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    なまたまご

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    なまたまご

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    ラノベ作家大倶利伽羅先生と家事代行にょたんばちゃの話2ndシーズンドキドキ温泉旅行編
    序2です。

    ※この話はますおさんによる設定をもとにした三次創作です。

         ◇
         
     旅行の出発の日、つまり鶴丸と会った日から二週間後の午前9過ぎ。俺と山姥切は駅の改札口で待ち合わせた。そこに現れた山姥切は勿論あのメイド服…ではなく、初めて見る私服を着ていた。デニムのパンツにレース生地の半袖のブラウス。旅行鞄は思っていたよりもごく小さなものだった。1.5ℓほどのスーツケースがたったひとつ。別段遊びに行く訳ではないのだから、大荷物を持って来られても困るがそれでも女が遠出をするにはあまりに少なく思える。そういえばいつだったか、山姥切が俺の部屋へ泊まりに来た時も、あまりの身軽さに驚いたような。そんな記憶を辿りながら、俺と山姥切は改札を抜け、凡そ3時間にも及ぶ列車の旅路へと足を踏み入れた。

         ◇

     旅の目的地への道のりは長い。幸いなのは長いだけで険しい訳ではないことだ。まず俺と山姥切は終点の駅まで幾つか電車を乗り換えながら凡そ3時間電車に揺られる必要がある。そしてそこへ辿り着いた後は、予約していたレンタカーを引き取り、見知らぬ土地で1時間半程のドライブに興じなければならない。そしてその間、化粧室に寄ったり昼飯を食ったり、適宜休みを取らねばならないとなると、道のりは果てしなく複雑で冗長だ。それでも山姥切とならそこまで苦でもないかと思えた。恋は盲目とはよく言ったものである。自分が恋をしているなどと改めて考えると寒気がするが。
     トンネルを抜けた先の雪景色を淡々と記した有名な書出しの小説がある。俺達が乗る列車がトンネルを抜けた先は、生い茂る緑と乾涸びた蔦だった。恐らくまだ東京に居るのだろうが、随分ともう遠くへ来たような気がする。俺と山姥切はビル群の中を走る電車から、ボックス席のある下りの電車に乗り換えていた。
    「カラチャン先生、」
    ボックス席の向かいに座っている山姥切は俺を見上げた。
    「…人がいる場でそれは辞めろ。」
    「ふむ?」
    「人目を惹く。この旅行中だけで構わん、広光と呼べ。」
    「え、あ…。」
     平日の午前、通学や出勤も少し落ち着いた時間故か、乗客は疎らだった。加えて、都心から離れる路線なら尚更だ。しかしそれなりに名も売れてきたから目立つことは極力避けたい。万が一俺の素性が割れることがあれば面倒だ。流石に山姥切も俺の意図を理解したらしい。ハッとしたように目を見開くと、ぎこちなく頷いた。
    「…ああ。」
    列車は小気味のいい音を刻みながら、遠くへと乗客を乗せて行く。窓の外を流れる景色は、どこまでも木々の緑が続いた。
    「ひろ、みつ。」
    「何だ。」
    「列車に乗っている間、折角だからお互いのことを話さないか。」
    「互いのこと…。」
    もう2年も毎日のように共にいて、今更自分達のことについて話すというのか。いい加減あんたは、俺が何を好いていて何を嫌っているか、何を得意としていて何が苦手か、凡そ何でも分かっただろうに。そこまで考えて、俺はふと気づいた。そういえば俺は、山姥切のことは大してよく知らない。それは、俺が聞かないからであり、あいつも自分から話さないからでもあるだろう。
    「まあ、構わないが…。あんたは俺の何が知りたいんだ。」
    「…うん。俺、カラ…広光の昔のことを聞きたいんだ。」
    「昔、とはどれくらいだ。」
    その単語が示す範囲はあまりに広大だ。
    「そうだな。ではまず、広光が俺くらいの歳だった頃とか。」
    「…知ってどうする。」
    俺は窓際に肘をついて外を見た。別に話したくないという訳ではない。だが面白味には欠けるだろうとは思った。
    「ただ、知りたいんだ。ただそれだけ…。」
    窓に映った山姥切は俯いていた。罪悪感に駆られて頭を掻く。
    「…俺は東京の大学に受かって、あんたの歳くらいに上京した。」
    「広光の生まれは仙台だったな。」
    「ああ。」
    電車は一定のリズムを奏でながら、掴み所のない俺と山姥切の会話を運んでいく。
    「一年目はとにかくやることが多かった。だが俺は特に遊びたい場所や人も無かったから、苦には思わなかった。」
    「あんたらしいな。」
    俺らしいとはどういうことだろう。つまらない人間だと言いたいのか。否定はしない。現に俺は何度もお前はつまらない奴だと言われてきた。
    「バイトとかはしていたのか?」
    「ガソリンスタンドや古本屋で働いていた。」
    「へえ。」
    特にどちらのバイト先にも思い出はない。だからこの話はこれで終わりだ。
    「彼女は?」
    「…は」
    「彼女、いたのか。広光には。」
    ゆっくりと山姥切は俺を見上げた。その瞳はどこか潤んでいて、熱を帯びているようにも見える。言葉を発した後の唇は、無音の吐息を漏らしながらぱくぱくと小さく動いていた。俺は山姥切を見ていられなくなって、また窓の外に視線を逸らした。乾く唇を巻き込むようにして一度固く口を閉じて、それから何とか再び開く。
    「いた。」
    その次の瞬間、全てが無音になったような気がした。窓ガラスを介してさえ、山姥切を見られない。
    「…やっぱり、そうだよな。」
    「昔の話だ。」
    「どんな奴だった?何人いた?可愛いと綺麗だったらどっちだ?」
    声が近くなって、そちらを見ると山姥切は前のめりになって俺を下から覗き込むようにしていた。その表情は躍起になっているように見える。何をそんなに興奮することがある。
    「っ…喧しい。」
    「いいだろ、聞きたいんだ。」
    話したくない訳ではない。けれど話したい訳でもない。適切な話し方と言葉の選び方が分からなかった。だからもしそれで不用意な発言をしたら、と思うと身が竦む。
    「…いつかな。」
    「今がいい。」
    俺は無言で否と答えた。山姥切は唇をむっとさせて、目をきつくしてじっと俺を見つめている。ふ、と息をついて俺は目を伏せた。
    そうして山姥切の頬を手で覆って、そっと囁く。
    「夜になったら話してやる。それまで待っていろ。」
    「っぇ…ぁ。」
    山姥切は顔を真っ赤にして、眉を八の字にした。掌に伝わる温度は熱く、すぐに身体まで火照りが移りそうなくらいだ。山姥切は懸命に身体を後ろへ退こうとした。けれど俺の手がそれを妨げている。山姥切の瞳は困惑ですっかりぐずぐずになって、蕩け落ちてしまいそうになった。
    「他には?あんたは俺の何が聞きたい。」
    「ぁ、ぇと…。ええと…はな、離して。」
    「話すさ。」
    「違う…っ、手を。手を離して。」
    分かっている。俺はわざと間違えた。湯気が出そうなほどの山姥切に目を細め、俺は掌をそっと撫でるように動かした。いよいよ山姥切は身体を震えさせて、泣きそうになりながら睫毛を伏せた。甘い匂いが喉の奥に絡みついて、腹の底が熱くなるような予感を感じる。これはきっと、山姥切が纏う女の匂いだ。それを簡単に振り撒くことに怒りを覚えた。それと同時に、なぜこんな簡単なことでそうしてしまうのか疑問も覚えた。
    「ああ。」
    俺の手が離れるや否や、山姥切は背中をぴったりと座席のシートにくっつけた。俺は小さく鼻を鳴らして、窓に外を向いた。窓に映る山姥切の顔はまだ赤い。
    「広光の…。」
    「ああ。」
    「広光の小さな頃の話が聞きたい。」
    窓の外の景色は、飽きもせずに緑で塗りつぶされている。俺は遠い記憶に思いを馳せて、唇を開いた。
    「…ああ。」
    「話してくれるのか。」
    「そうだな。」
    列車は次の駅に着くことを間延びした声で告げた。まだ俺たちの降りる駅より随分と前の駅だ。
    「俺が鶴丸と暮らし始めたのは、9歳の時だった。」
    こんな話は何も面白くない。人の人生など、つまらないラノベよりもずっと、面白くないのだから。それでも山姥切は、口を横一文字にして、澄んだ瞳を静かに揺らせて、俺の話に耳を傾けた。
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    なまたまご

    TRAININGラノベ作家大倶利伽羅先生と家事代行にょたんばちゃの話2ndシーズンドキドキ温泉旅行編
    序です。

    ※この話はますおさんによる設定をもとにした三次創作です。
    山姥切と初めて会った日、鶴丸は山姥切を俺に舞い降りた天使だと形容した。今となって考えると、それもあながち間違いではなかったかもしれない。

        ◇

     山姥切と出会ってから気づけば2年ほど経っていた。俺の初めてのヒット作、『俺ん家のエロすぎる無表情エルフメイドをどうにかしてくれないか』通称えるどうはアニメ化が決まった。毎度頭を悩ませられるお色気や、恋愛要素を増やしたことが功を奏したのだ。巻数は8巻に届き、発行部数も伸びて毎月の貯金額が少しだけ増えた。全ては順調、なのだろう。そう全く思えないのは2年もこの女と居るというのに、いつまでも振り回されているままであるからだ。それは恐らく…俺がこの女に好意を抱いているらしいと自覚したからという原因も関係しているだろう。誠に遺憾である。しかし、だから何だというのだ。俺はそれをあいつに告げる気はなかった。言ってどうなる?あの女が作る飯は嫌いじゃない。あの女がただこの部屋にいる時間がもはや当たり前だ。無闇にそれを壊すくらいなら、何もしないほうがいい。
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