ヨダナさんがアシュくんを誘惑する話 ドゥリーヨダナがドアを閉めたのを見て、アシュヴァッターマンは洗い物をしていた手を止めた。
リビングが見えるアイランドキッチンはドゥリーヨダナが周回で稼いだQPで作らせたものだ。空間が限られているはずのストームボーダーでも資金さえあれば居室を広々とした住まいに拡張出来る。
それでも生前住んでいた宮殿と比べてしまうのか、不満そうにあれやこれやと手を入れている部屋の主は何故か牛乳パックを片手にキッチンカウンターへやって来た。
「ほら旦那」
言われる前にドゥリーヨダナのグラスを背後の食器棚から出したアシュヴァッターマンに、ドゥリーヨダナは表情を蕩けさせた。
「アシュヴァッターマンのみるくをわし様にたっぷり注いで」
言われた通りアシュヴァッターマンはドゥリーヨダナから牛乳を受け取ると彼のお気に入りのグラスに注いだ。
「これでいいのか?」
「…おかしいな。こう言うと男はめろめろの狼になると聞いたのだが」
首をひねるドゥリーヨダナにアシュヴァッターマンは問いかける。
「旦那はそれでめろめろの狼になるのかよ?」
「試してみるか?」
ドゥリーヨダナの提案にアシュヴァッターマンが自分のグラスを取り出した。
今度はドゥリーヨダナが牛乳を注ぐ。
「…どうだ? わし様にめろめろになったか?」
「大して変わんねぇな」
「うむむ」
アシュヴァッターマンの返答に唸りながらドゥリーヨダナはグラスを傾ける。
そうして大きく口を開いた。
「……旦那、食べ物を口に含んだままは行儀が悪いぜ」
指摘にごくん、とドゥリーヨダナは口の中の牛乳を飲み込んだ。
「話がちがーう!!」
「旦那、妙な噂話を真に受けんじゃねぇよ」
どこかで悪戯好きなサーヴァントに妙な事を吹き込まれただろうドゥリーヨダナに、アシュヴァッターマンはため息をついた。
バラモンのアシュヴァッターマンには分からないが、生涯のほとんどを宮廷で過ごし妻もごくわずかしか持たなかったドゥリーヨダナは妙なところで無知、らしい。
それを面白がられて、妙なゼスチャーや変な衣装などを吹き込まれてくるドゥリーヨダナにアシュヴァッターマンは内心困っていた。
その意味が分かれば対応も出来るのだが、アシュヴァッターマンもそういう事には疎い方なのでドゥリーヨダナが何をしているのが理解出来ないのだ。
もちろんドゥリーヨダナ本人も分かっていない。
そのため今回の牛乳のように、チグハグな事になる。
だけども──。
アシュヴァッターマンはドゥリーヨダナが閉めたドアを見た。
「カルナは?」
「カルデアB級グルメ友の会とやらだな」
「──そう、か」
だけども、ドゥリーヨダナが自分を誘惑しようとしている事が分からないほどアシュヴァッターマンは朴念仁ではなかった。
生前大国の世継ぎだったドゥリーヨダナはどこへ行くにも侍従や護衛を付き連れていた。彼を慕う兄妹も多く、付き合いの長いアシュヴァッターマンですら彼が一人になったところを見たことがない。
そんな彼が今、意図的にアシュヴァッターマンをふたりきりでいる。
アシュヴァッターマンの視線に気づいたドゥリーヨダナは少し笑うと顎の角度を上げた。
牛乳よりも強力な誘惑にアシュヴァッターマンは本能のまま唇を寄せる。
同じ味がした。