サンタカルナがわし様に恋心をプレゼントする話 クリスマスが近い穏やかな昼下がり。マスターの少年が自室へと向かっているとドタドタと足音が響いた。
人気のないストームボーダーの廊下を駆けてきたのは敏捷Dのドゥリーヨダナだ。その後ろを敏捷EXのサンタカルナが追いかけてくる。親しい友人であるふたりの鬼ごっこはステータス的には勝負にならないはずだが、
「むふふ、これを開けていいのか?」
ドゥリーヨダナが手に持った黒いプレゼントボックスのリボンに手をかける度にサンタカルナの動きが急停止するため、ドゥリーヨダナが圧勝していた。
だるまさんがころんだ!のようにサンタカルナの動きを止めて、その間にマスターすれ違おうとしたドゥリーヨダナを少年は呼び止める。
「それ開くの? ヴリトラの箱だよね?」
ドゥリーヨダナが持つ黒い箱にマスターは見覚えがあった。何年か前のクリスマスにヴリトラが概念で堰き止めたプレゼントだ。あの時はヴリトラを倒さなければ開かなかったプレゼントを手の中でくるくると回してドゥリーヨダナはいかにも楽しそうに笑った。
「術を施した本人が教えてくれたのだ『中身を当てたら開けられるぞ』とな」
「──中身?」
ドゥリーヨダナがクリスマスプレゼントを持っているということはそれは彼が一番欲しいもののはずだ。一人前のサンタクロースであるサンタカルナがそこを間違えるとは思えない。だというのに律儀に少し離れた場所に立ったままの当のサンタカルナが声を投げる。
「それはお前には必要がないものだ。ドゥリーヨダナ」
「必要かどうかはわし様が決めまーす!! そもそもおまえからのプレゼントをなんで返さなければならんのだー!!」
子どものようにプレゼントを抱き込んだドゥリーヨダナにマスターは首を傾げた。
懸命に試練に抗う者が好きなヴリトラの趣味嗜好的にドゥリーヨダナは対象外に思える。彼女が好んでドゥリーヨダナのプレゼントに術を施すとは思えなかった。
「ドゥリーヨダナ。ヴリトラはなんて言ってたの?」
「『スーリヤの息子に術を頼まれたが奴に返さずお主に渡した方が楽しめそうじゃ。見事この中身を当ててみよ!』 ──まあ、わし様は何でも分かる賢明な王子であるがゆえに、このプレゼントの中身などひと目で見抜いたわけだが」
得意げに顎に手を当てるドゥリーヨダナをマスターは不審そうに見上げた。
あのヴリトラがそんな簡単な試練を出すはずがない。
「ドゥリーヨダナ。ちょっと中身を言ってみて」
「やめろ、開いてしまう」
制止にマスターはカルナを振り返った。カルナはサンタになって表情が豊かになったが、その端正な顔が少し強張っている。
カルナは開けられては困るのだ。
──ドゥリーヨダナが欲しくてカルナが渡したくないもの。
それが分からずにマスターは首をひねる。
悪辣なドゥリーヨダナに迎合しがちとはいえ、カルナは個人では少しバトルジャンキーではあるが良識ある人物だ。
「違法なものではないよね?」
「危険物ではない」
サンタカルナの返答にマスターは胸を撫で下ろした。
「誰でも持っているもの?」
「人によるだろう」
「わし様は優美にして完璧な王子ゆえ生前溢れんばかりに持っていたが。これが一番欲しいのだ」
カルナとドゥリーヨダナのコメントに中身を当てようとしていたマスターは、考えるのをやめて手を上げた。
「提案です。ドゥリーヨダナはプレゼントを受け取りたい。カルナは開けて欲しくない。なら、ドゥリーヨダナが受け取っても開けない約束をしてくれればいいのでは?」
「えー。中身を出せないプレゼントなど意味ないがー?」
唇を尖らせたドゥリーヨダナと違い、カルナはそんな彼に顔を向けて頷いた。
「その条件ならばオレに否やはない。──おまえはオレとの約束は破らなかった」
生前、ドゥリーヨダナはパーンダヴァとの約束は豪快に破ったが、アルジュナと戦わせて欲しいというカルナの願いを破格の地位を与えてまで叶えた。そのドゥリーヨダナは念押しされて少し不満そうにプレゼントを持ち直す。
その背筋がすっと伸びた。
「ならばカルナよ。わし様を納得させてみよ。何故、このプレゼントを開けてはならんのだ?」
ドゥリーヨダナとマスターが見守る中、カルナはゆっくりと口を開いた。
「おまえには必要がないものだからだ」
「それだけだとさすがのわし様も分からん」
促されてカルナは言葉を続ける。
「おまえはオレのかけがえのない友であり、オレをクシャトリヤにしてくれた。養子にしてくれ、あの大戦ではアルジュナと戦わせてくれた。言うまでもなく恩人だ」
「だったらなおのことプレゼントのひとつやふたつくれてもいいだろう?」
「オレはおまえより年上だ」
「年は関係なかろう」
カルナが並べた理由にドゥリーヨダナは深い溜息をついた。
「──却下だ。おまえほんっとうに交渉に向いとらんな。わし様の利点がひとつもない」
その言葉にカルナは眉を寄せた。
「『それ』はおまえのためにはならないものだ」
「ほう?」
面白そうに眉を上げたドゥリーヨダナにカルナは言い募る。
「ドゥリーヨダナ。おまえは強欲で愚かで諦めるという美徳を知らない。──生前もおまえは途中で止まるべきだった」
12億人が死亡したというクルクシェートラの戦いの発端はドゥリーヨダナが王位を諦めなかったことだ。
「…カルナさんは生前のことを後悔しているの?」
黙りこくったドゥリーヨダナの代わりに少年が問いかけると、修行時代の意識が強いというカルナはドゥリーヨダナを見据えた。
「『こんなもの』がなければ、おまえはあのような死に方をせずにすんだかもしれない、とは思う」
ドゥリーヨダナが持っている黒い箱をカルナの瞳が映した。
「『これ』が無ければオレは他の者にしたように破滅に進むおまえを制止し、もしくは愚行に溺れるおまえを見限ることも出来ただろう。──結末は変わっていたはずだ」
サンタカルナが戦う者としては細い手を伸ばした。
「返すがいい。それはおまえのためにはならない」
ドゥリーヨダナがプレゼントを抱えたままその手を見つめた。
そのプレゼントボックスに何が入っているのか、マスターも薄々気づき始めていた。
だが、返せと言えるだろうか。
ドゥリーヨダナが『一番欲しかった』からこそ、サンタの袋からそのプレゼントが出てきたはずなのだ。
それを他ならぬサンタカルナが分かっていないはずはない。
「我が友よ」
促されてドゥリーヨダナの眉間にしわが寄る。
「…………わし様はおまえの友だ。おまえを養子に迎えた父でもあり。アンガ王であるおまえの主でもある。──もう少しもらってもいいではないか、」
「強欲が過ぎる」
カルナの切り捨てるような言葉にはどうしても捨てきれない親しさが滲んでいた。
マスターは気づく。
プレゼントの中身を知っているドゥリーヨダナはカルナの同意を取らなくてもいつだってそれを開けてしまう事が出来るのだ。
誰もが強欲だと言うドゥリーヨダナが、『一番欲しいもの』を無理やり手に入れようとしないこと。それは。
「…カルナさんは心配しなくていいと思う」
マスターが呟くと二対の瞳が不思議そうに向けられた。
本当にカルナが心配する必要なんかないのだ。
今だって、カルナさんはプレゼントを開けようとしているドゥリーヨダナを制止出来ているし。ドゥリーヨダナもカルナさんを振り切ってプレゼントを開けようとしていない。
『一番欲しいもの』なのに。
それに気づいていないのだろうか。そんなふたりに数多のサーヴァントを従えるマスターは笑って片手をかざした。
「もしドゥリーヨダナが暴走しても、これがあるよ」
赤く刻まれた令呪にドゥリーヨダナはあからさまに顔をしかめ、サンタカルナは安堵のため息をついた。
「そうだったな。オレはまた他者の力を借りるということを失念していた。感謝する」
万が一カルナが生前と同じように破滅に向かうドゥリーヨダナを止められなかったとしても、今はマスターがいる。その令呪は彼らがサーヴァントであるかぎり効力を発揮するのだ。
「なんでわし様が悪さすると思っているのだ? こぉんなにも真面目にサーヴァントをやっておるのに!」
意思を通じ合わせたふたりに文句を言いながらドゥリーヨダナは黒いプレゼントボックスのリボンを引っ張る。もちろん中身を当てていないので開くことはない。
そんなドゥリーヨダナにカルナは微笑みかけた。
「開けるがいい。ドゥリーヨダナ。──オレにもう迷いはない」
「開けて開けて、中身が見たいー!」
期待いっぱいのマスターの眼差しに悪い気はしなかったのかドゥリーヨダナはふふんと得意そうに鼻をならした。
「まあ、カルナの全てはわし様のものだからな」
差し出されたマスターの手の上に当然のようにプレゼントボックスを置いて、ドゥリーヨダナの両手が固く堰き止められたリボンをつまむ。ゆっくりとそれが引かれ。
「ここに入っているのは、──」
あふれる光の中、カルナが弾む声で呟いた。
「これでおまえを際限なく愛せる」
「ん? おまえ今までセーブしておったのか?」
「あんなに甘やかしていたのに!?」
マスターの驚きに返ってきた笑い声はどこまでも幸せそうだった。