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    tomahouren

    @tomahouren

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    POIPOI 21

    tomahouren

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    とのぉかの話を書きました。ス〒要素多めの妄想。CPのつもりは無く書いてますが、🎮🐰を好きな人が書いています。

    電脳世界のエデン「ねぇ巧、あたしたち付き合ってるんだよね?」
    「うん?」
     快晴の下、大学併設のカフェテラスでアイスコーヒーを飲みながら、彼女の言葉に頷く。顔も可愛いし、服装のセンスもいいし、空気も読んでくれるし、悪い子じゃない。俺の事を好きって言ってくれるのも気分が良い。周囲からも美男美女カップルとか言われている。でもまあ、それだけだ。大学ではとりあえずこの子でいいかな、と思っていた。
    「まだ巧の家行ってないよ」
    「汚いからさ? ちゃんと片付けるよ」
    「えー、片付けてあげたい」
    「ごめんごめん、見せて嫌われたくないから、片付けた後に来てよ」
     家庭的アピールがうざいんだよな、と内心思いながら笑顔で返して話題を変えた。

     俺は誰かに嫌われるのが怖くて、ひとりじゃ生きていられなくて、誰かと居たくて、分厚い仮面を被っていた。誰からも好かれるように、なるべく嫌われないように。
     誰かと居るのは好きだ。楽しく遊んで、楽しく騒いで。面倒くさい話は冗談で流して。たまに相談に乗ってそれっぽく励ましてやれば信頼されるし。そういう時間で、空っぽな自分が少しずつでも埋まっていくように錯覚出来た。
     そうやって安心してるくせに「こんな俺は全部嘘だ、つくりものだ」と、外面に騙されている周囲をバカにして下に見ていた。
     大学から一人暮らしの部屋に帰って、改めて自分のオタク部屋を省みる。だって隠すにも限界あるだろ……。所狭しと積み上がったゲーム機本体に、レトロゲームソフトから最新ソフトまで。ゲーム雑誌に、シリーズもので毎年刊行される分厚い設定資料集たち、シナリオ集に攻略本、壁に所狭しとかけられた限定絵柄のタペストリー、各種フィギュアにグッズ。引越しの時、見積もりに来た業者から「これ何トンあるんですか?」とドン引きされた。何トン? 知るか。……いや、まあ、それはそう。
     最悪トランクルームかな、なんて頭を過ぎる。実家が緩ければ置いておく事も出来るだろうが、オタク趣味への理解のない親に「ゴミ」と言われて容赦なく捨てられる。実際、家に置いていたゲームのサントラCDが勝手に捨てられていて絶望した。
     足の踏み場もない部屋を大股で宝の山を乗り越え椅子に座りパソコンを付ける。片付けはもう諦めた。虚無顔で最近知った動画サイトを立ち上げると、読み込まれた生放送中のゲーム実況ランキングに「ナイラン」の文字を見つけて、俺はハッとする。まだ自分がプレイしていない作品の実況を見るのはネタバレを受けることになってしまうので、自分がプレイし終えた作品を中心に『実況者がどうプレイするのか見てやろう』くらいの気持ちで見るスタンスだった。
     ナイランだったら、俺はもう全部クリアしてる。高校の時なんて特に、当時出ていたナンバリングなら何周したか分からない。何度も何度も周回した。キャラクターの細かいセリフだって全部暗記してる。キモい、と笑う己の心の声をうるせーよ、と押さえつけた。
     サムネイルには、「たるち実況 ナイランⅣ 縛りプレイ」の文字。
     ぽつ、とほんの僅かな興味から、再生ボタンをクリックする。親の声より聞いた懐かしいゲーム音楽と、そこに被る実況者の声を聞きながら俺は鞄から引っ張り出したペットボトルのコーヒーを飲み、手元のスマホでソシャゲを立ち上げ周回し始める。だが、流し聞きしていたはずなのに、ほどなくその実況に釘付けになった。

     棒読み音声と実況者のやりとりを聞いて、まるで友達みんなで、ゲームを一緒に遊んでる場に居るかのように錯覚した。
     とはいえ、『ゲームで一緒に遊んだ友達』なんて、俺にはたったひとりしか居ない。
     茅ヶ崎至。チガ。
     高校三年の夏に関係が壊れてもうずいぶん経つのに、俺はいまだに引きずっていた。

     生放送を見に来ている視聴者達のコメントはなかなかに辛口で、《たるち》が弄られてはそれを否定する度にコメント欄はキャッキャと盛り上がって喜んでいた。
     そうこうしているうちに物語は進み、ナイランⅣの中でも指折りの手強いボス戦へと入った。モードレッド戦だ。戦闘内で規定のターン経過とモードレッドのHP残量によって、雷属性の全体攻撃がひっきりなしに飛んでくる。しかもその全体攻撃は麻痺付きで、味方全員が麻痺にされたらその時点でほぼ負け確。次のターンのモードレッドの攻撃を避けようがない。運良く麻痺が解けても、仲間がHPゼロで落とされていたらそこからモードレッドのHPを削り切るのはほぼ無理。敵のHP管理と規定ターン前の調整や異常状態回復アイテムの残数が大事になる。ゲーム発売当時は、モードレッド戦が辛すぎると話題になった。
     配信画面は「たるち大丈夫?」「できる?できる?」と煽りが流れていく。
    『俺が高校時代ナイランⅣ何度周回したと思ってんの。みんな知ってるでしょ。お前は今までナイランⅣをクリアした数を覚えているか? まあ楽勝ですわ』
     コメントは「出た出た」「いつもの」「フラグ」と流れていくけれど、俺の頭の中は、茅ヶ崎至……チガと、彼の家に泊まって夜通しゲームした事を思い出す。布団も敷きっぱなしの上に二人で寝そべって、時間が勿体無いからと交代で睡眠を取りながらレベリングしていた。ああ、そうだ、あの時……。
    『やー、でもモードレッド戦はうっかりやらかした事あったわ。高校の時、友達と交代で寝ながらレベリングして進めててさ』
     「寝ずの番的な?」とコメントが流れていく事に、《たるち》が笑う。聞き覚えのある笑い方だった。
    『それ。戦場かよってな。まじ極限でさ。俺がコントローラー持った順番で、モードレッド戦に入ったんだよ。もう明け方で、眠くてフラフラ。うっかりターン数を数え間違えたから全体攻撃飛んできて、しかもパーティー全員麻痺ったの』
     「オワタ」「負け確」の文字が流れていく画面を、俺は信じられない思いで見てた。
    『そこから次のターンに進められなくてさ。負けるって分かってて、進めらんないだろ? だって二人でレベリングして夜通しプレイしてたのにさ。俺、コントローラー床に置いて、布団の上で体育座りしてたの』
     「へたるち」「へたるち」と弾幕が飛ぶ。
    『そしたら、友達が起きてさ。俺が体育座りしてんの見て「どうした!?」って慌てて。「ターン間違えた。終わった」って言ったら、だいぶ貶されて、ははっ。実際、俺のせいなんだけど。まあ、もうどうせ負けるしセーブポイントからやり直せばいいじゃんって友達が言うからさ』
     「いい友達じゃん」「感動した」と、コメントが流れていく。
    『次のターン、やっぱり全滅させられて。いざセーブポイントからやり直そうとしたら、そいつ自分の番だった時にセーブすんのすっかり忘れてて。あれ何時間ぶん無駄になったかな。めっちゃ詰ってやったわ』
     「サイテー」「炎上案件」「自分に甘くて他人に厳しい」とコメントが流れていく。その中に「そんなんだからカノジョできない」と赤字コメントがあって、即座に画面が数えきれないほどの「あ……」で埋まる。
    『おい、今言っちゃいけないこと言ったやつ居たよな。次言ったらブロックすんぞ。ID覚えた。つーか、テメーも同じ穴のムジナだろ。陽キャのリア充がこんなとこにこねーわ』
     小馬鹿にした発言に、画面が「それはそう」「それな」「涙ふけよ」で埋まって、話題はすぐに流れた。
     そのモードレッド戦では仲間キャラの予期せぬクリティカルヒットが出てしまい、全体攻撃発動のHPラインを超えて、《たるち》はパーティーを全滅させてキレていた。

     就職活動が解禁されたと同時に、新卒の募集を開始していたエンドリンクス社にエントリーシートを送った。俺は授業中もバイト中もずっとその事ばかり頭にあって、書類選考で弾かれるかもしれないのに、無駄に緊張していた。
     グループ面接のお知らせというメールで一次面接に呼んで貰う事が出来て、俺はきっちりアイロンかけたスーツで、靴も磨いて面接に行った。
     だが、期待する俺の気持ちを裏切るように机の向こうに座った面接官の対応は冷ややかだった。
    「外岡さん? きみ、なんか、ゲームやるように見えないね。うちのゲーム、プレイしたことある?」
     正直、頭に来た。俺のプレイ総時間数が知りたいならセーブデータ全部持ってきてやるかこのヤロウ、と内心思った。
    「ゲーム全般好きで、特にナイツオブラウンドは全てプレイさせて頂いてます」
    「ふぅん、ナイランね」
     あ、今、俺、致命的なミスしたな、と思った。瞬間的にエンドリンクス社が一枚岩でない事を悟った。少し考えれば分かった事だ。御社のゲームは全てプレイさせて頂いています、と言い直すべきか迷った。
     その時、グループ面接の行われている会議室のドアが開いた。写真やトークショーで遠くからしか見た事のない、星井さんが入ってきた。
     周囲の音が消えるくらい、俺は高揚した。頬が熱い。神が数メートル先、楕円形の広いテーブルを挟んだ向こうに腰掛けた。やばい、最後の晩餐見てるのか俺。
     星井さんは、場にそぐわないくらい、のんびりとした声で聞いた。
    「遅れてすまないね。今は、なにをやってるの?」
    「グループ面接で、一人一人から軽く話を聞き始めた所です」
    「へえ、そう。みなさん、星井です、よろしく」
     軽く頭を下げた後、ゆったりと背もたれに体重を乗せた星井さんに、面接官が俺の隣の学生を指名する。
     あ、終わったな、と本気で思った。面接官に気に入られる回答ができなかったんだから仕方ないけれど。意識的に無視されるような態度。その負け確の手応えに、俺は足元が崩れそうだった。
     10人ほど居ただろうか、神の降臨にみな浮き足だっていた。ナイランの思い出を語る者や、ゲーム作りがしたいという学生の話を星井さんは、うんうん、と聞いていた。
    「じゃあ、これで……」
     面接が終了しようという時、星井さんが言った。
    「端の彼は?」
     俺は血液が沸騰するかと思った。目を見開いて、顔を上げた。
    「ああ、一度話は聞いたんですけどね」
     俺に塩対応の面接官は話を切ろうとした。しかし、星井さんは机の一番端の俺に話を向けてくれた。
    「さっき誰からも話は出なかったけど。君たちくらいの年代だと、動画サイトでゲーム実況とか、やはり見ているのかな」
     す、と面接官側も学生側も、僅かに緊張が走った。
     当時はまだ、大手ゲームメーカー各社から公式のガイダンスもなく、ゲーム実況はいわゆるグレーゾーンだった。著作権的に非難されても仕方ない、訴えられたら動画を削除されても文句は言えなかった。PRの一貫として、新作ゲームの冒頭のみプレイといった形で公式から仕事を貰う配信者もいるにはいたが、そんなのは人気配信者のうちの本当に一握り。ゲーム会社としてはなかなか頭の痛い問題だったろう。とはいえ、面接で横に並んだ学生でゲーム実況を見た事がないような人間も殆どいないはずだ。
     もしお手本通りに回答するなら「ゲーム実況動画は現状、著作権侵害行為ですので、自分は見ていません」と言うのが正しい回答だったかもしれない。
     だが、先ほどの『負け確』の気持ちが、どうしてかその時、俺を正直にさせた。
    「この場で言ってよい事か迷う部分もありますが、私はゲーム実況を見て、楽しんでいます」
     星井さんが、顎に手を当てて、俺を正面から見た。俺は先を促されている事を知り、続けた。
    「ゲームは、私にとって体験です。ゲームをプレイする事で、私自身が冒険をしていく。友達が居れば、一緒にプレイして共に旅します。ゲーム実況は動画サイトを通してという形ではありますが、仲間と共に冒険に出る喜びを感じさせてくれます。コメントを見ていると、ゲーム実況で冒険した気持ちを自分の手元でも改めて感じたくて、ゲームソフトを買う人も多いという印象を受けます」
     俺がほぼ一息で言い切ると、星井さんは嬉しそうに頷いた。
    「僕もそういう文化を最近までよく知らなくてね。仲間に教えて貰ったんだが、ナイランの古いナンバリングを繰り返し実況プレイしてくれるコもいて。なんと言ったかな……た、たる……」
    「《たるち》……ですか」
     俺が言うと、星井さんは手を叩いて笑った。
    「そうそう! そのコだ。詳しいね」
     俺はびっくりして、そして『あいつの配信で話題に出てくる友達って、俺です』と言えない事を思っていた。
    「古いゲームだと、今更プレイしてくれる人もなかなか居ないでしょう? あんなに楽しそうにプレイしてくれるのが嬉しくて。本当はね、エンドリンクス社で公式に、今まで出ているゲームについて実況を全て許可するようにしたいんだけど……」
     恐らく内々の話だろう事を喋ってしまう星井さんを、隣の面接官が止めた。
    「星井さん、その辺で。予定の時間も過ぎてますから、本日はこれで。皆さん、ありがとうございました」
     話は遮られて、うやむやな空気のままグループ面接が終了した。
     ドアに近い所の学生から順に退室し、最後に俺が振り向いて礼をした。
    「失礼します」
     重い鉄のドアが閉まり切るその瞬間、星井さんが「いいね、彼」と言う声が聞こえた。
     数日後、俺に【二次面接のお知らせ:エンドリンクス社】というタイトルのメールが届いた。

     エンドリンクス社から内定の知らせを貰ったその夜、俺は懐かしい夢を見た。
     俺とチガがコントローラーを握ってゲームをしながら喋っていた。狭い子供部屋で、ポテトチップスをパーティ開けにして、コーラを飲んでいた。
    「チガさ、体育出ないのなんで? 病弱ってキャラだから? だいぶ徹底してね?」
     俺の無神経な質問に、チガが気まずそうに話してくれた。
    「あーいや、俺、運動音痴すぎて」
    「あ。そうなの?」
     返しながら、俺はこの質問は地雷だったかな、と少し後悔していた。
    「……小中の頃とか、サッカーのPKで空振りするレベル」
    「まじか」
    「笑えるだろ」
     自ら苦笑して見せるチガに、俺は言ったんだ。
    「……別に。お前はお前だから」
     チガが、俺をじっと見た。そしてばしりと俺の肩を叩いた。
    「それ、ナイランⅣでのガウェインがランスロットに言うセリフじゃんか!」
    「正解!」
     俺が大仰に「さっすが」と言うと、チガは笑った。
    「はー、いやー、やっぱオレ、ランスロットの生まれ変わりなんだな。わかっちゃうんだなぁ」
     俺の言葉に乗っかってふざけるチガに、ツッコミを入れる。
    「いや、俺の方がグエン好きだし。ランスロットは譲れないって。ほら俺、主人公属性あるだろ?」
    「トノはパワー型だし、どっちかって言うとガウェインだろ」
     そんな事を言って、互いのジョークに笑っていた。
     目が覚めて、俺は耐えきれず顔を手で覆った。

     就職したエンドリンクス社では、なかなかキツイ日々だった。
     俺が最初の面接でナイランをプレイしていると言った事。そして俺を内定まで持って行ったのが俺を気に入った星井さんだと本当かどうかも分からない話が回っていて「外岡は星井さん側だろ」と派閥に押し込められた。まあ、そりゃ聞かれるまでもなく神側だが。
     なんとかナイランのプロモチームに滑り込んだけれど、俺がプロモをミスったら俺を採用したと言われている、星井さんに責任を押し付けてやろうと狙っているやつらの顔は分かっていた。
     絶対に失敗できない。俺は押しつぶされそうで、助けを求めるように時間さえあれば《たるち》のゲーム実況を聞いていた。
     ナイランのアニバーサリーイヤー、ブレストの会議で、何か変わった催しは出来ないかと俺は無茶ブリされた。
     ふと頭に浮かんだのは、《たるち》がリンクを貼っていた劇団。ホームページを見に行ったら、茅ヶ崎至の名前があった。
    「……舞台、とか」
     口を吐いて出た俺の言葉に、一番渋い顔をしたのは、反対派閥の連中ではなく、星井さんその人だった。
    「舞台、ね」
     星井さんがそう呟くと、周囲は好き勝手な事を言い始める。
    「今流行りの2.5次元てやつ?」
    「規模感にもよるよね」
    「クオリティの担保取れないでしょ、低予算にはできるだろうけど」
     ブレストじゃねーのかよ、と俺はぐっと奥歯を噛んだ。
    「あー、じゃあ、外岡くんはとりあえず資料作ってきて」
    「はい」
     その会議は一旦それで解散になった。


     ナイラン舞台初日、俺は、本当に行かなくても良いと思っていた。自分が何をしたかったのか、もう分からなかった。仕事がキリ良く終わったら行けばいいか、と言い訳のように思っていて。その日入っていたはずの会議が何故か当日、悉くリスケになった。
     結局、ぼんやりと劇場に向かっていた。劇場の支配人の松川さんに電話して、席を用意して貰った方がいいんだろうか、と考えたが「チケットの売れ行きは好調です」と彼は言っていた。各種掲示板やSNSでも今回の舞台化に好意的な意見が多いのはチェック済みだ。
     まあ、例えば当日券があれば…と思った。劇団のホームページの公演概要を軽くスマホで見ると、当日券の案内が出ていた。『残席がある場合のみ、先着にてご案内致します。追加席になる可能性もございます。』
     俺なんかが、関係者席で観るのは躊躇われた。なんだよ関係者って。チガは俺を友達とか……もう思ってないわけだし。
     劇場に着くと、当日券の所に人が何人か並んでいた。仕事を抜けて急いでかけつけた人も居ただろう。
    「開演五分前です、お座席にお願いします」とスタッフに案内されて、人々が劇場に吸い込まれていく。
     俺は、やっと足をカウンターに向けた。
    「あの、」
    「関係者様ですか?」
    「あ、いや。当日券って……まだありますか」
    「はい、残り一名様分でしたら、御座います」
    「……じゃあ、一名、お願いします」
     財布から一万円を取り出して、受付のトレーに乗せる。
     公演や演目によって差はあるだろうけれど、約一万円、決して安くない金額だ。一万円でゲームソフト一本買えば、一周するのに短くても20時間程度、長ければ90時間くらいはゆうに遊べる。先ほど劇場に入って行った人達みんな、今からの数時間のためにこのチケット代を払うのか。
     スタッフに案内されて、すっかり観客も腰を下ろした劇場の通路を歩く。劇場内は満席だった。随分前の方まで連れて行かれて、こちらです、と示されたのは前から五列目の通路端の席。
    「ああ、来たのか」
     声をかけられてはっと顔を上げれば、会社の人間を挟んで二つ隣に星井さんがいた。
    「あ、お、お疲れ様です」
     俺が腰を折ってそう挨拶すると同時に、開演を知らせるブザーが鳴る。目立たないように座席にさっと腰を下ろすと、客電が消えた。
     ……いや、俺が買った席、関係者席のあまりのヤツじゃん! と俺は暗闇の中で自分の計画の浅はかさを呪った。金額の問題でなく、関係者席に座るのが気が引けて、当日券にしたのに。俺は本当に、端っこのパイプ椅子で良かったのに!

     ひとり、ランスロットの衣装を纏ったチガが幕も降りたままの舞台に出てきた。す、と正面に向き直って、挨拶と彼曰く自分語りが始まった。
     舞台から、俺の事って見えてるのかな、と俺は思った。
     高校の文化祭で、バンドやろうぜって言われて、俺はボーカルでステージに上がった。正面からスポットライト浴びたら、視界なんて真っ白になってろくに客席なんて見えなかった。
     チガが、俺たちの思い出を話している。あれ、話の中の親友って俺なんだよな、と俺は座席に座ってチガを見上げたまま、不思議な心地だった。
     なんだ、結構良い話じゃん、と俺は他の客の拍手に合わせて、俺たちの思い出に、そっと拍手した。
     
     次に幕が開いて、舞台上の彼が照明を受けて現れた時、俺は『ああ、ランスロットだ』と思った。顔はチガで、さっきまでチガがランスロットの衣装を着ているんだと思ってたのに。
     そこに居るのは、俺がずっとゲームで見つめていたランスロットその人だった。ランスロットが剣を使えば、ああ、そうだよ。ランスロットって剣使う時絶対そう、と納得していた。マントが翻って、ランスロットが微笑む。
     そこに居るのはチガじゃなくて、ランスロットだった。

     周囲の客席をそっと見る。星井さんは子供みたいな楽しそうな顔をしていた。その向こうに広がる観客も、みんなきらきらした目で舞台上を見つめていた。
     わかる。『そこ』にランスロットが居る、って、みんな思うよな。
     物語がクライマックスに向かう。
     なあ、チガ。俺さ。
     お前が俺以外のやつとゲームの話するの、嫌だったんだ。お前が周りに秘密にしてるゲーム好きだって事を俺にだけ話してくれた事が……まるで、俺がお前の特別になれたみたいな気がして、嬉しくて。
     昔、俺がふざけたように「俺、チガしか友達いないからさ」って言ったら、お前は笑ってたけど。俺、本当にそう思ってたんだ。
     チガがガチオタだってこと周囲にバラして。お前が誰からも話しかけられないようになればいいって思った。俺だけの友達でいて欲しかった。
     それで怒ったチガが、俺がガチゲーマーだって事をみんなにバラしてくれたら、俺はもう仮面を被る必要も無くなって。
     クラスで「オタクだ」って俺とチガが二人っきり浮いて。居場所のない俺たちがまた二人っきりでゲームの話が出来たら、それだけでいいやって思ったんだ。
     友達だから。親友だから。チガは許してくれると思ってた。
     他のクラスメイト全員から嫌われたって、チガが居たら俺は、他に友達なんて一人もいらなかった。
     でも、チガは「どうでもいい」って俺を切り捨てた。
     ランスロットが、チガが、舞台上でライトを真ん中で浴びていた。俺は、座席から、それも恥ずかしくも関係者席から、それを見上げていた。
     ああ、遠いな、と思った。高校生の時は、同じクラスに居たんだぜ。どつきあって、互いの部屋に入り浸って、ゲームして、ゲームの話をした。
     ずっと言えなかったけど、お前がランスロットなら、まあ俺はガウェインでもいいかな……って思ったりもしてたんだ。
     でも、あれって随分昔だな、チガ。


     他社との打ち合わせを終えて、俺は駅から本社への道を早足で歩いていた。
     すると正面から、見覚えのある長身のイケメンが歩いてくる所だった。
     正直、げ、と思った。
     チガの居る劇団の劇団員、卯木千景。シンプルなスーツがめちゃくちゃ似合っていた。今更逃げ込める路地もなくて、俺は覚悟を決めて歩みを進めた。
     互いの距離が2メートルほどになった所で向こうが足を止めて、俺もつられて足を止めた。
    「お疲れ様です、卯木さん。今日は役者じゃなくてサラリーマンですか」
    「どうも。茅ヶ崎がお世話になってます」
     こうして見ると、随分と細面だな、と思った。ガウェインはパワー型で、舞台だと力強い雰囲気に見えたけれど。むしろ、鋭利な刃物みたいな男だった。
    「外岡さんは外回りですか」
    「ああ、まあ、そんなようなものです。下っ端なので走り回る事が仕事で。卯木さん、お時間あったらお茶でもどうですか」
     絶対断れよ、と念じてそう言った。
    「いえ、すみませんがそこまでの時間が無くて」
    「ああ、いえいえ、こちらこそ急にでしたから」
     断られた事に安堵して、「じゃあ」と言いかけて立ち去ろうとする。
    「本当は、あなたがしようとした事に軽い報復くらいはしてもいいんですけれど。茅ヶ崎にバレたら、怒られそうなので」
     低い声に、俺がぎくりと振り返ると、卯木千景は見えない刃先をこちらに向けているような笑顔だった。
    「茅ヶ崎と、これからも旧友の範囲で仲良くしてくれるなら、とりあえず様子見しておきます」
    「……もう近寄るな、とかではないんですね」
     俺が言うと、卯木千景は口元に指を当てて思案顔を見せた。
    「なるほど、それもいいかもしれませんね。でも茅ヶ崎が可哀想かなって」
     居心地が悪くて、俺は何か言い返したくて、必死になって言った。
    「チガは、一人でも平気なやつですよ。もともと」
     俺が話しかける前、チガは教室でため息を吐いているキャラだった。俺は、同じ『キャラを作る』事でも、明るいフリをした。一人が平気じゃないからだ。
    「そうかな。俺は、そうは思わないけど」
    「……は」
     息が、つまる。
     なんで、たかが会社の先輩くらいのヤツが、最近同じ劇団入ったくらいのヤツが、俺よりチガを知ってるみたいな事言うんだよ。
    「じゃあ、外岡さん。失礼します」
     呼吸も出来ない俺に向かって卯木千景はそう言うと、踵を返して歩いて行ってしまった。

     俺は、会社への道を歩きながら、イヤホンを耳に入れた。スマホで、《たるち》の動画を流した。昨日の深夜に配信していた放送で、またナイランの縛りプレイをやっていた。
     高校に入ってすぐ、俺はチガの事を知っていた。茅ヶ崎至。綺麗な顔で、目立っていた。周囲から向けられる興味をさらっと受け流して、友達とかいらない、みたいに一人で過ごしてた。
     だから、俺はそれが悔しくて。誰かが居ないと耐えられない俺を、チガが笑っているんじゃないかと思って、気に食わなかった。
     でも同時に、ひとりでいられる強さみたいなものに憧れてた。
     だから、あの日。夕暮れの教室でわざと二人になるのを狙ったんだ。話題は何でも良かった。いつも何の本読んでんの、とか。何でも。
     ただ、俺は、あいつと友達になってみたかったんだ。
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    👏🙏😭❤😂😭😭👏👏🙏👏
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    tomahouren

    MAIKINGシトロニア幼少時に、ザフラに潜入してる千景さん(女装・偽名は鈴蘭)の話。続きます。
    『オイディプスの鈴蘭』1(シトロン、千景)鈴蘭の花、触ってはいけないよ
    毒があるから

    青い宝石、見惚れてはいけないよ
    不幸を呼ぶから


    『オイディプスの鈴蘭』


     晴れ渡るザフラの青い空に現王の誕生日を祝う白い花びらが舞っていた。花の多いザフラが、一年で最も花の咲き誇る芳しい季節。王の産まれた日である今日は国の祝日として制定されており、街の大通りを王が馬車に乗って盛大なパレードを執り行う事が毎年の慣例になっている。
     王の乗る馬車、その隣の座席に座らされた幼いシトロニアは、ザフラ首都一番の大通りを埋め尽くす人々、そして建物の窓からも花に負けないほど華やかな笑顔で籠から花びらを撒く人々に向けて、王族として相応しい柔らかな笑顔を浮かべ手を振った。
     シトロニアの実父であるザフラ王は芸術をとても愛していると諸外国にも広く知れ渡り、国をあげて芸術文化を奨励していた。先頭を歩く国家おかかえ楽隊のマーチに合わせて、王に気に入られようと道端から歌声自慢の男が馬車を見上げ祝いの歌声を響かせる。王に捧げられた歌に、馬車から王は満足そうに微笑んで見せる。
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