花占い①.
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どうやらオレは類のことがどうしようもなく好きらしい。自覚した日は真面目に理由を考えてみるなどしたが、類でなかったら欠点になることすら愛しく見えてしまったため、真面目に考えても意味がないと気づいた。
好きだと自覚したら次は想いを伝えるべきとは思うし、今まで友人に相談される度そうすべきと薦めていたオレだが、いざ自分が同じ状況に置かれてはじめて、それがどんなに難しいことかを思い知る。
どう伝えればいいのか、ちゃんと伝わるのか、受け入れてもらえるのか……相手がよく知っている人でも、こういった事だけは伝えてみなければ結果が全く読めない。その上、体が伝えろ伝えろと唆すも、脳が「もし断られたら」というバッドエンドを提示してきて足止めされてしまう。そう思い悩みながら日常生活を過ごしていたら、学校やショーステージでミスをする回数が増えた。
「このままじゃ周りに迷惑かけてしまうな…」
いつも通り優雅にランチを少しずつ口に運んでいるが、味を楽しむ余裕がなかった。ここまできたら先に結果を教えてくれないかと神に縋りたい気分だ。未来のスターになる者だから、生まれつき予知能力ぐらい見についていれば……と起こりえないことに嘆きながらふと足元に目を遣れば、そこには名を知らない鮮やかな赤い花があった。いつもなら気にもかけない可憐で小さな花だが、今なら命を救ってくれる心強い神様に見える。
花占いーー花びらを千切りながら「好き」、「嫌い」と呪文のように繰り返し数えていき、最後に残った一枚が想い人の真意であるという、古くから伝わるシンプルな占い方だ。結果に何の確証もないその行為で命を奪われる花が可哀想で、咲希に薦められた少女漫画で読んだ花占いをする主人公の気持ちを、当時は少しも理解できなかったが、今なら百パーセント共感できる。食べかけのランチボックスを横に置き、藁にも縋る気持ちで足元にある花の命を有り難く頂き、呪文を唱えた。
類はオレのことが、好き……嫌い……好き……嫌い…… 花びらの枚数もそう多くない花だから、千切るまでもなく一瞬で結果が分かるはずなのに、まるで人生の分かれ道に立たされたようで、大事に大事に、恋心そのものを扱うようにゆっくりと赤い花弁を千切っていく。
「好き… き…」
呪文を最後まで唱え切れてないまま、最悪の結果になることを理解してしまい、言葉が途切れてしまう。
「は、はは…まあそんなことも…あるよな?も、もう一回…」
先ほどまでの有り難みはどこへやら、現実を受け入れられないオレの脳の決断は早く、指先が少し冷えてきた手はすぐさま次の命を奪った。嫌い、好き、嫌い。声に出したら本当になってしまいそうで、震える唇をかみ締めて無言で花びらを千切ったが、結果は変わらなかった。三度目の正直ということであっという間に三本目の花をも散らせるも、やはり同じ結果にしかならなかった。
「っそんなはずが…だってオレらはいつもあんなに楽しくショーのことを…っ」
少しでも冷静になれば、同じ種の花なら花弁の数だって大体同じとすぐに察知できただろうし、こんなことに深い意味はないことにも気づけたはずだ。が、失敗を認めたくない気持ちが勝り、足元に咲いている花のどれかに「正解」があるという勝手な思い込みで、小さき命を殺める手を止められずにいた。いつしか赤い花弁は周りの地面をすっかり覆ってしまい、まるで今ズキズキと悲鳴をあげる左胸の奥から流れ出した血液のようにも見えてきた、その時。
「司…くん…?」
声のする方向に振り返ると、花を千切るのに夢中でいつの間にか地べたに座り込んだオレをおかしく思ったのか、戸惑ったような顔で見てくる類がいた。
「何…してるの…?何でそんな…花を…」
「…なん…なんでも………ない……」
お前が好きすぎて気が狂いそうだったとでも言えたら少しはマシだったかもしれない。しかし花占いの結果と、辛い記憶の中の類の冷たい目が瞼の裏にこびりついてちっとも離れようとせず、今気持ちを伝えると大失敗する思わずにはいられなかった。
「何でもないことはないでしょ。昼ごはんの途中に何やり出すんだい」
類は食べる気もなくなったオレに放置されたランチボックスに気づき、すぐさま蓋をしてくれた。
「ほら、地べたに座ったら服が汚れちゃうよ」
そう言う類の眉間に皺が寄せられた。それでも、腕を掴んで立ち上がらせてくれようとする類の手つきと声はいつも以上に優しく、一瞬気持ちが喉から出そうになった。
駄目だ。
「………類には、関係ないことだから、気にするな」
どうせ成功しないなら、伝えて互いの関係を気まずくするぐらいなら、伝えずに今の優しさに甘えていたほうが、よっぽど幸せではないか?と、意気地のない結論になったオレは、出かけた言葉を飲み込んで、そっと距離を置いた。
「………………っ」
「…類?」
オレが立ち上がったにも関わらず離さず掴んできている類の手に少しずつ力が入り、若干痛いとすら思う。
なんだか、怒っている?
「………大いに関係あるよ?…俺が緑化委員であることをお忘れかい?」
「…ぁっ」
溜めに溜められた後に投げつけられた言葉は、先ほどの優しい雰囲気が微塵も残らないほど刺々しく、心臓を突き刺してくる。
そうだった。
学校の花を類が誰よりも大事にしているんだった。
そんな花を、オレが、こんなくだらないことで、
「す……すまな………っ」
「この花たちがどんなに時間をかけてここまで育てられたか知ってるかい?」
「オレ…っ」
「その間に僕がどんなに細心の注意を払って、雑草を抜いたりして世話をしたか、君には分からないだろうね?」
「っごめんなさ…」
何が神に縋るだ。日頃から類が大事にしている命にこんな悪魔のようなことをして、天罰が下って当然だし、花占いの結果は最初から大正解だったんだ。命を引き換えに正解を何度も何度も教えてくれた赤い花の死に目を背け、無情にも命を奪い続けた残酷なオレのことなど、類が好きになるはずが、
ない。
「これだけのことをして、それ相応の理由があるはずだろう」
『昨日のことかい?それなら、別に話すことはないだろう』
「っごめん…なさい…っ」
ふと目の前の類と記憶の中の類が重なる。さっき口から手が出るほど欲しかった予知能力でもできたように、「これから言われるかもしれない」セリフが湧き出て、耳元で反響する。
「…強く掴んでしまって悪いけど、」
『それはどうでも良い、かな』
聞きたく、ない。
「…さい…っ」
「…? つ、司くん?」
類が何か言ってるみたいだけど、聞きたくない。怖い。
解放された手で耳を塞いでるのに、まだ奥の奥から類のまるで温度のない声が強く響き、失う恐怖が呼吸を速くする。もうここにはいられない。これ以上ここにいたら、また、あの時のような、
「…ごめんなさい…っ!!」
何度も重ねすぎて重みをなくした謝罪の言葉を残し、ランチボックスを雑に巾着に詰め込み、類から逃げた。
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ワンダーステージ次期のショーの演出について話そうと、中庭で昼食を取っているはずの司くんの所へ向かう。我ながらかつてないほど素晴らしい演出なんじゃないかというほどの自信作なので、足取りもどこか軽くなり、気が緩むと鼻歌を歌ってしまいそうだ。司くんならきっといつものキラキラした表情で「すごいぞ!!でかしたな類!!」と全力で賛同し、僕の演出をすぐに採用してくれるだろう。
ところが、いつも司くんが昼食をするところにたどり着いてみたら、そこに光輝く笑顔はなく、惨劇をテーマとしたショーでも見せられているような、おぞましい光景が広がっていた。花壇に腰を掛けるだけでも必ずハンカチを敷いている司くんが、何故か地べたに座り込んでおり、その回りを赤が一面に埋め尽くしていて、肝が冷えた。
「司…くん…?」
ドッドッと心臓が強く早鐘を打ち体を震わす。両足まで震えないように耐えながら司くんに近づいてみれば、幸いそれは僕が想像していた恐ろしい液体ではなく、ただの花びらだった。胸を撫で下ろし少し冷静になると、その花びらに見覚えがあると気づき、すぐ隣にある花壇を一目見やれば、予想通りそこにあったはずの花がほぼほぼ消えていた。あーあ、司くんのランチタイムを少しでも彩れたらと思って、委員会で担当を立候補したのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
「何…してるの…?何でそんな…花を…」
努力が一瞬で泡になったような状況で大変気が滅入るが、犯人がそもそも僕の努力の原動力となった人みたいだから、怒るに怒れなかった。それに、司くんも僕が学校で花の世話をしていることを知っているし、悪戯でこんなことをするような人じゃない。でなければ僕がこんなに好きになっていない。
「…なん…なんでも………ない……」
とても何でもないの一言で片付けられるような状況じゃない。この異様な光景もそうだし、何より僕に声を掛けられて振り向いた司くんの青ざめた顔が、事が尋常でないことを物語っている。
「何でもないことはないでしょ。昼ごはんの途中に何やり出すんだい」
本来座っていたであろう花壇にはいつも敷いているハンカチと、おかずがまだ残っているランチボックスが置かれている。放っておくと土ぼこりを被ってしまいそうで、とりあえず蓋をしておく。
「ほら、地べたに座ったら服が汚れちゃうよ」
聞きたいことは山ほどあるが、司くんも冷静じゃないみたいで、まずは落ち着かせようと思って、子供でも宥めているような、慎重に、なるべく穏やかな声で話しながら、細い腕を掴んで一面の赤から立たせようと思った。
「………類には、関係ないことだから、気にするな」
…思ったが、どうしてそんなに突き放すようなことを言うんだろう。僕は今司くんの腕を掴んでいて、こんなにも近いところにいるのに、一瞬で十メートルぐらい遠くまで突き飛ばされた気分だ。
「………………っ」
落ち着こうと深呼吸をしようと俯いたら、僕に引っ張られて立ち上がった司くんの靴の下に、いくつかの花びらがその足に隠されていた。愛情をたっぷり込めて綺麗に育てた真っ赤な花の残骸が、僕の視界を紅に染めあげる。そう。そうやって君は僕の気持ちを踏みにじりながら『僕には関係ない』なんて言うんだね。
「…類?」
緑化委員とはいえ、一人で全校の花壇の世話をしきれる訳ないし、僕がこの花壇を担当しはじめた事は司くんに一度も話していない。そもそも僕たちはただの友人、もしくはショーメンバーであり恋人同士ではなく、この全ての努力だって僕が勝手によかれと思ってやっただけのことなんだから、ここで司くんの行いを怒るのはあまりにも理不尽だ。それでも、怒りという感情はそう簡単にコントロールできるものじゃないから、世界中のあちこちで戦争が起きるんだろうね。
「………大いに関係あるよ?…俺が緑化委員であることをお忘れかい?」
「…ぁっ す……すまな……っ」
ついに我慢できずに口から漏れてしまった僕の怒りを浴びた司くんは分かりやすくハッとなった表情になり、謝罪をしはじめた。すぐさま僕は自分ではなく向こうに非があるという気分になり、調子に乗って言いたくなかった言葉が続々と溢れてしまう。
「この花たちがどんなに時間をかけてここまで育てられたか知ってるかい?」
「オレ…っ」
司くんは肩を竦め後ずさろうとするが、腕を僕に強く捕まれているため叶わない。
「その間に僕がどんなに細心の注意を払って雑草を抜いたりして世話をしたか、君には分からないだろうね?」
「っごめんなさ…」
いつもは天へと登る勢いで上へと向く金色の眉はすっかり八の字になり、声にも覇気がなくなって、まるで捕食者に目を付けられた獲物のようだ。
「これだけのことをして、それ相応の理由があるはずだろう」
理由が知りたい。何を悩んでいるのか隠さず教えてほしい。突き放さないでほしい。
「っごめん…なさい…っ」
司くんがひたすららしくない謝罪ばかり繰り返すのを見て、ようやくやり過ぎたと気づいた僕ははっと我に返り、痛くしてしまったであろう腕を慌てて解放した。小さくなってしまった司くんを見ると罪悪感に包まれるからあえて視線を逸らし、一つ深呼吸をして、言葉を整えた。
「…強く掴んでしまって悪いけど、僕は本気で…司くんに何があったのかを知りたいし、力になりたいんだ。ねぇ、よかったら話して… …?」
「…さい…っ」
「…? つ、司くん!?」
僕の話を一切聞こえてない、或いは聞きたくないように、司くんは両手を耳にあて、何かに怯えているように顔を歪めていた。予想外の拒絶と初めて見るその姿に驚いた僕は咄嗟に反応できず、反射的に司くんへ手を伸ばすも、宙に浮かせただけで何の役にも立たない。
「…ごめんなさい…っ!!」
さっきから謝罪しか口にしていない司くんは最後にもう一度同じ言葉を投げすて、ランチボックスを持って僕から逃げるように走って行った。
「司…くん…っ」
すぐにでも追いかけたいが、最後に一瞬だけ見えた司くんの顔には、滅多に流れない涙がぽろぽろと目から溢れていて、こぼれ落ちたそれが僕の足を地に縫いつけて、動けない。