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    tomahouren

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    tomahouren

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    シトロニア幼少時に、ザフラに潜入してる千景さん(女装・偽名は鈴蘭)の話。続きます。

    『オイディプスの鈴蘭』1(シトロン、千景)鈴蘭の花、触ってはいけないよ
    毒があるから

    青い宝石、見惚れてはいけないよ
    不幸を呼ぶから


    『オイディプスの鈴蘭』


     晴れ渡るザフラの青い空に現王の誕生日を祝う白い花びらが舞っていた。花の多いザフラが、一年で最も花の咲き誇る芳しい季節。王の産まれた日である今日は国の祝日として制定されており、街の大通りを王が馬車に乗って盛大なパレードを執り行う事が毎年の慣例になっている。
     王の乗る馬車、その隣の座席に座らされた幼いシトロニアは、ザフラ首都一番の大通りを埋め尽くす人々、そして建物の窓からも花に負けないほど華やかな笑顔で籠から花びらを撒く人々に向けて、王族として相応しい柔らかな笑顔を浮かべ手を振った。
     シトロニアの実父であるザフラ王は芸術をとても愛していると諸外国にも広く知れ渡り、国をあげて芸術文化を奨励していた。先頭を歩く国家おかかえ楽隊のマーチに合わせて、王に気に入られようと道端から歌声自慢の男が馬車を見上げ祝いの歌声を響かせる。王に捧げられた歌に、馬車から王は満足そうに微笑んで見せる。
     祝いのパレードでこれはという芸を見せ王に気に入られた者は、王宮に招かれる事もいつからか慣例になっていた。
     みな、我も我もと歌やダンス、即興劇を行っては王の目に留まろうと馬車の周囲で祭は一層沸き立つ。
     シトロニアは隣の威厳ある父王を見上げた。国民に緩やかに手を降り、頷いて見せる父はとても大きく見えた。
     子供心に、こんなに国民に愛されている王はきっと他にいないだろうと父を誇らしく思った。
     陽光を受け、輝く王冠。まるで太陽の化身と思わせるほどの威光を背にする父の影に、将来の自分を重ね夢想する。父のような立派な王になるのだと胸を熱くした。周囲の従者や家庭教師が舌を巻くほど、シトロニアはすでに優秀で帝王学も経済学も勉強を進めているが、立派な王になれるように更に日々励もう、と小さな身体の真ん中で心に決めた。
     その時、雑踏の向こうから祭りの温度とは異なる視線を受けた気がして、シトロニアは父から視線を外し周囲を見回した。高さのある馬車から見下ろした風景では、ザフラの人々が熱狂し、歌を歌い、笑顔で賛辞を向ける。

     ザフラ王、万歳。
     ザフラよ、永遠なれ。

     楽隊の音楽に合わせ、その人並みの向こうで光が舞った。キラキラと光を反射するのは、シトロニアが見たことのない民族衣装のガラスビーズ。手首につけたバングルからひらひらと舞う布と、長い髪がダンスの動きに追随し華を添える。踊っている女性は、筆で描いたような切長の瞳に美しい鼻と頬。紅を乗せている赤い唇に魅惑的な笑みを浮かべていた。
     ザフラの血とは異なる顔立ち。きっと諸外国を巡ってはパフォーマンスを見せているのだろうとシトロニアは予測を付けた。
     先ほどの視線は、きっとあの人からだと確信していた。シトロニアを射抜いた、強い光の根源はあの人に違いないと、どうしてか思った。
     女性と対になっているのだろう衣装を纏った男が腰を低く落とし、組んだ腕を前に出した。そこへ数歩走り寄った女性が、男の腕を台に脚をかけ、身体全部がバネになったかのように空へ飛び、高い高い宙返りを披露する。建物の二階か、ともすれば三階まで届く高さ。くるくるとどれだけ回ったか分からないほど回転した女性は、男に細い腰を受け止められる形でふわりと地面に脚をつける。男の力を借りたとはいえ、突然の曲芸に周囲が歓声に包まれた。流れる髪の隙間から、女性が笑って見せる。
     王が小さく感嘆の声をこぼし、それに気付いた従者が馬車の進みをゆっくりと落とす。
     女性はアシスタントだろう少年からヴァイオリンを受け取り、数度調弦すると華やかに奏で始めた。前方にいた楽隊も思わず振り返り、最初こそ楽隊の音楽に乗せて知らない旋律を弾き始めた女性のヴァイオリンが、いつしか主導権を握り楽隊が遠慮がちな伴奏になってしまう。
     馬車はとっくに歩みを止め、王は女性のヴァイオリンに、いや、その女性に釘付けになっていた。
     先ほどの民族衣装姿の男性が腕を伸ばす。ヴァイオリンを弾きながら女性がその腕に飛び乗り、重心を生かしたおもちゃのようにその男の腕を歩き、肩の上で片足をあげて爪先立ちになる。彼女の脚を隠していたスカートの布地が、彼女が脚を上げるにつれてするすると足先から根本の太ももへと滑り落ち、彼女の滑らかな白い肌が露出した時など、その場の誰しもが息を呑んだ。
     曲の終わりと共に、その女性が男の肩から地面へと再び降り立ち、王の馬車の前で膝を付いた。
    「ザフラ王の素晴らしき日に、お祝い申し上げます」
     女性の口から紡がれたのは、お手本のように美しい発音のザフラ語だった。
    「我が国の生まれではないだろうに、よく勉強している」
     王からの言葉に、女性は深々と頭を下げる。
    「王のために、学んで参りました。お褒め頂き、有り難く存じます」
    「顔を上げよ。曲芸も並々ならぬものながら、演奏も素晴らしかった。そこらの音楽家なら逃げ出すであろう。そなた、名を申せ」
     女性が、組んだ腕の向こうに、見えていないと分かる焦点の合わないくすんだ青い瞳を上げた。
    「鈴蘭と申します」
    「もしや、目が見えぬのか」
     王の言葉に女性は再び首を垂れる。
    「見えない分だけ、見えるものも多くございますゆえ、不幸と思ったことはありません」
     そんなわけはない、とシトロニアは心中で思った。先ほど感じた視線は、きっと彼女からのものだったのだと信じた。それでも今こうして、やはり彼女の瞳は光を取り込んではいないとも思えた。
     王が、馬車の傍に控えていた大臣を振り返る。
    「大臣、この者を王宮へ。素晴らしい芸術家だ。皆の前で広く知ってもらうべきだと私は思う。どうだ」
     王の言葉に、大臣が賛同を示し深く頭を下げる。反論の余地がある者などいなかっただろう。彼女たちの披露した技は披露したものだけでも喝采が起こるものであり、演奏の技術も素晴らしかった。それ以上に、王が彼女にすでに夢中になっている事はその場の誰もが、幼いシトロニアにだって分かっていた。 

     パレードがザフラの王宮へと戻り、常から美しい王宮が今日はあちこち花で飾り付けられ旗やリボンで装飾されたことで祝いを如実に示す中、広間で宴が執り行われた。王は上機嫌に酒を飲み、広間の真ん中で演奏され披露される踊りを見下ろしていた。シトロニアは王の横でそれを眺めながら、あの鈴蘭と名乗った女性の虚な瞳を思い出し、出所の分からない視線の事を思った。
     宴も終盤にさしかかった頃、広間の奥のドアから件の女性が広間へと案内されて入ってきた。目を少し伏せて、侍女に手を引かれている。彼女は昼間の街中の衣装とは異なる服装に着替えていて、もう片方の手にはヴァイオリンを携えていた。
     玉座の前で膝をつき、祝いの言葉を女性が述べるより先に、王が彼女を労った。
    「鈴蘭、そなたの演奏を心待ちにしていた」
     少年のように顔を輝かせる王の様子に、周囲は言わずとも知れた事だと悟った空気だ。シトロニアですらそれを感じた。
     鈴蘭が王への賛辞を述べようと口を開くが、よいよい、と王が止めた。
    「言葉は雄弁では無い。そなたの演奏こそが真実だ。鈴蘭よ、宮廷の者たちに、そなたの演奏を聞かせてくれ」
     頷き、立ち上がった彼女はヴァイオリンを構える。一度だけ調弦し、そしてすぐに曲が始まる。それはシトロニアからすれば知らない曲であったが、全体的に高音域を使った華やかな主旋律からモーツァルトだろうと思った。
     宮廷の広間に彼女のヴァイオリンが響き、最初こそ彼女を品定めするような視線もあったが、あっという間に感嘆の息が漏れ、その場にいる人々は彼女が紡ぐ美しい音楽に酔いしれた。特に芸術を重んじるザフラで、その中心たる王の前である。広間にいる人間で芸術に理解を示さない態度を取れるものもいなかっただろう。
     彼女が最後の音を華やかに奏でると、広間は喝采に包まれた。どうせ見目で王に取り入ったのだろうと非難する空気は霧散し、素晴らしい芸術家がザフラを訪れてくれたと喜びの声が上がった。
     王はゆったりと拍手を送り、立ち上がった。
    「素晴らしい音楽だった。私がもう僅かでも若ければ、音に合わせてダンスを始めていただろう。鈴蘭、そなたは私が今までに見たヴァイオリニストの中でも特に素晴らしい。どうだ、我が嫡男であるシトロニアに、ヴァイオリンを教えてやってはくれぬか」
     突然自分の名前を出されて、シトロニアは驚いた。そして、すぐに己がダシにされた事も分かった。
     彼女が素晴らしいヴァイオリニストである事は間違いない。
     なるほど、会ってその日に後宮に入れと持ちかけるより、指南役の方が建前も良いのだろう、と思う。
    「鈴蘭、私にヴァイオリンを教えてくれるか?」

    (続)
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    tomahouren

    MAIKINGシトロニア幼少時に、ザフラに潜入してる千景さん(女装・偽名は鈴蘭)の話。続きます。
    『オイディプスの鈴蘭』1(シトロン、千景)鈴蘭の花、触ってはいけないよ
    毒があるから

    青い宝石、見惚れてはいけないよ
    不幸を呼ぶから


    『オイディプスの鈴蘭』


     晴れ渡るザフラの青い空に現王の誕生日を祝う白い花びらが舞っていた。花の多いザフラが、一年で最も花の咲き誇る芳しい季節。王の産まれた日である今日は国の祝日として制定されており、街の大通りを王が馬車に乗って盛大なパレードを執り行う事が毎年の慣例になっている。
     王の乗る馬車、その隣の座席に座らされた幼いシトロニアは、ザフラ首都一番の大通りを埋め尽くす人々、そして建物の窓からも花に負けないほど華やかな笑顔で籠から花びらを撒く人々に向けて、王族として相応しい柔らかな笑顔を浮かべ手を振った。
     シトロニアの実父であるザフラ王は芸術をとても愛していると諸外国にも広く知れ渡り、国をあげて芸術文化を奨励していた。先頭を歩く国家おかかえ楽隊のマーチに合わせて、王に気に入られようと道端から歌声自慢の男が馬車を見上げ祝いの歌声を響かせる。王に捧げられた歌に、馬車から王は満足そうに微笑んで見せる。
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