ずっと、伝えたかった夕暮れの庭園は、あちこちに咲いた色んな花の甘い香りに包まれている。ついさっきここで見かけたって、メロルドが教えてくれた。
あ、いた!
「プ、プルース!」
「どうしたのハルリット、そんな深刻そうな顔して。」
「あの、さ……、えと、その……」
だめだ、今日こそって思ってたのに、この気持ちを何て伝えようか色々考えてきてたのに……。
「うん、どうしたの?ゆっくりで良いよ。待ってるから」
「……っ、うん、うん、ありがとう。」
胸に手を当て、大きくひとつ深呼吸。
身体の空気が入れ替わって、スッキリした感じがする。首を傾げながら、オレのことを真っ直ぐ見てくれるプルースの顔、今日ようやくまともに見たかもしれない。
そうだ、オレはプルースのこういう所が好きなんだ。オレのことを、ちゃんと見てくれてる。
そういえば、今日こそ告白するんだってずっと意識してたから、朝から全然顔を見れていなかったな。
ギュッと固く握りしめた両の手は、汗をかいている。それを服で拭って、目の前の大きな手をそっと握る。
「あのさ、プルース」
「うん」
「……オレ、プルースのこと好きだ!大好きなんだ!」
「わぁ、ほんと?俺もハルリットのこと好きだよ。」
「え、えぇっ!?ほ、本当か!嘘じゃない、よな?」
「うん。一生懸命で頑張り屋さんなハルリット、大好きだよ。」
「へへっ、そっか!嬉しいな」
「うん。サナーのあの明るさは好きだし、リミチャのコロコロ変わる表情も楽しくて好きだな。」
「……うん?」
「メロルドは最強の騎士なだけあって強くて好きだし、ロマリシュが出してくれるお茶やお菓子は美味しくて好きで……」
「ちょちょ、ちょっと待ったー!!!」
「ん?どうかしたかい?」
小首を傾げて優しく微笑んでくるプルース、すごく可愛い……じゃなくて!
待ってくれ、もしかしてオレの必死な告白、全く伝わってないんじゃないか?他の騎士達と同じ意味の好きって思われてるのか!?
「ちょっと待ってくれ!違う!!確かにオレも皆のことそう思うけど……、でも今は、他の名前は聞きたくない!オレの言った好きって、そういうことじゃない!」
「え?どういうこと?」
目をぱちくりとさせてきょとんとした表情で尋ねてくる。
「その、だから……」
これじゃダメだ。一度深呼吸をして、改めてプルースのことを見つめる。
「付き合いたい。恋人になりたいって意味の好きなんだ。頼む、オレの気持ちから逃げないで欲しい」
「……はは、ハルリットには敵わないなぁ」
「え??」
「ハルリットのその気持ちは、優しくしてくれる歳の近いお兄さんへの憧れを、恋と勘違いしてるだけだよ。とか、俺と付き合うよりもっと歳の近い素敵な子の方がハルリットには相応しいよ。とか、」
「そんな訳ない!!これはオレが、たくさん悩んで考えて見つけた、オレの気持ちだ!いくらプルースでも、オレのプルースを好きだって気持ちを、勝手に嘘だとかそんな風に決めないでくれ……!!」
「………うん。そうだよね、ごめんね。本当は、そうやって言って、はぐらかして逃げようと思ってた。ハルリット、君があまりに眩しいから。隣にいたらダメだと思って。」
「ッそんなの」
「うん、ただ、俺が怖かっただけなんだ。
……ハルリットが自分の気持ちに向き合って、こうして思いをぶつけてきてくれたんだ。俺も、ちゃんと向き合うよ。」
「プルース……」
目を伏せ、恥ずかしそうにはにかむ。
「俺もだよ。俺も、ハルリットのことが好きだ。友達としてや騎士としてじゃなくて、ちゃんと、好きだよ。」
「ッ、ほんとに、ほんとなんだな!?」
「ここまできて、嘘なんてつかないよ。」
「やったぁぁ〜!!」
思わずガバリ、と抱き着いてしまった。
また子どもみたいだなんて笑われるかもしれないけど、それでも構わない。本当の意味で同じ気持ちだって分かって、付き合えるって分かって、身体中を駆け巡ってる嬉しいって気持ちに、こうでもしないと爆発しそうだったから。
自然に抱きついてしまったけど……、プルースの反応がないな?
ちら、と見上げてみたら。
「へ、」
顔をりんごみたいに真っ赤に染めて、いつも自然にオレの腰や肩を抱いて支えてくれる大きな手は、うろうろと近くを彷徨っていて。
………あれ、プルースってやっぱり、可愛いな。
「ハ、ハルリット……?」
オレの空気が変わったことに気付いたのか、困ったように笑いかけるプルースの腰を逃げないように抱えた左手に力を込め、右手で襟を掴んで引き寄せ顔を近づける。
「あの、ハルリッ……!?」
薄緑色の大きな瞳に、オレだけが映っている。
ちゅ、と軽やかな音がして。
ふわふわで、柔らかいんだな……なんて思いながら。変じゃなかったかな?とちらりと先程から静かな方を見てみたら。
さっきよりも更に赤く、熟れたりんごみたいになったプルースがいた。
唇に指で触れながら、びっくりしたような、何があったのか分からないような、子どもみたいな顔をしたプルースが。
「プルース?」
「ぁ、えと……」
うろうろ彷徨うプルースの視線と、オレの視線とがようやくかち合って。一瞬ビクリと体が揺れた。
……かわいいな。
オレと目が合った途端、俯いて黙り込んでしまった。
「プ、プルース、大丈夫か?」
オレは慌ててプルースの襟を掴んでいた手を離し、ちょっと後ずさる。目の前のプルースは、まるで熟れたイチゴがさらに赤みを増したみたいに、真っ赤な顔で固まっている。いつも冷静で、ちょっと意地悪なくらい余裕のあるプルースが、こんな風にうろたえてるなんて……胸がまた、ドクンと高鳴った。
「…あ、う、うん、大丈夫、だよ」
プルースはようやく言葉を絞り出すと、指先でそっと自分の唇をなぞる。まるでさっきの感触を改めて確かめるみたいに。さっきもしてたけど、その仕草があまりにも無防備で、オレは思わず目を逸らした。
「……ど、どうしよう、プルース、やっぱりすっごく可愛い」
「えっ、な、なに!?急に何言い出すのさ、ハルリット!」
プルースの声、裏返ってる。
いつもならオレが変なこと言っても、間違いを優しく教えてくれたり、「ふふ、そうかい?」なんて軽く流すのに、今は完全に動揺してる。
そのことに気がついたオレはニヤリと笑って、ちょっと調子に乗ってみることにした。
「いや、だってさ!いつもカッコいいプルースが、こんな子供みたいに赤くなってるのなんて、すごく新鮮で!そうだ、もっと近くで見せてくれ!」
「バ、バカ!からかうんじゃないよ!」
そう叫んでオレの肩を軽く押して距離を取ろうとするけれど、庭園の柔らかな芝生に足がもつれたのか、フラリとよろけて。
オレはすかさず目の前の腕を掴んで支える。
「ほら、危ないって!……プルース?ほんとに大丈夫?もしかして、そんなに嫌だったか?」
声が少し固くなっているのが、自分でも分かる。
ふと辺りを見回すと、遠くで揺れるイチゴの花がオレたち二人を優しく見守っているようだった。嫌がられてたらどうしよう。でも、あの反応、そういう訳じゃないって思いたい……。
ぐるぐると悩みかけたところで、ぽんぽん、と腕を優しく叩かれた。
はっと顔を上げると、オレに腕を掴まれたままのプルースが、にこりと微笑んだ。
慌てて腕を離して、少し距離をとる。
「…ハルリット、君って本当に、まっすぐだよね」
「へ?急にどうしたんだ?」
「いや、ただ……君のそういうところ、嫌いじゃないよ。………ううん、好き、だな」
プルースの声は少し震えてたけど、その瞳はいつものクールな輝きを取り戻しつつあった。
一瞬ドキッとして、でもすぐにニカッと笑ってみせた。
「そっか!じゃあさ、プルース、これからもっとオレのこと見ててよ。オレも、プルースのこと、ちゃんと見てたいから」
「……ふふ、ハルリットには敵わないな。いいよ、約束する」
プルースはそう言って、そっと手を握ってきた。オレもぎゅっと握り返す。
その手は少しひんやりしてて、でもどこか安心する暖かさがあった。
そのまま庭園の小道を歩き始める。夕陽がイチゴの花畑を赤く染め、まるでオレたち二人の新しいスタートを祝福するみたいに輝いていた。
「………あのさ、」
「ん?何?」
「これから付き合うってことはさ、いつでもこうやって、手を繋いだりハグしたりしても、いいんだよな?」
ちょっと照れながら恐る恐る尋ねると、プルースは一瞬目を丸くして、でもすぐにくすっと笑って言った。
「……うん、いいよ、いつでもおいで。ハルリットがしたい時に。」
「やった!」
ずっとしたかったことの許可がおりて、思わずガッツポーズ。
ちょっと、子どもっぽすぎたかな……。
でも、そんな様子を見て、凄い楽しそうにプルースがオレの隣で微笑んでるから、いいか!