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    shinyaemew

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    shinyaemew

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    ねこル番外編。気持ち本編の最初のとこと対照になるようなもの。

    ##ねこル

    猫の少し特別な朝 意識が浮上した瞬間から、腕の中に心地いい温度があった。料理当番になることが多い司くんなので、平日の朝に、目覚め一番で彼の存在をこうして堪能できる機会はそう多くない。思わず腕に力を入れて、すうすう寝息を立てる彼を抱きしめたら、暖かくて、鼻の奥が少しじん、とした。

     窓側に寝てもらっている彼の頭上を越えて、枕の隣に置かれた彼のスマートフォンを拝借し、時刻を確認すると、起床時間までまだまだ余裕があった。ならば、と、黄色いカバーのそれを元の場所に静かに戻してから、曙色に染まったような毛先に、頬を擦り付けた。

     小さく開けられている窓から流れ込んでいる朝の空気と、司くんの匂いを一緒に吸い込み、また一つ違う印象の彼を覚えられて、宝物を見つけた子供のように胸が躍った。

     別に、同じ家に住んでいる上に、部屋がすぐ隣にあるのだから、その気があれば毎朝できることだけれど、いつもと違うシチュエーションというのは、やはり人に特別な気分を与えるものだと実感した。(僕は猫だけれど)

     抱きしめられて、匂いを嗅がれたぐらいでは起きない彼の寝顔を眺める。男にしては長いほうの金色の睫毛が綺麗に弧を描いてて、唇を触れる程度に当ててみたら、少し震えた。そのまま鼻の先にちゅ、と小さな音を立てながら口付けをするが、これといった反応はなく、気持ちよさそうに睡眠を満喫しているようだった。

     この後学校を控えている司くんには、時間ギリギリまで寝てもらいたかったけれど、悪戯心が働いてしまった僕は、唇を彼のものに触れずにはいられなかった。一晩経たそれは少し乾いていて、潤わせようと舌で舐めてみる。起きる様子はないが、喉の渇きで体が水分を求めているからか、ほんのり白い歯が見えたので、それに応えるよう舌を伸ばし、ノックするように歯に触れたら、ゆっくりと口を開けてくれた。

     チャンスを逃すまいと食むように食いつく。ちゅっ、ちゅる。歯列を舐めて挨拶をしながら、まだ眠っている彼の小さな舌を誘った。

    「ん、ん……っ」

     角度調整のために彼の後頭部を手で支えながら口付けを続けたら、だんだん小さな声が聞こえるようになった。流石に安眠の妨げになり逃げられるかと思ったが、まだ夢うつつのようで、僕の誘いに素直な反応を見せてくれた。起きている時よりも拙い動きがまた可愛くて、思わず口角が上がる。

    「んうう……っん、はあ、っ、う……っ??」
    「おっと」

     胸を押されて、息継ぎする時間を与え忘れたことに気づいた。まだ焦点の合わない杏色のガラス玉がぼんやりとマットな光沢を見せる。

    「ふぁ……?」
    「おはよう、司くん」

     彼の口元から少し覗いている涎をぺろりと舐め取る。

    「おっ、おはよう」

     照れたように舐められた所を手で拭う彼の額にぴたり、自分の額を宛がった。すると、彼は「んんー」と甘えるような声を出しながらすり寄ってきたので、僕と毎日一緒にいることで、ついに猫の癖がうつったのかもしれない。

    「今何時だ……」
    『アラームが鳴る時間まであと三十分はあるよ。もう少し寝るかい?』

     もそもそスマートフォンへ伸ばそうとする司くんの彷徨う腕を止めて、指先にキスを落としながら、ピアスからついさっき確認した時刻を伝えた。

    「んん……もう目覚めたから」

     僕の胸に潜り込み、むにゃ……といったオノマトペが見える錯覚を起こさせる彼の金色の頭をゆっくり撫でる。この様子じゃ、そのうち僕と同じ猫耳が生えてきそうだ。きっと、先端だけ橙の綺麗な金色の耳になるでしょう。

    『ならもう支度するかい?』
    「む……もう少し続けてくれ」
    「ふふ。 『仰せのままに』

     司くんもよく僕の頭を撫でてくれるけれど、何度か彼に同じことをしてみたら、気に入ってくれたのか、たまにこうしておねだりをしてくるようになった。リクエスト通り撫でる手を続けると、司くんは腕を僕の背中へ回してきた。手のひらを当てられた一点だけ特に暖かく、すこじむず痒い。

     特に会話もないまま、僕はひたすら彼を甘やかすように手をゆっくり動かす。時々指を髪の毛の間に差し込み、梳くようにするりと流せば、彼は体を捩るが、嫌がっている訳ではないと理解している。

     半分しか閉めてないカーテンから差し込む日の光で足元が少しずつ暖かくなってきた。少しだけ疲れてきたかもしれないと思うのと同時に、ピピピ、ピピピ、司くんのスマートフォンからアラートの音が鳴りだした。

    「む」
    『物足りないかい』
    「少し、な」

     締めとなるキスを金糸に落とす。僕も名残惜しいけれど、アラームを止めようと司くんが腕を離し身を起こすので、僕も布団から出て、ベッドに座ったまま両手を前へ一つ伸びをした。

    「猫だ」
    「うん、猫だけど」

     こてん、とあざとく頭のてっぺんを向けたら、司くんはアラームを止めたスマートフォンを片手に持ち、空いてるほうの手で撫でてくれた。耳の先まで流すように撫でてくれる司くんの手付きが好きだ。

    「よし、着替えるか」

     ぽん、と膝を叩いてから司くんは四つん這いになり、ベッド際へ移動する。彼の横に並んで、暖かい布団から足を引っ張りだしては、(咲希くんが僕に用意してくれた)裏起毛のスリッパ―に足を入れる。うん。暖かい。勿論、司くんにも同じものが用意されている。

    「ふむ……やっぱりいいな」
    「そうだねぇ」

     何が、とは言うまでもない。二人してもこもこスリッパ―の素晴らしさを噛みしめていたら、リビングのほうから贈り主の声が聞こえた。

    「お兄ちゃーん! ご飯できてるよー!」
    「ありがとう咲希ー! すぐ行くー!!」

     彼女の倍の声量を出した司くんの元気の良さを確かめた所で、『また洗面所で』とこっそり伝えたら、僕は自室へ戻った。


     ◇


    「わ、早いな」
    「う、うん」

     一緒に身支度する時間を一分たりとも無駄にしたくない気持ちに急かされていつもより早く着替えを済ませたら、早く来すぎてしまった。これで先に顔を洗えて彼に洗面台を譲れるからよかったけれど。 

     洗顔の後、二人してシャカシャカ歯を磨く。やむを得ず無言の時間が続くので、まさにピアスの出番と思った。

    『幸せだなぁ』
    「んう?」
    『こうして朝から何かを一緒にできるの、いいと思ってね』
    「うむ」

     鏡を見てみると、ちょうど彼が頷いて同意を示した。

    『司くん』
    「んむ?」
    『好きだよ』
    「む、うるいぞ」(ずるいぞ)
    「フフフフ」

     そう言って彼はガシガシ残りの歯を磨き終え、ぱぱっとうがいまで済ませたら、ばっとこちらに顔を向けてきたので、怒られるのかなと思ったら、

    「オレも好きだからな!」

     と大きな声で告げられた。

    「っ! ……『うん、知ってるよ』
    「なら、よし!」

     ニッと自信溢れた笑顔を見せてくれた司くんに、心の中でもう一度好きと伝えた。秒で歯磨きを済ませた彼は、本当ならもうリビングへ向かってもいいはずだけれど、僕を待っているのか、チラチラ視線を寄越しながら、髪の毛を整える振りをしている。長く待たせてしまわないよう、僕も思わず急いだ。


     ◇


    「ご馳走様でした!」
    「はいこれ! お父さんと、お兄ちゃんのお弁当!」
    「さ、咲希~~~~~!!」

     咲希くんが二人に弁当を作るのは初めてじゃないが、毎度毎度初めてかのように大袈裟なぐらい泣き喜ぶ二人に、本人も少し困ったように照れ笑いした。

    「それと、」
    「?」

     微笑ましい光景をにこにこ眺めながら食器を片付けていると、咲希くんから薄紫の巾着袋を手渡された。 

    「るいさんも! 今日はこれから公園でお兄ちゃんのための演出を準備をするんでしょ? 頑張ってくださいね!」
    「僕の分まで? ありがとう、大事に食べるよ」
    「装置いじりで食事をおろそかにするなよ!」
    「フフ、肝に銘じるよ」

     三人で食べ終わった食器をキッチンまで運ぶと、もうそろそろ出かける時間になった。

    「あとは僕がやるから」
    「いつもありがとう、るいさん」
    「ありがとうな! 助かる!」
    「どういたしまして」

     居候している身としてこれぐらいは、と最初は礼を拒んでいたが、二人が譲らないので、今は素直にその気持ちを受け入れている。二人が玄関へ向かうので、僕も食器をシンクに入れると、急いで後を追った。

    「いってきまーす!」
    「いってきます!」

     声が中まで届くと、おばさんから返事が返ってきた。そこから、咲希くんが先に外へ出たことにより、一時的に玄関は僕と司くんの二人きりになった。

    「類。いってきます」

     先ほどの元気な声とは違って、少し低くなった落ち着いたトーンでもう一度挨拶を送ってくれた。身長の関係でやや上目遣いになっている司くんに、愛しさがこみ上げる。

    「……っ いか…… 、いかないで」

     思わず彼を両手に収めてしまったが、こうしてはいられないと理性が遅れて働いてきたので、すぐにまた腕を開いた。解放された司くんも、少々切なく苦笑いをしている。

    「そのリクエストには応えてやれないが……」
    『……うん、我が儘言ったね。すまない』
    「代わりに……」

     離れる寂しさを少しでも隠そうと視線を逸らしていたら、ぷに、と柔らかい感触が、彼の急接近と共に唇に訪れた。

    「!」
    「代わりに、今日はどんな奇抜な演出にも必ず応えてやると約束しよう!」
    「……おや、言ったねぇ? そうだねぇ、どんなものにしようかなぁ?」
    「下校時間までにじっくり練っておくんだな!」
    「フフ、楽しみにしておくれ」

     では、今度こそ出るぞ! と念を押してくる彼にまた笑いをこぼれてしまったものだから、僕はこの人といると、少しも寂しくなっている暇なんてないかもしれない。

    「いってらっしゃい、司くん」

     ドアが閉まるまで、笑顔で手を振り続けた。
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