花占い(2)※一個前の投稿の続きとなります
※咲希ちゃんめっちゃ出てくるし天馬家&天馬パパママのねつ造が激しいので注意
僕と一緒に中庭に取り残された一面の花びらをぼーと眺めながら立ち尽くしていたら、いつの間にか昼休みが終わりを迎え、午後の授業の予鈴でやっと呪縛が解けたように我に返る。
人々を笑顔にすることを生き甲斐とし、滅多に涙を見せない司くんが顔を歪ませるほど泣いていた。僕が泣かせてしまった。その事実を痛いほどに認識しているが、その理由を理解できない。そもそも僕がここに着いた時点で司くんはどこか様子がおかしかった。それが気になって、今教室に戻ってもまともに授業を受けられそうにない。まるで見当がつかない疑問の答えが花びらの下に埋まっているとでも思ってるように、僕は一旦中庭を離れては袋を持ってきて、想い人に千切り裂かれた恋心のかけらを自分で拾い集めた。拾ったって元には戻せないのに、どうも諦めがつかなかった。
今日はワンダーステージの練習もないので、ちゃんと話をしようと放課後に隣の教室を覗いたら、司くんのクラスメイトに「天馬ならもう帰ったぞ。」と告げられる。僕もこの可能性は想定していたから落胆せずに済んだけれど、寂しくないと言ったら嘘になる。
数ヶ月前から司くんのことを恋という意味で好きだと自覚していた僕は、いつかする予定の告白で絶対に失敗しないよう、日頃から好感度を上げる様々な算段を重ねていた。花壇もそうだし、勿論「放課後一緒に下校する」という基本中の基本のイベントも計画の内で、日々二人で学校を出てはワンダーステージや家へ向かう時間を楽しんでいる。2-Aはいつもホームルームが早く終るので、最初の頃は約束をしていなければ一人で帰られてしまうこともあったが、今や司くんも慣れてきたようで、もう断りなく一人で帰ることはなくなった。それが今日僕に何も言わずに姿を消したのは、やはり昼休みの出来事が原因だろう。
僕は司くんのいなくなった教室を離れ、一人で上履きを下駄箱に戻し、家へ向かう。まだ少し肌寒い風が体を撫でていき、司くんが傍に居ない、僕に会いたくないという現実に更に心臓を突き刺される。胸が痛くて体から力が抜けていくが、行動しないと何も変わらない。足を引きずるように歩きながら、脳内でメッセージを練る。『話がしたい。』?いや、したくないから先に帰ったんだろう。『メッセージでも構わないから、悩み事があったら教えてほしい。』?いや…教えてくれるような事なら、司くんは一人で思い悩むことなく真っ先に僕に相談しに来たであろう。
結局その日は深夜まで解決に繋がりそうな文句を全く捻り出せず、司くんがギリギリまだ寝ていないような時間に『今日は腕を強く掴んでしまって、すまなかった』と、恐らく一番役に立たない内容を送った。
既読はついたけれど、朝になっても返事は来なかった。
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類から一刻も早く離れようと勢い任せで校舎に駆け込んだが、格好悪いことに顔が涙でぐちゃぐちゃになってしまったので、トイレで顔を洗ってから教室に戻った。お蔭で誰もオレの変化には気づかず、説明する手間も省けた。
類を怒らせてしまった。いや、オレの悪い意味で常人離れした行動に、類もついに呆れてしまったのが正しいか。オレは一番ずるい選択肢を選んで、類の言葉を待たずに逃げ出したが、教室に戻った今でも、もしあの場を離れずに居たらと思うと、初めて喧嘩した時の類の顔しか浮かばない。授業に集中すれば気が紛れると思い教師の声に耳を澄ませるが、忘れたいと思うことほど鮮明になり、結局午後の授業は午前よりも頭に入らなかった。
類は常に効率性を求めているタイプの人間だ。以前、ライティングの話をする時間を作るよう、オレが手で折ろうとしたチラシを片付けるためだけにチラシ折り機を作ってきたぐらいだ。放課後の時間も一分たりとも無駄にせず、ショーについて話し合うために毎日一緒に帰ってくれている。オレもその時間が楽しくて、類の性格に甘えて、その間だけ類と恋人同士になったような都合のいい錯覚に浸っていた。オレがあんなことをしなければ、今日もいつものように二人で帰り道を歩けたかもしれない。だけどそれはもう叶わない。
ホームルームが終わり、教科書や文房具をカバンに詰め込み教室を出る。
「司?今日は神代と帰らないのか?」
「…ああ、ちょっと用事があってな。また明日」
「ワンツーで下校しないなんて珍しいな!また明日!」
一人で帰ることを不思議がられるほどオレは類と常に共にいるように見えるのか。ずっと一緒だなんてほぼ恋人同士なんじゃないかと、セット扱いされていることを今日になってはじめて悪くないと思ってしまったのは、世界一最悪の皮肉だろうか。2-Bの教室の方向をちらりと見るが、人が出てくる気配がないので、恐らくまだホームルームは終わっていない。その隙にオレは一人で階段を下りて、上履きを下駄箱に戻し、家へ向かう。
いつもはすぐに着いてしまう自宅が、やけに遠く感じた。
「…ただいま」
「お兄ちゃんおかえり!今日はなんだかいつもより早いね?」
「…そうか?まあ、ホームルームが早く終わったしな。」
「……お兄ちゃん、なんだか元気ない?風邪?」
そう言って、咲希は心配そうに眉を下げて顔を覗いてくる。これでも家に入る前に何回か深呼吸をして笑顔を作ったつもりだが、咲希には隠し切れなかったようだ。役者なのにまだまだだな。
「……いや、少し疲れただけだ。すまん、今日は先に部屋に戻る」
「全然大丈夫だよ。何かあったらいつでも呼んでね!夕飯ができたら教えるから」
「ああ。ありがとう、咲希」
夕飯までの時間はいつも咲希と今日あったことについて話しあっているが、咲希の無垢な笑顔を見るとまた泣けてしまいそうだ。少し寂しく思いながら部屋のドアを閉める。なぁ咲希、お前はオレのことを最高の兄だと言ってくれるが、オレは自分の感情一つも上手く制御できずにひどいことをしてしまうような人間だ。
だから、想い人に見切られるのも当然なんだ。
…あ、
駄目だ。そう思った途端また鼻と喉の奥がじんと熱くなり、止めれたはずの涙がまた湧いてきて頬を滑っていく。オレの部屋は一面壁がない部分があり、そこからキッチンとリビングに直通しているから声もよく通ってしまう。涙の後を追うように喉まで出かかった嗚咽が家族に聞こえないよう、手すりから一番離れているベッドの窓際のほうへ縮こまり、膝に乗せた枕に必死に顔を埋め、感情の暴走が収まるのを待っていた。
体が泣くことに集中すると他の事がだんだん考えられなくなるようで、暫くして、気持ちが落ち着いてきた。まだ少ししゃっくりが出るが、ようやく嗚咽も止まったので顔を上げた。血が上って熱が集まってまだぼんやりとする頭でふと思う。ここまで泣いたのはいつ振りだろう。ついこの間咲希と喧嘩し、仲直りした時に感極まって泣いた記憶はあるが、あれは嬉し涙だったし、すぐに皆で笑顔になれた。今度もちゃんと、皆を… 類を笑顔に戻せるだろうか。
「お兄ちゃんー!ご飯だよ!」
コンコンとドアを叩く音と共に、咲希の声が向こうから聞こえた。すぐに答えようと思うが、嗚咽に耐えていた喉がうまく機能しない。
「お兄ちゃん??起きてる?入るよ?」
「うあっ まっ、まって」
今入られたら兄が惨めな状態であることがバレてしまう!慌てて止めようと声を出すも、オレの意思が伝わる前に、ドアはあっけなくガチャリと開けられた。
「お兄ちゃん具合は… って、大丈夫!?」
あああ、情けない所を見られてしまったな………
「だ、大丈夫だ…すぐいく」
誤魔化すように袖で涙も乾ききってない顔を拭うが、顔がひどいのは涙だけが原因じゃないのであまり意味を成さない。
「あ、アタシが聞いといてなんだけど大丈夫そうに見えないよ…!どうしたの?やっぱり風邪?熱出てるの?…わっ!!お兄ちゃんおでこ熱いよ!?」
オレの返答を待たずに咲希はパタパタとスリッパを鳴らしながら近づき、すかさずベッドへ登ってきて、いつもオレがしてあげていたように、前髪をかき上げ白いおでこをオレのものに当ててくる。
「さ、咲希、待て…違う…違うから…」
「どどどどうしよう、あっ、お母さんもお父さんも下にいるから呼んでくるね!?」
「ま、待ってぇぇい!違う!風邪じゃない!!
失恋して傷心で泣いてただけだから呼ばんでいい!!!!」
「…えっ?」
「あっ、
ああ………………
ああああああああ……………っ」
泣き疲れてまだ力が入らない手で顔を覆った。こんなに恥ずかしいこと、咲希はもう間に合わないからいいとして、せめて両親にまで知られないよう全力で咲希を止めたが、恐らくさっきの自白で家族全員にオレの失恋が知れ渡ったな。最悪だ。穴でなくてもいいからどこかに潜り込みたい。
「司ーー?失恋してもご飯はちゃんと食べるんだよー?」
「お母さんやめて!お兄ちゃんまた泣きそうだよ!?」
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怒涛の失恋バレラッシュにオレの脳が一番追いついていない。ご飯が冷めてしまうからと母に促され、沢山泣いたならご飯食べて元気つけないと体が持たないよと咲希に推されて今食卓についていて、オレ用の一つ星柄の茶碗を手に持っている。白いご飯の香りが心に染みわたる。
「司に好きな人がいたなんて聞いてないわ。私たちも知ってる子なの?」
「えむちゃん?それとも草薙さん?」
「う…………………………………」
皿に綺麗によそわれたオレの大好物の生姜焼きの匂いが鼻腔へ流れ込むが、箸をつけることを許されなそうな会話だ。
「……すまん、それは…言えない」
「言えないような相手を好きになったのか司…大人になったな」
「あなた、大人の基準がズレてるわ」
オレの返事で両親が何故かコントを始めたところで、左手に座ってる咲希が体をこっちへ傾き、オレにしか聞こえない声量で話かけてくる。
「もしかして、るいさん?」
「へ?
は!!??????」
「司、そんな大声出したらまたお隣さんに心配されちゃうわ。ほら、冷めないうちに早く食べちゃいなさい」
「初めての失恋と聞いてどうなるかと思ったが、元気そうでよかったよかった!」
「…は!?…え??え??!?」
両親には知られたくないから奇声を挙げる以外何も言えないでいると、また咲希が小声で追い討ちをしてきた。
「ねぇお兄ちゃん、あとでじっくり話を聞かせて?」
さっきと違う意味でちょっと泣きたくなったが、母の作った生姜焼きは今日も美味しかった。
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風呂から上がったオレは、せめて壁がちゃんとついている部屋で話させてくれと折れてくれた咲希の部屋へ向かった。愛する可愛い妹の部屋のドアが今だけ地獄の門に見える。湯上りでまだ少しほくほくする手でコンコンとドアを叩くと、「どうぞー」と許可をもらったので、ドアノブを捻って部屋に入る。
オレより先に風呂を済ませた咲希は乾かしたての長い髪の毛を肩にのせ、オレと色違いのパジャマを身に纏いベッドに腰掛けている。スマホを見ていたようだった。オレがドアを締めるとスマホを横に置き、手で空いているところにぽんぽんと叩き、座るように促してくるので、大人しく隣に座った。
「……………………どうしても言わなきゃ駄目か?」
「…お兄ちゃんがどうしても嫌というのなら諦めるけど…教えてくれたら嬉しいな。あんなに悲しそうに泣いてるお兄ちゃん、初めて見たから。アタシが悲しい時は、いつもお兄ちゃんがいてくれてたんでしょ?だから、今回はアタシにお兄ちゃんをよしよしさせてほしいんだ!」
「咲希… …オレが、咲希の思うようないい兄じゃなくなるかもしれんが、それでもいいのか?」
「そんなこと絶対にないから!大丈夫だよ!」
「………わかった」
少し深呼吸をして、オレが類を好きなことや、今日の昼の出来事を全て話した。
暫くのあいだ、可愛らしいデコレーションが施された部屋に静寂が広がった。
「………そんなことが…あったんだね」
「…………」
「……お兄ちゃん… 教えてくれて、ありがとう」
何となく俯いていたオレが咲希へ顔を向いてみると、少し困っているような表情が見えた。それがオレの話を聞いて気持ち悪がっているからではなく、どうにかしてオレの力になれないか一生懸命考えてくれているからだと、オレはよく知ってる。
「…いや、誰かに話したことで少し気持ちの整理がついた。こっちこそ聞いてくれてありがとうな」
いつもの癖で咲希の頭を撫でてやると、撫でたこっちの心が温まった。
「あの、話を聞いて思ったんだけど、お兄ちゃん、まだちゃんとるいさんに告白できてないみたいだね…? 伝えなくていいの…?」
「…よくも悪くも、今のオレじゃとても言えそうにないから、少なくとも近いうちは言わないな…」
「そう……
…あのね、アタシ、るいさんと会ったのはフェニランでの一回だけだけどね、あの日一緒にフェニランを回ってくれたるいさんのこと、とてもいい人だと思ったから、あんなことがあったからって、お兄ちゃんのこと嫌いになったりしないと、思うな…!」
「そう…だな。類は優しいからな」
少なくとも表では今まで通り接してくれるだろう。
「…それと、それとね!」
「?」両手を忙しなく動かせながら続きを考える咲希が愛しくて、今日下げてばかりいた口角を少しあげながら次の言葉を待つ。
「るいさんがお兄ちゃんと話してる時の表情がね、すっっっごく優しかったから、アタシ、まだ諦めなくてもいいと思うよ…!」
「………そう……か…?」
確かに、奇抜な演出や実験だのを思いついた時以外、類はオレにも優しく接してくれている。ただ、オレにはそれはどうもえむや寧々に対しても同じのように見えた。
「オレ以外にも、同じくらい優しかったと思うが…」
「そう…なのかな…」
より長い時間類と一緒にいたオレに反論されて、咲希も確証を持てなくなって申し訳なさそうに声を小さくした。
「そうしょげるな。咲希は何も悪くないんだろう?オレの話を聞いてくれて、元気づけようとしてくれてありがとう。今日ももう遅いし、早く寝るんだぞ」
「うん…おやすみ、お兄ちゃん」
「おやすみ、咲希」
自分の部屋に戻ると、スマホに類からのメッセージが入っていた。
『今日は腕を強く掴んでしまって、すまなかった』
やはり類は優しかった。昼のように花の事についてオレを叱ったっていいぐらいなのに、わずかに手荒になったことで先に謝ってきた。その優しさにまた甘えて、花壇を荒らしたことをちゃんと謝れば、きっと許してくれるだろう。
許してくれる、だろう。
…許してくれるだろうか?スマホには優しい文字が並んでるのに、返事をしようと思うと、また昼の類の声が響いてくる。思えばあれは、仲違いした時とはまた少し違う怒り方だった。あんな風に怒った類と、今回もまた元に戻れるだろうか。もっと何か、オレから…謝罪を…
泣きすぎて疲れたせいか、ベストな答えが出ないうちに眠りに落ちてしまった。