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    tomahouren

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    tomahouren

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    至♀千♀の、どこの世界線とも異なる女体化パロ。

    千景さん♀が、至さん♀以外の人と結婚(未亡人)してたり、子供が居たりなんだりします。

    続きますが、エイプリルフールなので、最初だけupします。
    今作は全年齢ですが、後ほど成人向け要素出てきます。

    『アタシの最低な恋愛』(至♀千♀) アタシが好きだった人は、名前を千景さんと言った。
     アタシはその時の失恋を忘れることすら出来ないままだ。


    「茅ヶ崎くん」
     打ち合わせや電話対応でがやがやと声が響く会社のフロアで課長に呼ばれて、私はまた一体何を頼まれるんだろうと思いながら、そんな反抗的な気持ちを持っているだなんて微塵も感じさせない笑顔でヒール靴の足取りも軽く課長の机の側に歩み寄った。
    「はい」
     にっこり笑う私の返事を受けて、課長が一枚の紙を差し出した。
    「産休育休から、今度戻ってくる人が一人いるから。受け入れの準備よろしく。面倒見てあげて」
     あまりにも雑な仕事の振り方だなあ、と思いながら、私はその紙を受け取った。
    「卯木、千景……さん、ですか」
     目に飛び込んで来たその名前を、思わず口に出してしまった。
     卯木なんて、聞いた事の無い名字だ。知り合いにその名字を持つ人は今まで居なかった。
     でも、その後に続く、漢字でたった二文字で表記された、その『千景』という名前を見ただけで、私は意識が明滅しそうになる。
     名前そのものは、取り立てて良くある名前でも無いけれど、まったく見ない名前でもない。男性でも女性でも、そこまで特別なものでも、珍しいものでもない。
     ただ、原因は私の中にあって。
     私はあれから何年経っても、大人になった今でも、無関係な誰かのものであるその名前を時折見かけるたびに、ただそれだけで。
     同じ名前の、私がその名前を呼んだ、たったひとりの人を思い出してしまう。
     その度に、別れを告げられたあの日から、胸の真ん中が砕けて空いた、目には見えない空虚な穴がごうごうと痛みだすのだ。
     今でも鮮烈に焼き付いて離れない。高校の制服のスカート、長い髪、美しい表情、私と話す時の、その声。初めて手を繋いだ時、そして私がその手を掬い上げた時に震えていたその細い美しい指先。白くて丸い艶やかな爪。シーツに広がる髪、香り。唇の柔らかさと、私の背中に回されてぎゅうと抱きついてきた時の、柔らかな素肌の体温。
    「海外事業部からの異動なんだ」
     課長の声で、は、と息をするのも忘れていた事に気付き、現実に意識が引き戻される。
    「彼女が産休に入ったのは、そういえば君が入社する直前だったか。なら茅ヶ崎くんは会った事もないな。まあ、フォロー頼むよ」
    「……はい」
     これから毎日、トラウマの名前を見る事になるのか、と私は思った。



     高校は、親が望んだ女子校に進学した。有名なお嬢様学校で、制服の規律も厳しくて、他の学校の男子学生と手を繋いで道を歩いていたら、それを見た近隣に住む卒業生のマダムから学校に通報が入るような所。下着の色まで教師に監視されて、柄物なんて着ようものなら即刻お見舞いされる生活指導。スカートの丈も、靴下の色もみんな一緒。
     私が千景さんを最初に見たのは、出かけるための準備にいつも時間のかかってしまう遅刻癖のある母親と、私の入学式に母の運転する車で慌てて向かっている最中だった。とはいえ、慌てているのは母だけで、私は自宅でも自分の準備を早々に終えていた。メイクに着替えに家の中を走り回る母親を眺め、やっと車に乗ったと思ったら運転席であたふた繰り返される言い訳に適当に頷いていただけなのだ。
     その時、歩道に見えた、同じ高校の制服。すらりと身長は高くて、丈長めのプリーツスカートをあんなに美しいと思ったことはない。下ろした長い髪の後ろ姿。ふ、と振り向いた顔が、モデルみたいに綺麗だった。街路樹の桜の花弁がはらはら周囲を彩るみたいに舞っていて『桜に攫われそうとか現実にあるんだ』なんて馬鹿みたいな事を私は思った。
     車の助手席に乗ったままの私の目に、その人はとても綺麗に見えた。その人が歩道で、しゃがんだり、立ち上がって周囲に視線をあちこち向けている姿の、その横を母の運転する車で通過した。
     ……探し物かな……落とし物かな。
     会ったこともない、その日初めて見かけただけの人なのに、私はなんだか妙に、その姿が引っかかっていた。
     私がその人を振り向いてる間にも学校の指定した駐車場に着いたけど、車が多くて止められない、と入り口の警備員に拒まれた。
    「至、時間に間に合わなくなるから、あなたはここで降りて先に学校へ行きなさい。車をどこか近くのコインパーキングに停めたら行くから」
     母に言われて、私は頷き迷いなくシートベルトを外してドアの外に出た。こんなのも慣れっこなのだ。歩道に立って、母の運転する車が右折していくのを見送る。
     先に少し進めば高校の正門があるのはわかっていた。
     母の車が見えなくなってから、私は、学校とは反対方向に踵を返して走った。駐車場の警備員が「あれ?」という顔で私を見た。これから入学式なのに学校と反対方向に向かうなんて、どうしたんだろうと思われただろうか。そんなのもう関係なかった。
     カバンを持ったまま、ぱたぱたと少し走ると、さっき車の窓越しに見たあの人が、やはり困った顔で歩道を見て、今度はそっと街路樹の下に茂る緑の葉を手でそっとひっくり返したりしていた。
    「……?」
     私が近くに寄ると、その人は見知らぬ私を見上げて、不思議そうな顔をした。少し首を傾けたその人の肩を、長い髪がさらさらと滑った。それを見ただけで、私は頬が熱くなった。くせ毛のひどい私の髪なんかとは全然違った。きっと触ったらつやつやの手触りなんだろう。
    「あ、あの、」
     私が言うと、その人は膝を折ってしゃがんでいた所からゆっくり立ち上がった。迷惑そうな顔をするでもなく、私が何を話すのか待っていてくれた。
     身長は、私より少し高い。でも、体つきは私なんかよりずっと華奢で、手首や足首なんて細くて、私が抱きしめたら壊れてしまいそうな繊細さだった。見上げたその人の顔は、人体デッサン狂ってるんじゃないのかな? と思うほど顔が小さくて。そこにまんまるの眼鏡をかけていて、それが不思議とぴったりと似合っていた。その奥の理知的なすっと長い睫毛の目を強調して、眉毛もすらりと毛筆で書いたみたいな綺麗さで、肌の色も白くて、唇は控えめにバランスよく存在してて、本当に全部が素敵だった。
     見惚れてしまって、私がわずかに黙ると、その人は私を伺うようにじっと見た。
    「だ、大丈夫、ですか?」
     私が、何か喋らなくちゃ、と必死に絞り出してそう尋ねると、その人は更に不思議そうな顔をした。
     うわ、ばか! こんなの不審者じゃん!
     私は懸命に作り笑いで補足した。鏡の前で、あんなに練習したのに上手に笑えているかわからなかった。頬が引き攣っている気がする。
     いやだ、こんなに綺麗な人の前で、自分から進んで醜態を曝すとかありえない。
    「あ、あの、えっと、落とし物、とかですか? 手伝います」
     私は返事を待たずに、スカートを膝裏に折りたたんでその人が見てた辺りに屈み込むと、葉っぱの根元を掌でぐっと上げて、それらしきものが無いか探し始める。
    「……新入生?」
     声も、凄く綺麗だった。例え方が分からないけど、美人の出す声って、こういうのだろうなって思った。私の、根っこに陰鬱が住んでるような声とは違う。水が澄み渡るような、と例えればいいのか。その声は私の鼓膜を心地よく震わせて、すうと私の中に染み入った。もっと彼女の声を聞かせて欲しい。私は思わず尋ねていた。
    「あ、はい。えっと、先輩、ですよね?」
    「うん。三年」
     たった二歳しか違わないけど、高校生の私にはその差が大きく感じられた。だからこんなに大人っぽいんだろうか、なんて私は探すフリをして屈んだまま、そっとその人を視線だけで見上げた。
    「入学式、始まってしまうよ」
     私はほんとうに、そんなのどうでも良くて、言い訳を口にした。
    「こ、困ってる人、放っておけないです」
     ちら、と見上げると、その人は顔の横にかかった長い髪を指先で耳にかけた。
    「何を落としたんですか?」
    「……思い出」
     言われた事に私はびっくりしてその人の顔を正面から見返すと、その人はくすっと笑った。
    「ごめん。可愛かったから。からかっただけ」
     可愛いと言われて、私は信じられない気持ちで顔を赤くしてしまう。中学まで芋の中の芋でしかなかったけれど、高校進学を機にがらりと外見を変えた。自分の外見なんてずっとどうでも良かったけれど、もしこの人に可愛いって思って貰えたのがほんの少しでも真実なのだとしたら、お母さん、ほんのちょっとでも可愛く産んでくれてありがとう、と思った。
     絶句している私の目の前で、その人も垣根の下を覗き込んで言った。
    「ペンダントを、落としてしまって。大事なものなのに」
     その言い方が、ここに居ない誰かの存在を感じさせた。ああ、そうか、と私はすぐに分かった。そのペンダントをくれたのは、たぶん彼氏とか、そういう人なんだろう。私は誰に言われなくても確信した。
     それはそう、と思った。だってこんなに綺麗な人を、今まで出会ってきた他の人達が放っておくわけないのだから。
    「どんな、ペンダントですか」
     一歩後ろに移動しながら私が聞くと、その人は足元で僅かに移動しながら言った。
    「チェーンは銀で、小さな瓶がペンダントトップなの」
     瓶がペンダントトップとか、変わった趣味の彼氏なんだな、と私が思った時。
     さらりと撫でた地面の桜の花びらの下から、銀色のペンダントトップがきらりと光った。
     私は、きっと目の前の人が探しているのはこれだ、とすぐに思って、なのに拾うのに一瞬躊躇った。何を馬鹿な事を思っているんだろう、と唇を噛んで、そのペンダントを指先で拾った。このペンダントを隠したって、この綺麗な人は『誰かのもの』であることに違いないのに。
    「ありましたよ、先輩」
     ことさらに明るく言って、私は掌に載せたそれを差し出した。
     その人は振り向いて、私を見て、そして私の掌の上のペンダントトップを見た後、私に手を伸ばした。
     え、と思う私の頬の近くを、その人の指先が通過して、その人の顔が近づく。私のこめかみのすぐ上の髪に触れた。
     なに、が、起こって。
     その綺麗な人にキスされる妄想が過って、しかしすいと触れないまま二人の距離は離れた。
     目の前でにこりと笑ったその人の指先に、桜の花弁が摘んで、一枚色付いていた。
    「髪に、花びらがついていたから」
     私はもうまったく冷静で居られなくて、その人が私の手からペンダントを受け取るまで、一言も話せなかった。
    「あのね、」
     私の掌から、その人が指先でペンダントトップの小瓶を拾う。
    「これ、ここに入っている中身。毒薬なの」
     何を言われているか、瞬時に理解が出来なかった。また、この人は私を揶揄っているんだと思った。なのに、どうしてか上手く受け流すことも出来なかった。
    「……先輩、」
    「毒っていうのは嘘。本当は、記憶を失う薬」
     そんな薬あるわけない。私がいかにも疑っている顔をすると、先輩はおかしそうにくすくす笑った。
    「厨二設定過ぎません? 先輩、そういうの好きなんですか」
    「千景って呼んで欲しいな。ねぇ、名前教えてくれる?」
    「……茅ヶ崎、です。千景先輩は、」
    「名前に先輩付けるのって、他人行儀だと思わない?」
    「……え、と。千景、さん?」
    「うん。ペンダント探すの、手伝ってくれてありがとう、茅ヶ崎。入学式に遅れる。ほら、急いで、走って」
     千景さんは、ペンダントを首につけるとシャツの下にすっかりしまって見えなくしてしまい、そして私の手を掴んだ。
     私の手を掴んだ千景さんの手は、指先までふわふわで、つやつやの肌で、温かい。私は手を引かれて走りながら、学校までの道のりが今までに無い彩度で輝いて、まるで現実味がなくてふわふわ、夢の中みたいだった。
     下駄箱の場所で千景さんと分かれ、名残惜しい気持ちを抱えたまま、すっかり人のいない廊下を自分の教室へと向かった。
     入学式自体には間に合って、新入生として体育館にクラスメイト達と列を成して入った。退屈なだけの入学式だと思っていたら、在校生代表として体育館のステージに上がり、激励を述べたのは、さっきまで私の手を握っていた千景さん、その人だった。


     普段より早い時間に出社して、「卯木千景」と書かれた従業員カードを持ってビルの入り口を少し入った所で私は復帰初日の卯木千景さんを待っていた。
     通り過ぎる弊社の男性従業員と挨拶を交わしながら、そろそろ時間かな、と受付の上に設置されている時計を見上げた。
     卯木千景さんには、復帰にあたり幾度か社用アドレスでメールをやりとりした。
     私からの連絡に、卯木千景さんは丁寧なメール文を返信してくれた。
     なんとなく、優しい女性なんだろうなと思った。
    『不安な点がありましたら、いつでもご連絡下さい』と私がメールの最後に書いた時にも、『茅ヶ崎さんのおかげで準備に不安無く、復帰ができます。ありがとうございます。』と返ってきた。
     相手の名前を見ると昔の恋を思い出して暗い気持ちにはなるけど、卯木さんには関係ないことなのだから、せめて彼女とギクシャクしないようにしよう、と思った。
     卯木千景さんには、関係のないことなのだから。
     どんな人なのかな。
     私はそう思ってひとつ深呼吸し、視線をビル入り口の自動ドアへと戻す。
     ガラス製のドアが開いて、眩しい陽射しを背にビルに入ってきたその姿を見て、私は愕然とした。腰が抜けて、座り込まなかったことだけでも、誰かに褒めて欲しいくらいだった。けれど、私が千景さんに過去、失恋したなんて、誰も知らない事なのだから、褒めてくれる人なんているはずもない。
     すらりとした身体に、スカートを合わせて、デッサンが狂っていると思ってしまうほどの小顔に、スクエアフレームの眼鏡をかけていた。昔は長かった髪を、ボブの長さに切り揃えていて、私を入り口の傍に見つけ、その人は笑って見せた。
     動けもしない私の前に、すらりとした脚にヒール靴で、歩み寄り、私より少し高い身長から、私を見た。
    「同姓同名かとも思っていたけど、やっぱり茅ヶ崎だったね。久しぶり」
     千景さんが、私の前で、微笑んでいた。
     私は泣き出してしまいそうで、ただ、千景さんに、高校生のあの日から恋して、私が振られて、終わった関係のその人に微笑みかけられただけで泣いてしまうだなんて所を見せたくなくて、全部を飲み込んだ。
    「……結婚、されたんですね。名字が、違うから……千景さん、と、同じ名前の、誰かだと、ばかり」
    「うん」
     千景さんの考えている事が分からない。私は、何をどうすればいいのかも分からない。それでもその瞬間唐突に思い出した。振られた時だって、私は、千景さんのこと、何も分からなかった。
    「……育休から、なら、子供、産んだんですね」
    「うん」
     高校生の時。千景さんは私に言った。
    『子供を可愛いと思える気がしない。きっと産むことはないと思う。』
     そう、はっきり言ったのに。
     うそつき、と私の中で黒い嵐が綺麗だった思い出も吹き飛ばし、なぎ倒す。
     私の前に立っている千景さんは、高校生だった時と変わらず美しいのに、私の知らない人みたいだった。

    (続)
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    tomahouren

    MAIKINGシトロニア幼少時に、ザフラに潜入してる千景さん(女装・偽名は鈴蘭)の話。続きます。
    『オイディプスの鈴蘭』1(シトロン、千景)鈴蘭の花、触ってはいけないよ
    毒があるから

    青い宝石、見惚れてはいけないよ
    不幸を呼ぶから


    『オイディプスの鈴蘭』


     晴れ渡るザフラの青い空に現王の誕生日を祝う白い花びらが舞っていた。花の多いザフラが、一年で最も花の咲き誇る芳しい季節。王の産まれた日である今日は国の祝日として制定されており、街の大通りを王が馬車に乗って盛大なパレードを執り行う事が毎年の慣例になっている。
     王の乗る馬車、その隣の座席に座らされた幼いシトロニアは、ザフラ首都一番の大通りを埋め尽くす人々、そして建物の窓からも花に負けないほど華やかな笑顔で籠から花びらを撒く人々に向けて、王族として相応しい柔らかな笑顔を浮かべ手を振った。
     シトロニアの実父であるザフラ王は芸術をとても愛していると諸外国にも広く知れ渡り、国をあげて芸術文化を奨励していた。先頭を歩く国家おかかえ楽隊のマーチに合わせて、王に気に入られようと道端から歌声自慢の男が馬車を見上げ祝いの歌声を響かせる。王に捧げられた歌に、馬車から王は満足そうに微笑んで見せる。
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