わし様がアシュくんに楽器の弾き方を教える話「わし様がタンプーラの弾き方を教えてやろう」
夜遅くに大きな楽器を抱えてやってきた気まぐれな恋人の言葉に俺は首を振った。
「俺が弾けるのを旦那は知ってるじゃねぇか」
教育熱心だった父の薫陶で俺は楽器を一通り弾けるし、タンプーラだって旦那の目の前で披露した事がある。
その言葉に何故か旦那はにやにやと笑ってベッドの脇にタンプーラを置いた。
サーヴァントに支給される小さなワンルーム。改造する者も多かったが俺の部屋はベッドの横に小さなテーブルと椅子2脚があるままだ。
旦那は椅子ではなくベッドに腰を下ろす。そして俺を手招きした。
すこし距離をおいて隣に座った。というのに、旦那はずいっと体を寄せてくる。
ふわりと甘ったるい香りが漂った。
昔、旦那が父の元で鍛錬をしていた頃。汗をかいた旦那から香るそれに何度心を乱されたことだろうか。
体温が跳ね上がりそうになるのを意思の力だけで抑え込んでいる俺に旦那は息を吹きかける。
「まあ、持ってみろ」
ざわざわと耳の奥が震える感触を表に出さないようにして、俺は何気なく見えるように旦那のタンプーラを抱える。
手が自然に弦を抑える。その手に浅黒い手が重なった。
もう片方の手が俺の肩へとまわされる。そして俺を軸にするかのように旦那は体を移動させ、俺の背後に座り直した。
旦那の足が俺の両脇にある。俺を抱え込むようにして旦那は体を寄せた。──体温が伝わる。
ビィイン
知らず力の入った指が弦を弾いたのだろう。低い音が部屋に響いた。
それがおかしいのか旦那はくふくふと笑う。その振動が背中に伝わり、俺は立ち上がりそうになる。
「アシュヴァッターマン」
旦那の、ドゥリーヨダナの声が俺を縛る。
「わし様はお前の演奏が好きだ。軽やかでいて情熱的。細やかに楽器を奏でる様も眺めていて心地よい」
そこで旦那は一旦言葉を切り。
「──ところで、楽器の弾き方は恋人の抱き方と同じらしいぞ」
冷や汗が流れる。
そんな俺の頭に旦那は頬を寄せた。
「おまえとわし様が恋人になってどれくらい経ったかなぁ? 二ヶ月? 三ヶ月? もしかして一年かなぁ??」
「──半年デス」
回答に背後で旦那の気配が冷たく変わる。
「おまえ、わし様に恥をかかせるにも限度があるぞ」
俺は言い訳出来ない。
旦那の手が俺の首にまわされても文句の言えないことをしている。
セックスだけが恋人のすべてとは言わねぇが、付き合って半年経っても手を出さないのは相手に魅力がないと言っているも同然だ。
実際には魅力がないなんてことはありえねぇんだが。
今でも旦那を背中に感じて勝手に心臓が跳ね回っている。頭に血が昇ってぐらぐらと煮えたぎるようだ。
それでも楽器を押さえていた俺の手を、旦那の手が滑り降りる。人差し指が手の甲から腕をなぞり、肩を越えて、首を巡り、顎を割って、唇に。
「アシュヴァッターマン」
穏やかに促されて、俺は唇を開けた。
踊る心臓に押し出されている息が旦那の指にかかる。何も言わない旦那にふにふにと唇を弄ばれるだけなのに、包まれている香りのせいもあってあらぬところに血が集まりそうになる。
「──旦那、」
この期に及んで離してくれと訴える俺に、旦那は無言で逆にぴったりと俺を抱き寄せた。
そこに感じる同じ熱。
ゴトリ、とタンプーラが床に倒れる。
俺は振り返って旦那を抱きしめた。意外に思える程柔らかく抱きしめ返される。
──そういえば、この人は静かに楽器を奏でる人だった。
自分だけが熱を帯びていたのではないと知って、俺は楽器よりも遥かにそっとこの人の体に指を這わせた。