かきかけ腕からそろりと針を抜いたアリサが、ほっとしたように息を吐く。くすんだ色の静脈血を採血管に移し分ける操作まで、いつになく落ち着いた様子なのがむしろ怪訝で、ローは眉を寄せた。採血や注射の手技は何度も練習相手になってやっているのに、この女は毎度毎度妙に肩に力が入りすぎてへたくそなままだなと思っていた。今さっきみたいな落ち着いた手技は初めて見た。
「右からも取っときます?」
「いや、もういい」
病原体の正体さえわかれば充分だし、どうせ船内のラボでできることは限られている。そんなにたくさんのサンプルはいらないだろう。
椅子に腰掛けたまま採血管とシリンジを片付けたアリサの手が、そのままてきぱきと自分の左腕に綿球を留め付けるのを見下ろしながら首を横に振る。自分で発した言葉なのに、耳の奥に聞こえる声が聞き慣れないものであることで、余計に眉間の皺が深くなる。いつもより近い距離から見上げてくるアリサが、ぱちりと瞬いた。
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