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    mazetamagohan

    妄想を吐き出します

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    mazetamagohan

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    8月の賢マナで出すかもしれない転生フィ晶♀の進捗
    前半部分だけでも話が完結するので、前半のみ掲載予定です

    ※以下注意※
    ・転生という設定上、二人とも一度お亡くなりになってます
    ・晶さんが魔女に転生してる
    ・フィがちっちゃい子供
    ・とにかく捏造に捏造を重ねている

    運命と悪戯①■序章

    『こんなものを渡すのは、ちょっと気が引けるんですが……』
     厄災との決戦を明日に控えた夜、部屋を訪ねてきた晶は、歯切れ悪く切り出した。そしてリボンで結んだあるものをフィガロに差し出してくる。
    『賢者様の、髪?』
     受け取ったそれは、フィガロがいつも指先で梳いて遊んだ、つややかな深い茶色の髪の房だった。見れば、彼女の左肩に流れる髪の一部分が不自然に短くなっている。
    『もしも私がどこかへ行ってしまったとしても、こういうものがあったら探しやすいかなと思って。人探しの魔法には、探し人の体の一部があるといいと以前聞いたんです』
     すらすらと、まるで準備していたように言葉が紡がれたあと、鳶色の目がふっと伏せられる。そのわずかな仕草だけで、フィガロには彼女の心境が手に取るように分かった。
     先代の賢者は、厄災との戦いの中で姿を消した。前回の戦いを生き残った魔法使いたちからはそう聞いている。元の世界へ戻ったのか、はたまたこの世界のどこかでまだ生きているのか。その生死すら、分かっていない。
     自分も、もしかしたら。彼女が不安に思うのも当然だった。
    『人探しにこれ以上のものはないよ。……ありがとう』
     人間の人体の一部は、魔法使いのそれと違い、手に入れた者に強い力を与えることは当然ない。しかし、その体の主を標的とした魔法の媒介としては、十二分に効力を発揮する。 
     これを晶に教えたとすれば、ファウストあたりだろうか。黒い服に身を包み、呪い屋を自称する弟子の顔が頭をよぎる。
    (まったく、どういう教え方をしたんだか)
     こんなものを魔法使いに渡すなんて。もし自分が極悪非道の魔法使いで、この髪を呪いの媒介にでもしたら晶などひとたまりもないのに。
     考えたらおかしくて、思わず笑いそうになったのをぐっと堪える。ファウストならきっと、それも含めて話をしているはずだ。万が一にでも呪いの媒介になんてされないよう、切った髪や爪の扱いには十分注意が必要だと、真面目な顔で教える姿が容易に想像できる。
     十中八九、晶はこれで何ができるのかを知っている。その上で渡すということは、彼女からの信頼の証であり、何かあったら自分を見つけてほしいという心からの願いなのだ。
     その相手が他でもない自分であることに、心が満たされる。
    『たとえきみが遠く、別の世界へ行ったとしても、俺が必ず見つけるよ』
     ばっさりと切られた髪の房を掬い上げ、口づける。晶の顔にちらりと視線を流せば、彼女はかすかに頬を染め、安心したように笑った。
    『フィガロ』
    『なあに?』
    『……大好き、ですよ』
    『俺もだよ、晶』
     彼女が素直に好意を言葉にするのは珍しい。なめらかな頬を手のひらで包み込み、頤をとらえて上向かせれば、その先を知っている瞼がそっと下ろされる。
     唇が重なり、離れて。それをどちらからともなく繰り返すうちに、決戦前夜は更けていく。

     あの時、必ず見つけると約束しなくて良かった。
     そんな安堵など、したくなかった。



    「≪ポッシデオ≫」
     降り積もる白い雪に指を滑らせ描いた魔法陣。その中心には、決戦の前夜、晶から渡された彼女の髪の束がある。
     最上位の探知魔法だった。探知対象との距離や方角に応じて、媒介が反応を表す。それに従えば、探せないものなどない。はずだった。
     呪文を唱えても、何も起こらない。精霊たちがフィガロの呪文に応え動く気配は感じるのに、髪の束はただそこにあるだけで、わずかな手掛かりさえ与えてはくれなかった。
     可能性として考えられるのは、探知の対象がすでにこの世に存在していないこと。もしくはあまりにも遠く――たとえば別世界に存在しているか、くらいだ。
     そして、これまでに集めた情報から、前者であることをフィガロは知っていた。そもそも、こんなことをしなくても分かりきっていたことだ。
     それでも、もしかしたら、どこかで元気に、幸せに暮らしているかもしれない。
     最期の時まで抱いていた淡い希望を自らの手で消し去って、長く深く、息を吐いた。白く染まったそれは、ふわりと辺りに広がり、やがて消えていく。
     最後まで、最期まで傍に。そう望んだきみは――。
    「やっぱり、もう、どこにもいないんだね」

     雪がちらつき始めた。遮るものが何もない真っ白な雪原で、刃のように鋭利な風が容赦なくフィガロを襲う。
     このまま吹雪けば、きっと自分はひとたまりもないだろう。防寒魔法が切れかかっているし、この地で身を守るほどの魔法は、もう使えそうにない。すっかり弱くなった魔力は、先ほどの探知魔法にほとんど使ってしまった。
     かじかみ赤く染まった指先で、茶色の髪の束を掬い上げる。額に押し当てて、目を閉じた。
    「晶」
     祈るように口にした彼女の名前は、体のどこかから鳴った、ぴしりと亀裂が入るような音に重なり、フィガロの耳にも届くことはなかった。



    ■一章

     手に馴染んだ箒の柄をしっかりと握り、晶は数か月ぶりの我が家へ向けて、夕暮れの空の中を飛んでいた。
    「西の国、楽しかったな。クロエには服をたくさんもらっちゃったし」
     久しぶりに会った四人の顔を順に思い浮かべると、自然と笑顔になる。かつて魔法舎でともに暮らしていた時と変わらず、彼らは時に突拍子もないことで晶を驚かせ、そして大いに笑わせてくれた。
    「次は南の国のおいしいものを持って――、ぅわ!」
     ごう、と強く風が吹いて、煽られた箒がぐらりと大きく傾く。まずい、と思ったのはほんの一瞬のことで、晶は脇をぎゅっと締め、足で箒をしっかりと挟み、すぐに体勢を立て直した。
     昔、晶を乗せて箒を操った魔法使いたちは、滑るように空を飛んでいたけれど、それがどんなに難しいことだったのか、自分も魔女になってようやく分かった。今でこそ己の手足のように操っているけれど、ここまで上達するのに何年かかっただろうか。
    「ふう、びっくりした」
     箒が安定したところで、顔を上げ、どこまでも広がる雄大な景色にしばし見とれた。
     雲はゆるやかに流れ、その奥から赤く燃える夕日が顔をのぞかせている。大きな湖や深い森、小高い丘がみな同じ色に染まる光景は、南の国でしか見ることはできないだろう。
    (きれいだな……)
     一日の終わりの景色に、ありきたりな感想が浮かんだ。まだ賢者であった頃、賢者の魔法使いの箒から見た光景と同じものを、晶は今、自ら箒を操って眺めている。とても不思議な気分だ。
     ついに訪れた、大いなる厄災との戦いの日。晶と賢者の魔法使いたちは万全を期して強大な力に立ち向かい、そして勝利した。らしい。
     勝利したと言い切れないのは、その辺りの記憶がとても曖昧だからだ。あの時はただただ必死で、みんなを、世界を守らなければと体が動いて――そして気がつけば、月に愛されたこの異世界に、魔女として再び生を受けていた。
     賢者が己の身を犠牲に厄災の脅威を永遠に退けた。かつての戦いは、各地でそう語り継がれている。前世を思い出す前、まだ自分が魔女であることも知らなかった幼い晶は、賢者とその魔法使いの活躍を記した絵本を読み聞かせてもらった時、まさか自分がその張本人であることなどつゆほども知らず、『そんな立派な人がいたんだ』なんて幼心に感動していた。
     どんな力が働いたのか、厄災が地上に接近することもなくなったそうで、賢者としての役目はもう果たされている。だというのに、なぜこの世界で二度目の生を与えられたのか、晶には分からない。
     共に戦った魔法使いたちと再会できたことは、新たな生に意味を持たせるには十分だろう。しかし、前世を思い出したもう何十年と前からずっと、胸にはぽっかりと大きな穴が空いていた。それは賢者の魔法使いたちといくら言葉を交わし、笑いあっても、埋まることはない。
     湖のほとりに立つ青い屋根の一軒家が見えてきて、ゆっくりと箒を降下させる。地面に降り立ち、玄関ドアの前で一度家を見上げてから、ドアノブに手をかけた。
    「……ただいま」
     久しぶりの我が家は、出立した日と変わらない姿で晶を迎え入れた。埃っぽくて、空気がすっかり籠っている。
     背の高い空っぽの薬棚、壁際には何も置かれていないまっさらな机。部屋の中心に置かれた簡易的なベッドは埃をかぶって、長く使われていないことを表している。天井から吊り下がるドライフラワーは、かつての姿に少しでも近付けようと、晶が一から作って飾ったものだ。
     ここはかつて、フィガロが診療所を営んでいた場所だ。主が消えたこの家を、ルチルやミチル、レノックスはずっと手入れを続けていた。そして晶が南の国での生活を考え始めた時、ぜひここに住んでほしいと言ってくれたのだ。その方がフィガロ先生も喜ぶだろうからと、泣きそうな笑顔で。
     年長の魔法使い――といっても、今の晶にとっては賢者の魔法使い全員が年長だが――に助言をもらって決めた呪文を唱えると、カーテンが左右に分かれ、窓が開く。ふわりと風が吹き込んで、細かな埃がぶわっと舞った。夕日にきらきら光るそれらを眺めながら、ただ一人、再会のかなっていない魔法使いに思いを馳せる。
     フィガロは、前世で想いあった魔法使いは、晶がこの世界に生まれる数年前に、忽然と姿を消したらしい。
     賢者の魔法使いたちと再会し、その話を聞いた晶は、真っ先に彼はどこへ行ったのかと尋ねた。そして、相変わらずそっくりな顔を見合わせた双子はしばらく黙り込んでから、ふるふると首を横に振ったのだ。
    『何もかも、きれいさっぱり、なくなっておったのじゃ』
    『おそらく、フィガロは己の死期を悟り……』
     元々、彼の魔力は年々弱っていた。先がそう長くないことを双子は悟っていたのだという。
    『南の魔法使いになろうとも、やつは弱いものは淘汰される北の国で長く過ごした魔法使いじゃ』
    『弱ったことを悟られ、狙われぬよう、姿を消したのじゃろう』
     フィガロを打ち取ったという話は出回っておらず、そのことから彼が一人どこかでその時を迎えたとみて間違いない。双子はそう締めくくった。
     寂しがり屋のくせにのう、とホワイトがこぼした呟きは、晶の心に深く突き刺さって、いまだに抜けない。その傷口は時折、じくじくと痛む。
     話を聞いた晶は一晩寝ずに考えた末、この診療所を帰る場所とし、各地を旅して回ることを決めた。姿を消したフィガロの足取りを追い、そして本当に双子の言う通りなのだとしたら、彼のマナ石を見つけるために。
     賢者の魔法使いに決意を伝えるのは、正直なところ怖かった。弔いたいと思うのは晶のただの自己満足だとか、彼の石はもう他の魔法使いに取り込まれているとか、言われそうなことは頭の中で一通り想像しただろう。
     しかし、どう言われようと決して曲げないと心を奮い立たせていたというのに、止めようとする魔法使いは誰一人としていなかった。複雑な表情を浮かべた者は何人かいたが、最後にはみな似たようなことを言って晶の意思を尊重してくれた。「魔法使いの人生は長いから」と。
     前世と変わらない年齢で体の変化が止まって十数年。晶は彼らの言葉の意味がようやく分かってきたところである。
    「今回も収穫なし、か……」
     ぽろりとこぼれた独り言に、冷たい落胆が胸の内に広がっていく。はあ、と小さなため息がこぼれたところで、晶は自分の頬を思いきり叩いた。ばちん、と乾いた音が静かな診療所に響く。
    (レノックスは四百年もファウストを探してたんだ。これくらいで落ち込んでなんていられない)
     次はどこへ行こうか。頭の中に地図を広げながら、住居である二階へ上がった。
     階段を上がりきると、ドアや壁などの仕切りはなくそのまま居間兼キッチンに繋がっている。いわゆるリビングダイニングキッチンだ。
     階段側の半分がテーブルとソファのある居間部分で、その奥がダイニングキッチンにあたる。一人暮らしでは持て余すだけの大きなダイニングテーブルは、もともとこの家で使われていたものだ
     他には手狭な寝室と水回りがそれぞれドアで繋がっていて、二階はこれで全部である。
     ソファに座って一休みしたいところだが、一度腰を落ち着けたらしばらく動きたくなくなりそうだ。晶は柔らかいソファの誘惑を振り切り、身に着けていた外套の内側から、手のひら大に小さく、軽くしていた荷物を取り出していく。レノックスから教えてもらった魔法は、長い旅にはとても便利だ。
     次々と荷物を元の大きさに戻して、ふうと息をつく。荷ほどきまで終わらせてしまおうかと思ったところで、腹がぐう、と空腹を訴えた。
    「そうだ、夕ご飯! 全然考えてなかったけど、何か残ってたっけ」
     長期保存のきく食材を戸棚の奥にしまっていた気がするが、それだけでは一食には足りないだろう。
     脱いだ外套をソファの背もたれに掛けがてら、キッチンに移動する。流し台下の収納や戸棚の扉を開けて中を確かめていく中で、晶の表情は次第に曇っていく。
    「うーん、主食になりそうなものが何もない……」
     こういう時、レトルト食品や冷凍食品はなんて便利だったのだろうと思う。当時はあまり意識していなかったけれど、前世の日本での生活は、今思えば魔法に勝るとも劣らないほど便利だったのだ。
    (雲の街まで買い出しに行こうかな。そうしたらルチルとミチルのところにも顔を出せるし)
     そうと決まれば、日が落ちきらないうちに行ってしまおう。ソファの脇に積んだ荷物の中から財布だけを抜き取り、外套を羽織りながら玄関に降りる。
     安くていい食材があればいいな、なんて考えながら玄関ドアを押し開けるのと、聞きなれた呪文が耳に届いたのは、ほぼ同時だった。
    「≪ヴォクスノク≫」
     ドアを開けた先に、黒の長髪を高い位置で括った長身の男が立っていた。鮮やかな赤い瞳で、晶をじっと見つめている。
    「オズ! どうしたんですか?」
    「久しいな」
     駆け寄ると、彼の背後からひょこりと顔を出す人影が二つ。
    「元気にしておったか、賢者よ」
    「我らもおるぞ」
    「スノウ、ホワイトも。南の国まで、本当にどうしたんですか?」
     賢者の魔法使いたちは、今でも時々晶を賢者と呼ぶ。晶にはそれがとても嬉しい。かつて繋いだ絆が、変わらずそこにあることを実感できるから。
    「そなたに会わせたい者がおるのじゃ」
    「驚いて腰を抜かすでないぞ?」
     うきうきと目を輝かせる双子に、晶は逆に警戒してしまった。二人がこうして含みを持たせて笑う時は、だいたい何かが起きるとよく知っているのだ。
     会わせたいって?と聞き返そうとしたところで、再会の一言以外押し黙っていたオズが半歩横に動いてみせた。そして初めて、彼の背後にもう一人いたことに気付く。
     魔法使いだ、と直感で分かった。しかしその魔力はとても儚くわずかだ。オズという最強の魔法使いの存在に隠され、気付くことができないほどに。
     スノウやホワイトよりもわずかに背の低い、華奢な体つきの少年。柔らかそうな青灰の髪は肩口で緩く波打ち、長く伸びた前髪の間からのぞくのは、印象的な、灰と榛の双眸。
     息が止まった。まさか、とこぼす唇が震える。

     前世の恋人によく似た少年は、感情のない虚ろな目で、ただそこにあるものを眺めるかのごとく、晶をじっと見ていた。



    「私の城の近くで行き倒れていたのを見つけた」
     居間のソファに座ったオズは、腕を組み、難しい顔で目を閉じながら、端的に状況を説明してくれた。あまりに簡潔すぎて何も分からなかった、というのは言わないでおこう。
    「オズに呼ばれた時は何事かと思うたが」
    「さすがの我らも驚いたのう」
     フィガロによく似た少年を間に挟んで長椅子に座るスノウとホワイトが、うんうんと何度も頷きながらオズのあとに続けた。
     襟や袖にフリルがふんだんにあしらわれた真っ白なシャツにブルーグレイのベスト、同色の半ズボンを身に着けた少年はというと、むき出しの膝小僧の上で両手をぎゅっと握り、テーブルに置かれたティーカップをじっと見つめている。いや、見つめているのではなく、少年の目線の先にたまたまティーカップがあるだけだろう。その瞳にはやはり光がなく虚ろだ。美しい色彩も相まって、冷たく無機質な美しい宝石に見える。
    「えっと、それで、この子は――」
     フィガロなんですか、と言葉にすることは憚られた。晶は途中で口を閉ざし、無表情でじっと動かない少年にちらりと視線を移す。
     疑問を投げることすらできず手に持っているような状態の晶に、オズは眉間の皺を深くした。答えをもらうのは難しそうだと期待に双子を見れば、二人は顔を見合わせたのち、「多分?」と首を傾げる。
    「魔力の気配はフィガロのものによく似ておる」
    「容姿の特徴も一致するが、しかしのう……」
     言葉を濁すのは、言い切るに足る証拠がないからだろうか。
     それにしても、と晶は微動だにしない少年についと視線を移す。その華奢な体からは、意識して初めて感じ取れるほど微弱だが、確かに魔力を感じた。
    (これが、フィガロの魔力、か)
     人間の頃には感じることのできなかったもの。かつて、晶を何度も助けてくれた力の気配。そう思うと、今にも消えてしまいそうなほど弱々しい魔力が、とても愛おしく思えた。
     うーん、と揃って首を傾げる双子を見るに、やはりこの状況は相当特殊なようだ。
     「――おまえと、同じではないのか」
     落ち着いた低音にはっとオズを見れば、まっすぐな赤い瞳に射抜かれた。
     晶と同じ。つまりは転生したのでは、とオズは言っているのだ。
     考えてもみなかった仮定の話に、まだ頭が追いつかない晶は何も言葉が出てこない。しかしスノウとホワイトは、妙に納得した様子でうんうんと大きく頷いている。
    「そう考えるのが妥当であろう」
    「むしろ、それ以外考えられぬ」
    「しかし、石になった魔法使いが再び魔法使いとして生を受けるとはのう」
    「珍しいこともあるものじゃのう」
     双子は言葉ほど驚いているようには見えなかった。魔女に転生した晶と再会した時も、大きな金の目をさらに大きく開いただけで、あとは他の魔法使いたちが驚く様子を面白そうに眺めていたっけ。
    「……珍しいどころではないだろう」
     とため息をこぼしたのはオズだ。表情には険しさが増している。
     晶も同じ気持ちだった。自分が魔女に生まれ直したことだけでも信じられないのに、その上フィガロまで同じように、なんて。簡単には飲み込めそうにない。
     スノウとホワイトはオズと晶の顔を順に見てから、目を細めて微笑んだ。それは慈愛に満ちた、年長者の優しい笑みだった。
    「運命の悪戯、とでも言っておけばよい」
    「今は何よりも、二人の再会を喜ぶべきじゃろう」
     のう?とホワイトが少年の顔を覗き込む。
     そこでようやく、灰と榛の瞳が動いた。ホワイトをじっと見返し、そしてゆっくりと、晶に視線が移る。
     まだ幼さの強く残る顔立ちに似合わない、はるか遠くを眺めるような、虚ろな瞳。
    (本当に、この子が?)
     外見こそ、よく知るフィガロを幼くした姿をしている。しかし逆に、晶にはそれしかフィガロとの繋がりを感じることができないのだ。
     声を全く発さず、感情や意思らしいものが一切うかがえない様子に、再会の喜びは正直なところ皆無である。転生したなんて信じられなくて、だからこの少年をフィガロと呼ぶこともできずにいた。
    「えっと、こんにちは?」
     上手く、笑えていただろうか。
     当然だが、当たり障りのない挨拶にも、少年からの反応はなかった。ただ虚ろな瞳をこちらに向けているだけである。
    (まあ、そうだよね)
     これまでの様子から、返事なんて期待していなかった。だから当然落胆もない。
     しかし、さてどうしようかと小さく息をついたところで、ふいに少年が動いた。
    「おお」
    「おやおや」
     少年はすとんと長椅子から降りたかと思えば、スノウとホワイトの声など聞こえていない素振りで、テーブルの周りをとてとて回って晶のそばまでやって来た。
    (えっ?)
     戸惑いに、思わず年上の魔法使いたちに顔が向いた。双子の目は興味に輝いていて、オズはというと、むっと口を引き結んだままではあるが、その目は髪がふわふわ揺れる少年の頭を追いかけている。
    「……どうしたの?」
     問いかけをよそに、少年は晶が腰かけるソファのすみによじ登ると、ぴったりと寄り添うように隣に座ってきた。ソファの上に置いていた手に、小さく暖かな手の平が重なる。
    「やはり、フィガロじゃのう」
     スノウがからかうように笑う。
    「晶が好きなのは、変わらないのう」
     ホワイトが懐かしそうに微笑む。
     手の甲に感じる温もりが、愛おしかった。苦しいくらいに胸の奥がぎゅうっと締め付けられて、心が強く叫んでいる。これはフィガロだと、かつて愛した魔法使いだと。
     小さな掌の下で手を反転させる。手のひらを合わせてきゅっと握ると、弱い力で握り返された。
    「晶を、思い出したのか?」
     目を眇めて、オズが少年を――子フィガロを見る。これまで自発的に動こうとしなかった子フィガロの行動に、晶も一瞬、それを考えた。
     しかし彼の表情はずっと変わらないままで、虚ろな瞳はただ目の前をまっすぐに眺めているだけだ。感情や意思というものは見られない。
    「無意識のうち、という感じじゃのう」
    「記憶はなくとも、魂は覚えておる、といったところかのう」
    「きゃー! スノウちゃん、ロマンチック~!」
    「そうでしょそうでしょ!」
     はしゃぐ双子の声を聞きながら、作り物のように整った少年の横顔を眺める。
     魂が覚えている、というホワイトの表現は、晶がこの少年をフィガロだと確信した感覚をよく表していた。

     どうして魔女としてこの世界に生を受けたのか。
     その答えをようやく見つけた瞬間だった。



     その夜は、北の国からはるばるやって来た三人に加え、ルチル、ミチル、レノックスも呼んだ、大人数での夕食会になった。
     フィガロに瓜二つの子供の姿に南の魔法使いたちはまず目を瞠り、そして再会を喜び、兄弟は涙を拭っていた。その様子を見て晶も目頭が熱くなったのは秘密である。晶の身長をとうに超えすっかり大人になったミチルは、自分よりも小さなフィガロはなんだか不思議な気持ちだと、目を赤くしながら笑っていた。
    『では、我らはそろそろ帰るとするかのう』
    『フィガロのことは、そなたに任せたぞ』
     と、さも当然という顔でスノウとホワイトは言った。窓の外はとっくに暗くなっていたけれど、二人は絵画に閉じ込められることもなく自由なままである。半数の魔法使いが魂に負った奇妙な傷は、厄災の脅威が去った後に癒え、彼らを悩ませることはなくなったのだ。
     断られるとは微塵も思っていない、人によっては強引と受け取られそうな言いようだったが、晶は間髪入れずに頷いた。
     断る理由はない。たとえ一言もしゃべらず、感情や意思というものが抜け落ちてしまっていたとしても、この子供はフィガロなのだ。許されることなら傍にいたい。
     オズの魔法で北の三人が帰った後、南の三人は後片付けや雑用を手伝ってから、『また遊びに来ますね』と言い残して箒で家路につき、そして診療所はすっかり静かになった。
     長旅の汚れと疲れを癒すべく湯船に浸かった晶は、浴槽の中で目いっぱいに足を伸ばし、縁に腕をひっかけたちょっとだらしない体勢で大きく息を吐く。
    「……すっかりかわいくなっちゃったな」
     寝室で先に休んでいる子供を思い出し、ふふっと一人で笑う。
     晶がレノックスと夕食の片づけをしている間、ルチルが子フィガロを風呂に入れてくれたのだが、丸くて白い頬をほんのり赤く染めた姿は、とてもかわいらしかった。ミチルが知り合いの家からもらってきてくれた子供用の古着は彼にはまだ少し大きくて、裾や袖を何回も折ったぶかぶかの寝間着姿はその愛らしさに拍車をかけた。
     すらりとした長身に長い手足、いつも余裕のある表情を浮かべた大人の魔法使い。それが晶のよく知る、かつてのフィガロだ。転生した今とは大違いである。
     当時魔法舎の最年少だったミチルよりもうんと幼い年齢で、もちもちで柔らかそうな頬に大きな丸い瞳。笑顔の一つでも浮かべれば、スノウとホワイトは晶の元には置かず、自分たちの手元で溺愛していたかもしれない。
     そこまで考えて、ふと心に影が落ちる。
    (あの子、まるで心がないみたいだった。魔法使いは心で魔法を使うのに)
     魔女になって、魔力というものを感じることができるようになったが、どこの国の魔法使いかを推測することが困難なほど、彼の魔力は弱かった。子供ゆえに魔力が未発達という面ももちろんあるだろうが、心の状態も大きく影響しているように思う。
     もしもずっと、あのままだったら。脳裏をよぎった悪い想像を振り払うように、晶はざばりと音を立てて立ち上がった。魔法で体や髪を乾かせるのは、魔女になって良かったと思うことの一つだ。
     身支度を整え、ミチルとルチルが持ってきてくれた果実水で火照った体を冷ます。少し涼しくなったところで、足音をひそめて寝室へと向かった。晶が風呂に入る前、ベッドに寝かされた子フィガロの目はまだぱっちり開いていたが、さすがにもう眠っただろう。
     ゆっくりとノブを回し、ドアの隙間から室内を窺う。そして晶はぱちぱちと目を瞬かせた。子フィガロはベッドの上で膝を抱えて座り、カーテンのない窓からじっと外を眺めていたのだ。
    「まだ、眠くない?」
    「……」
    「慣れない場所だから、落ち着かないかな」
    「……」
     どうしたものか、と少し悩んで、晶は自分もベッドに上がった。もぐりこんだ毛布の隅を持ち上げて、空いたスペースをぽんぽんと叩く。
    「おいで、一緒に寝よう」
     子フィガロが寝たことを確認したら、自分は居間のソファで休もうと思っていたのだが、気が変わった。窓の外の夜空を眺める小さな背中が、なんだかとても寂しそうに見えたから。
     しばらく毛布を持ち上げたまま待っていると、子フィガロがようやく動いた。もぞもぞとベッドの上を四つん這いで進み、晶が開けたスペースにこてんと横になる。
    「ベッドはここ以外には下の診療所にしかなくて。ちょっと狭くてごめんね」
     肩の上までしっかり毛布を掛けてやって、小さな体を優しく抱きしめる。まだ賢者であった頃、もしも晶からこんなことをしたら、フィガロはきっととても喜んで、同じようにいそいそベッドに入ってきただろう。考えると胸の奥が暖かくなると同時に、ぎゅっと締め付けられる。
    「おやすみ」
     背中をとんとんと叩いているうちに、子フィガロの薄い瞼がだんだんと下がっていく。そしてそれが完全に閉じられ、健やかな寝息が聞こえてくるまでに、そう時間はかからなかった。
    (かわいいなあ)
     無垢で、穏やかな寝顔だ。北の地で死にかけていたことなど分かっていないだろう、あどけない面差しに、庇護欲が掻き立てられる。この子が健やかに、なに不自由なく成長するためなら、なんだってしようと思えた。
     まっさらで、まだ何にも染まっていないこの幼子が、汚れ、傷ついてしまわないように。暖かな南の地で、たくさんの愛情を小さな体から溢れるほどたくさんもらって、いつか、笑ってくれたら。
    (そのためなら、私は――)
     ひとつの決意を、胸に刻む。
     晶は柔らかな子供の髪を撫でながら、安らかな寝顔をいつまでも眺めていた。
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