番解消が可能になった世界。
高校2年生の俺は、その日もいつも通りの日常を過ごすはずだった。
友人たちと駄弁りながら移動教室に向かっていた。
そんな時、甘ったるい香りが鼻腔をくすぐる。
Ω特有の発情の匂いだ。
近づいてはいけないのに香りにつられて歩みは速くなるばかり。
人を掻き分けた先にはクラスメイトが後輩に襲いかかっているところだった。
「発情期なのに学校来てるってことはαを誘ってんだろ!?」
「違います!やだっ、やめてください!」
彼を見た瞬間、心臓が跳ねた。
人間だらけの中に唯一の獣人族、一際目立つ銀色の髪に中性的な顔立ち。
気づいた時にはクラスメイトを押し退けて、逃げられないように頭と腰に腕を回して唇に齧り付く。
「ねえ、それ、外して?」
「はい」
αから項を守るためのネックガードを彼はあっさりと外してしまう。
それどころか抵抗する素振りも見られず、「どうぞ」と言わんばかりに項を差し出す。
いや、俺がそう錯覚しているだけで濡れた瞳でぷるぷる震える彼は違うのかもしれない。
ラットを起こしたαが正常な判断などできるはずもなく、思い切り項を噛む。
このΩを自分のものにしたい、その欲求だけが頭を支配していた。
再び唇に齧り付いては、熱を持った下肢を押し付ける。
それは長くは続かず、頭への衝撃を最後に意識は途絶えた。
気づいたらベッドの上。
冷静になった頭で自分の行為を思い出して真っ白になる。
話したこともない名前も知らない後輩のΩを番にしてしまったのだ。
それから俺は自宅謹慎のあと、転校を余儀なくされた。
番解消の書類にサインをしたが、高校を卒業しても解除はされないまま。
***
Ωと診断されたその日からぼくはネックガードをつけた。
周りに性別がバレようが、揶揄われようが、他のαから言い寄られようが。
たった1人の、"彼"のものになるために。
「シルヴァ」
いつも窓から見ていた彼が目の前にいた。
1学年上の、周りに人が絶えない彼。
すれ違うたびにαのいい香りが漂ってどきどきした。
予定より早くきてしまった発情期を恨んでいるところだったが、悪いことばかりではないらしい。
彼のフェロモンに当てられて、頭がふわふわする。
あなたに噛んでほしい。
早く、あなたのものにしてほしい。
きっと名前を呼ばれたのは都合の良い幻聴ではないはず。
発情期が明けて学校に来てみれば、彼はすでに転校したあとで。
転校先を聞いてもはぐらかされ、先生からは番解消を勧められる始末。
彼のサインが入った同意書も見せられた。
彼との番は合意の上ではなかったし、彼にとってぼくは解消したい存在であると見せつけられているようで胸が苦しい。
それでもしたくない、と意思表示をすれば先生は困ったように先延ばしにするだけだった。
***
あれから数年経ち、俺が大学2年に上がったある日のこと。
ふわりと嗅いだことのある甘い香りが漂ってきて。
「先輩……!」
あの日、無理やり番にしてしまったΩがこちらに駆け寄ってくる。
お久しぶりです、と少し顔を赤らめる姿が愛らしい。
「ずっとお会いしたかったです」
にこにこと話しかけてくれる彼に、罪悪感に苛まれた俺は顔を逸らした。
「……先輩はぼくのこと嫌いですか?」
「そんなことはない!」
食い気味に返事をすれば、沈んだ耳も表情とともにぱあっと明るさを取り戻す。
「よかった。これから頑張りますね!」
何を、と聞く前に去っていってしまった。
彼のことで頭がいっぱいで次の講義が上の空だった俺はそれを友人に指摘されるのであった。
彼の宣言通り、次の日からぐいぐい迫られることを俺はまだ知らない。
終わり
獣人くん×ご主人様のオメガバif(番解消ネタ)
『番解消できる世界でヒート事故でかかわりのない後輩Ωを番にしてしまったのに解除されず、再会したらぐいぐい迫られる話』
後輩Ω獣人くん×先輩α
解説メモ
α本人は気づいてないけどラット状態で無意識に名前呼んでます。
2023/08/20