだろう。
    それほどまでに彼女の決意は固いって事だ。
    こいつは頑固だからな。一度言ったら聞かない。
    これが彼女の切実な願いなら、好いた彼女の願いなら。
    叶えてあげるのが筋ってもんなのかもしれない。

    「…わかったよ。安心しろ。ちゃんと丁寧に弔ってやる」

    引き金に力を込める。

    「ありがとう。貴方が居て、よかったわ」

    彼女の頬を伝う一粒の涙も拭えないまま、乾いた銃声音が耳を劈いた。











    ゴト、と鈍い音を立てて落ちたそれを拾い上げると、音の通りかなりの質量を感じて思わずよろけてしまう。だいぶ疲弊しているのかもしれない。

    「お前、こんな重てぇものをいつも身に付けてたのか?えーと、ポー、ポ…」

    「どうして……」

    彼女は呆然と立ち尽くしている。

    「こんなもん四六時中つけてんから気持ちも重たくなるんだよ。たまには外せ?」

    ギラリと目の奥を光らせて、取り返そうと手を伸ばしてくる彼女を、ヒョイと躱す。

    俺を睨み付けるのはいつもの冷たい視線だった。
    その視線にどこか安心している俺は、相当マゾなようだ。

    「返して。」

    「どうせ死ぬつもりだったんだ。いらないだろ?」

    押し黙る彼女を見下ろして更に続ける。

    「そんなに返してほしけりゃ、どっちか選べ。この装置か、この俺か。」

    「何を…」

    「何を言っているか分からないだろ?俺もそうだった。
    だがお前は、俺に碌な説明も相談もせず勝手に行動した。だから俺もそうする。」

    彼女の顔はみるみると怪訝な顔に変わっていく。
    これがいつもの彼女なら、身の危険を感じるところだ。

    「まあ、最も?この装置は、俺のナイスな腕前のおかげで取り付け部分がボロボロだ。よって修理しないと付けられない。…さあ、どうする?」

    小刻みに震える彼女の小さな体はきっと感銘を受けているに違いないな。

    「ミラージュ…あんた……」

    さあ、俺の前にデコイを出しておいて…
    ああやっぱりイケてるな。俺は最高だ。

    「死ね!」

    殴りかかってきた彼女の拳は空を切って行き場を失う。

    「過去にどんな罪を犯したのか知らねえが、俺に託した以上、楽に死ねると思うなよ!」

    そう吐き捨てて、俺は逃げるようにその場を後にした。

    次に会った時には、俺の顔は原型を取り留めないほど殴られるかもしれないが、それでいい。
    もう2度と、あんな表情かおはさせないと誓うから。

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