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    weedspine

    気ままな落書き集積所。

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    weedspine

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    「一人を超えてゆけ」従者の恋から始まったあれこれ、完結。

    燎原休日の昼下がり、バンジークスは自邸の一室で本を読んでいた。
    そこは本来応接間だが、この時間帯、読書をするにはここが最適の陽の入り方だと
    教えてくれたのは亜双義である。
    従者の頃にバンジークス邸に住まい、一時は他所に住まっていたが
    押しかけるように弟子入りした後、また住むようになった。
    再びやって来た時、後学の為にもなると言い屋敷中を探索し
    この部屋は昼寝にいい、この階段は鍛錬に使える……など勝手に判じていった。
    厨房にランドリー、厩舎などにも出入りし、使用人とも親しくしているらしい。
    そのため馬丁の嫁に子供が生まれるとか新入りのメイドはどこの出身だとか、
    当主にまでは通達されないような情報を聞かせてくれる。
    自分の屋敷のことですら、一人では知り得ないことに満ちている。  
    共に見る世界はどれほど広くて明るいものだろうと、このところバンジークスは思う。

    読み終えた本を閉じ、顔をあげる。そろそろお茶の時間だろうと立ち上がり
    その辺りに本を置きそうになるが、
    「使ったものは元の場所に戻せ、使い終えてすぐに、だ」
    亜双義の声が脳裏に響き、本を持ったまま書庫へと向かう。
    すっかり、生活の中にその存在が入り込んでしまったものだと苦笑しながら。


    書庫の中は、本の日焼けを防ぐため大きな窓などがなく昼でも薄暗い。
    その中にたたずむ人影に、バンジークスは一瞬かつて居た従者を見た。

    「どうした、入ってこないのか?」

    扉を開けたまま立ちすくんでいると、声がかけられる。いつもの、遠慮のない亜双義の声。
    曖昧に返事をしながら、バンジークスは書庫の中に入り、元あった場所へ本を戻した。
    亜双義は書棚の前で立ったまま何か読んでいたらしい。
    彼がぱたんと閉じて見えた表紙には、恋愛論の題があった。

    「ちょうどいい。こっちにきて、俺の頭をなでてくれ」

    「何のつもりだ」

    「いいから。嫌なのか?」

    「嫌というわけでは……だが、いいのか?」

    「俺がいいと言っているのだ。さっさとしろ」

    らちが明かない問答にバンジークスは白旗をあげ、求めに応じることにした。
    近寄り、そっと頭に触れる。休日の自宅故、手袋をしていない掌に艶やかな黒髪の
    見た目通りの滑らかさを感じる。目を閉じて撫でられるがままの亜双義の顔はどこか幼い。
    彼から父の掌を奪った自分がかわりに撫でてよいものなのかと逡巡するも、すぐに
    玄真のかわりなど務まる訳もないという結論に至った。
    自分は彼の父親のかわりにはなれない。その意味するところは一つではない。

    「もうよい。よくわかった」

    頼んで撫でてもらったわりに、ぶっきらぼうに亜双義が言う。
    何が分かったのか問おうとするバンジークスを手で制し、神妙な面持ちで向き合う。

    「”俺”は、貴公に恋をしている」

    言われた言葉に何か他の意味がないか、バンジークスの頭は必死に回転するもとれる意味は一つだけ。

    「今、貴君は従者の時とは違い、他に何もない暗いところにはいないだろう?
     親切でほだされる様な境遇ではないはずだ」

    ようやく返した言葉を、亜双義は鼻で笑った。

    「それを自問しなかったと思うのか?なぜ、今なおこんな気持ちが沸き上がるのか。
     たしかに発端は従者の恋を思い出したからだ。記憶を取り戻した時に、すべて憎しみで
     覆って消し去ったはずなのに、ずっと奥深くで熱をはらんだままだったらしい。
     気がついてからは時折、それが炎をあげて頭の中をぐらぐら揺らしてかなわない。
     俺ではないものに悩まされるのが悔しくて仕方がなかった」

    それがこのところ、従者の頃の話を歓迎しない理由だった。
    亜双義一真という人間を形作る多くが欠けた状態の自分に、すべてを取り戻した自分が振り回される屈辱。
    どうにか腹を据えようと、当時ならば恋をしても道理だと理由づけても炎は消えず。
    先日、バンジークスから従者への礼を聞いていくばくか報われたはずなのだから、収まるかとも思ったがその気配はない。
      
    「ここで俺は気がついた。種火はあの頃のものだとしても、燃料はあらたに注がれ続けているのだと」

    「燃料?」

    バンジークスが首をかしげる。その様をじっと見つめる亜双義の瞳は、薄暗い部屋の中のか細い光を受け
    爛々と輝いている。それは仮面の奥にあったものとよく似ていた。

    「何も惚れた理由は親切にされたからだけではない。
     事件の度に現行の法を調べる慎重さ、被告人の身分に左右されない公平な目、
     いろいろなことによく気がつくわりに気にしない大様な性格……。
     そして、従者ではなく弟子となってからもあらたな面を知っていった。 
     失くしものを報告する時のふてぶてしい様、図星を突かれた時に下がる眉、 
     本当は傷つきやすいくせに我慢に慣れてしまった上、それに気がつかぬようにしている脆さ、
     俺に正面から向き合おうとしてくれる誠実さ…これは今、この時も注がれている。これでは消えようがない」

    「だが、それでは恋とは限らないのでは」

    師弟として担当事件について問答する時のように、ひとつひとつ疑念を晴らし仮設の強度を確かめていく。

    「そうだな。新たな関係で新たな感情が芽生えたというなら、これが恋とは限らない。
     ただ確実なのは、俺は、そんな貴公の特別な存在になりたい。
     これがどういう気持ちなのか確かめたいと思った時、この本を思い出した」

    亜双義はそれまで手に持っていた恋愛論を開き、ページをめくる。

    「真に恋するものは、愛するものからの愛撫のほかは何も求めない。
     恋するものは、愛するものをめでて飽き得ない。
     ……恋というものは、その先に欲があるらしい。触れたい、触れられたいという欲だ。
     ちょうどよく貴公が現れたので、試しに触れてもらった次第だ。協力に感謝する」

    「あれで分かったのか?」

    「ああ。触れられて、確信した。この気持ちは恋で、それは従者の残り火ではなく、今の俺が燃やす火だ。
     分かってしまえば単純な話だな。これで御することができればいいのだが」

    その言葉にはどこか諦念がにじむ。亜双義は苦笑しながら、後ろを向き手に持っていた本を書棚に戻した。
    ふと背後に圧を感じて振り返ると、目の前にバンジークスが立っている。先ほどまでは二歩くらいの距離は開いていたはず。

    「どうし…!」

    亜双義が言い終える前に、バンジークスは右手で彼の顎を軽くつかみ、親指で唇をなぞった。
    突然の行いに亜双義の目は見開かれ、瞳がこぼれ落ちそうになっている。

    「その炎が、燃えうつるとは考えなかったか」

    耳朶を痺れさせる低い声。バンジークスの顔は影になり、表情はよく見えない。
    問いただしたくとも唇は親指でふさがれている。

    「なるほど、先ほどの説明は分かりやすかった。特別になりたいという気持ちに、触れたいという欲が含まれるならば
     それは恋だと。おかげで、己の心にあるものが恋だと知った」

    「貴君はとうに特別で、触れたいと思う存在なのだ」

    そう告げると、ようやく唇を親指から解放し、顎からも手を離した。
    待っていたとばかりに、亜双義はバンジークスの胸倉をつかみ、噛みつくような勢いで顔を寄せる。

    「その特別は、贖罪ではないのか?」

    「そなたの父のことを思うのであれば、触れたいなどとは言えぬ」

    今度は亜双義が問う番となった。当然予想された質問にバンジークスは頭を横に振って否定する。

    「いったい、いつからだ。そんなそぶりは一切なかったぞ」

    「ともに過ごす時を重ねるうち……としか言いようがないな」

    亜双義は大きく息を吐き、手を離すとその額をバンジークスの肩に預けた。
    投げ出された頭を、バンジークスがそっと撫でる。その掌はさきほどよりも暖かく感じられた。

    「俺は、この気持ちをかがり火として進むつもりでいたのだぞ。これでは焼き払われて見通しはいいが先行きがわからん!
     これからどうするつもりなのだ!」

    「それは……何も考えていなかった」

    ぽつりと呟く声を聞き、亜双義は顔を上げた。二人、目が合うとどちらともなく笑みがこぼれた。

    「貴公ほど、人付き合いに慎重で誠実な男が後先考えずに動いてしまうとは。
     今度アイリス嬢に会ったら教えねばならないな」


    「恋とは恐ろしいものだと」
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