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    一昨年くらいに書いたみか宗。みかの誕生日に書いたものになります。ほんとにこれは、供養、、

    君の未来みか宗 「君の未来」


     音楽が聞こえる。悪夢のように辛く、耳を塞ぎたくなる、それでも塞ぐことを許してくれない音。
     ああ、お師さんが怒っている。その内に秘めた怒りを、今音楽にぶつけている。怒らないで、おれがいるから、おれがなんでも表現するから、お師さんの人形になるから。だから、その辛い気持ちをおれにぶつけて。そんな、悲しい音楽を作らないで。
     おれはお師さんの芸術に口出しはできなかった。おれはただの人形。お師さんの意のままに動くことが使命。お師さんの芸術に生きることだけが喜び。お師さんが怒っているのなら、おれは喜んでその怒りの音楽を奏でよう。そのことに不満はない。そう、不満なんて微塵もないのだけれど、でもおれは、お師さんのことが大好きだから、大好きな人には、どうか笑っていて欲しいと思ってしまうのは、片思いのわがままなんだろうか。願うことも、許されないのだろうか。


     「影片」
     「、う、ううん…」


     お師さんの声がする。優しいその低い声は、決して怒ってなどいなかった。けれど、きっとお師さんは静かに怒っているのだ。


     「影片、いつまで寝ているのかね」
     「うぅ、お師さん、怒らんといて…」
     「僕は怒ってなどいないのだよ!」


     怒ってるやん〜、とおれは無我夢中で手を伸ばした。視界は真っ暗で、多分おれは夢の中にいるんだと思う。その曲が聞こえるのは見慣れた部室からで、でもそこにおれたちはもういない。卒業したのだから、絶対にそんなはずはないのだ。でも、奏でているのはお師さんだ。おれが目覚めていいはずがない。傍にいると誓ったんだから。たとえ夢の中だとしても、おれはお師さんの隣を離れないよ。


     「なんだ、起こしてほしいと、僕に言っているのかね?」


     なら望みを叶えてあげよう、とひんやりとした滑らかな感触が、おれの手を包んだ。そしてそのまま柔らかなものが触れ、ちゅ、とリップ音が響く。おれは眠っているはずなのに、それだけはやけに鮮明に聞こえて、自分の意思とは関係なく、重かったはずの瞼が一瞬で開いた。目の前には珍しくいたずらっ子のように、口角を少し上げたお師さんがいた。


     「お、お、お師さん!?」
     「まったく、世話がやけるね。やっと目を覚ました」
     「な、なんで!?おれ、夢の中で、」
     「夢?僕の夢かい?」
     「そうなんよ!お師さんが、部室でピアノ弾いててん。多分新曲なんやけど、それがものすっごく辛い曲で。だからおれ、お師さんの傍にいなあかんって思って…。それなのに!目が覚めてもうたやん!お師さんが、キ、キスなんてするから!」
     「…僕は君に怒られているのか?」
     「いや怒ってないけど!でもおれはお師さんの人形やから、夢の中でもお師さんの奏でる曲に合わせて踊ってたかったんよ!」


     それはそれは申し訳ないことをしたね、とお師さんはくるりとおれに背を向けた。それからピアノの前に座ってしまう。


     「お師さん、ごめんなさぁい。でもおれな、」
     「確かに僕は君が寝ている時にピアノを弾いていたよ。どうしても、間に合わせなくてはならない曲があってね」
     「そ、そんなに急ぎの仕事あったっけ?」


     おれは慌ててベッドから飛び起きて、お師さんの座るピアノの隣に立つ。


     「仕事ではないけどね。でも大切な曲なのだよ」


     ポン、とお師さんが鍵盤に指をのせた。少し節のある、長くて綺麗な指が、鍵盤の上を踊っていく。ピアノの鍵盤は意外と重い。けれどその重さを感じさせないほど、滑らかで、軽やかなタッチだった。音が光の粒になって、空を舞う。お師さんがタクトを振るうように、音符たちも奏でていく。なんて、輝かしいリズムなんだろう。なんて、力強い旋律なんだろう。なんて、心が、震える曲なんだろう。


     「お師さん、すごい!一体何の曲?おれ、めっちゃ感動した!」
     「ふんっ、それは良かったのだよ。一人の芸術家から、評価を受けるのはとても有難いことだね」
     「芸術家…」
     「当たり前だろう」


     曲が進んでいく。不思議と、自分の生きている世界も、景色を変えていくようだった。真っ白な世界が暗転し、太陽が昇り、月が見えて、雲に隠れ、雪が降る。再び太陽が現れ、それら全てを照らし、溶かし、道を作る。そこを進めと、曲が教えてくれている。曲が表現していく辛さも喜びも、それら全てに、心臓が呼応しているようだった。


     「お師さんお師さん!早く衣装も振り付けも考えてほしいわ〜!おれ、早く踊りたい!お師さんの世界を堪能したい!世界のみんなに、こんなにも素敵な曲があるって、知らしめたい!」


     早口で迫るおれを見て、お師さんは小さく笑った。


     「おかしいね。僕は、たった一人の人に送るために、この曲を作ったのだけれど」


     随分と壮大になってしまったのだよ、とお師さんが首をかしげるから、おれは慌てて首を横に振った。


     「ご、ごめん、おれ、自分の感想ばかり言ってしもうた…。違うねん、お師さんの考えでいいんよ。これは、お師さんの作品やねんから」
     「いや、君が、それだけの器になったということなのだろうね」


     ほぇ?と情けない声が出た。先ほどまで鍵盤を愛でていたお師さんの手が、おれの頰を包む。


     「誕生日おめでとう、影片」
     「っ、」
     「君の人生を曲にしたのだよ。そして、これからの期待を込めた。きっと、僕の隣に立つ君なら、共感してくれると信じていたよ。君の心が、震えていることが、僕にも伝わってきた」


     気づいたら、涙が溢れていた。ぼろぼろと溢れるそれは、お師さんの手を濡らす。まったく仕方ないね、と拭ってくれるその手があまりにも温かくて、おれは思わずお師さんの手の上から自分の手を重ねた。


     「お師さん、ありがとう。ありがとうな。おれ、今までで一番嬉しい誕生日プレゼントや」
     「僕が、自分の魂を込めて作った曲なのだよ。君がこれから、この曲以上に、自分の芸術を広める未来があると、この僕が確信しているのだから、そろそろ自信を持ちたまえ」
     「…」


     ああ、おれはなんて素敵な人形師の元に生まれたんだろう。ひとつひとつ、丁寧に縫い合わせ、まるで生きていると錯覚するほどの人形を作ってきた人形師が、とうとう一人の新たな芸術家を生み出したのだ。それがおれで良かった。おれ以外の誰でもない。影片みかに、その命を吹き込んだのは、紛れもない事実なのだ。


     「おれはこれからもお師さんの隣にいるよ。おれの世界一はいつまでもお師さんだし、いつまでもお師さんの芸術の中で生きるよ」


     愛を誓おう。
     これまで俺を、精一杯の愛で守ってくれたお師さんへ、これからのおれの全てをもって、愛を返そう。


     「お師さん大好き」


     重ね合っていた手を取り、おれはお師さんの手の甲へキスを落とした。


     「だから、そんなお師さんに、おれの生きる道を示してもらえて、おれは本当に幸せモンや。おれはおれの芸術を見つけて、この幸せをぜ〜んぶお師さんにあげる。今度はおれがお師さんを幸せにしたる」


     夢の中で、辛く悲しい曲を弾いていたお師さん。あの時は、何もできなくてごめんな。何かしたくても、おれに力が無かった。覚悟がなかった。無力感に絶望していただけだった。


     「僕は君に幸せになってほしいのだけれどね」
     「じゃあ、おあいこやな。尚更、ずっと一緒にいなきゃ」


     もう一回弾いて、とお願いすると、当たり前なのだよ、とお師さんは再び鍵盤の上に指をのせた。
     ああ、ここが、おれが今から歩む道なのだ。お師さんがおれに期待をしてくれている。おれに輝かしい未来あれと祈ってくれている。辛いことがあっても、もう耳を塞ぐことはしない。これら全てがおれの芸術だと示すんだ。


     「…お師さん、笑ってる?」
     「…まあ、そうかもしれないね。君のこれからを考えたら、なんだか自然とそういう気分になったのだよ」


     どんな芸術でも、おれはお師さんの生み出したものなら、喜んで表現しよう。だけど、できればそれが苦しみじゃなく、お師さんも笑顔になってくれるものだったらいいな。二人で、最高の芸術を求めて歩んでいく道が、幸せに溢れた世界だといいな。


    end.





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