ビマさんが鉄像に出会った話 隠された小さな庭園の真ん中には『俺』が佇んでいた。
ドゥリーヨダナが住んでいた宮殿を俺が使うようになって数ヶ月。おそらくこれが最後だろう隠し扉を俺は蹴り壊した。
後ろ暗いところしかなかっただろうあの馬鹿は、自分の住んでいた場所に隠し通路やら隠し部屋やらを数えきれないほど作っており、俺はその発見と封鎖に走り回っていた。
この扉はヤツの寝室の床にあったもので、蹴り開けたその先には俺が背を屈めてやっと通れる程の小さな通路が続いていた。罠があった時のために侍従たちを置いて、俺はひとりで埃ひとつない通路を進む。突き当りにあった梯子を登ると、そこは小さな庭園が広がっていた。
王宮の壮麗な造園とは異なる柔らかな草花。ひとまわりするのに5分もかからない小さな庭園には果実を実らせたいくつもの枝がゆったりと頭を垂れ人の手を待っていた。
その、中央に立つ人影。
俺の胸元ほどの大きさの鉄の像を見た時、俺はひとりで来た事を何かに感謝せずにはいられなかった。
ーーーその像は俺の姿をしていた。
少し微笑んで腕を広げたその『俺』はまだ若く。多分俺達がこの宮殿に住んでいた頃。燃える家を贈られる前の俺だった。
まあ、そうだろう。まつげまで鋳造されている精緻なこの像を作るには、職人に俺をじっくり見せることが不可欠であり、そんな機会はあの頃をおいてなかっただろう。
だが、
「……どうしてだ?」
あの燃える家でドゥリーヨダナは明らかに俺達を殺すつもりだった。
なのに、どうしてこんな像を作らせたのか。
それだけでなく……。
俺は像に手を伸ばした。『俺』が着せられていた衣服は鉄ではなく布。動かない像の上に巻かれ、縫い合わされた生地は厚く美しい模様が縫い込まれており、一目で高級なものだと分かる。
あの男の立場的に安物の生地は手に入らなかったのかもしれない。
だが、『俺』の首に掛けられた大粒の紫水晶が並ぶ金の首飾りが俺の推測の全てを否定して輝いている。
雨ざらしの像に服を着せ高価な宝石で着飾らせる心境など俺には分からない。
途方にくれた俺は、不意に『俺』の耳がほんの少し欠けていることに気づいた。
よく見れば服も何箇所かすり減っている。
顔、脇腹、胸。ーーーその場所は人体の急所だった。
理解出来る状況にやっと俺は息を吐いた。
ドゥリーヨダナは嫌っている俺の代わりにこいつを殴りつけていたのだろう。そのついでに、なにかろくでもない考えでこれを飾り付けていたに違いない。
ずっと。
俺がいない間ずっと。
俺達パーンダヴァがこの宮殿を出てから何年経っただろう。森を彷徨い、婚姻し、森に送られ、都を築き、また森に追放された。
ーーーその間この『俺』はずっと。
鳥のさえずりが聞こえる。自然の風が俺の髪を乱したが『俺』は微動だにしなかった。
「……お前は俺じゃない」
ドゥリーヨダナの寝室から繋がっている場所に立ち続けている像は答えない。
俺は再度手を伸ばした。
輝くような首飾りを引き千切る。連なった宝石がバラバラにどこかへ飛んでいった。
その行方を見ようともせず、俺は服を掴む。改めて見れば、その服装は俺の好みではなく明らかにドゥリーヨダナの好みだった。
破り捨てた!
むしり取った!
丸裸にした!
ドゥリーヨダナがこいつに与えたもの全てを取り去れば、そこにいたのはまだヤツと決裂する前の『俺』だった。
蹴り飛ばせば、重い像が揺らぐ。棍棒を持ってこなかったことを後悔した。
「消えてしまえっ!!」
絶叫は誰にも届かず、小さな庭園を揺るがしただけに終わる。
「なんで!なんでこんなものを作った!ドゥリーヨダナぁ!!!」
雑草ひとつ生えていない庭園、埃が溜まっていなかった通路は、あいつがここに足繁く通っていたことを示している。
あいつはこの『俺』を見て何を思った?
この『俺』を着飾って何を考えていた?
鉄が欠けるほどの打撃を与えながら何を見ていた?
「教えてくれよ。馬鹿野郎」
俺が殺したドゥリーヨダナは、記憶の中で『そんな事教えるはずがないだろう?馬鹿ビーマ』とおかしそうに笑った。