色を失くしたワンダーランド その日、ワンダーランドのセカイは色を失った。
空を飛ぶ汽車は地面に倒れ、綿菓子のように甘い匂いをしていた雲はグレーに染まり、高く昇り、雨を降らす。
いつも元気よく跳ね回る猫耳の少女も、太陽のように眩しい金髪を持つ二人も、力強く頼りになるお姉さんのような存在も、微睡んだ顔が魅力的なあの子も、みんなを囲むぬいぐるみ達も、そして、セカイのことを一番よくわかっていそうで、でも何も教えてくれない、ミステリアスな男も。
誰もいない。
夢にも嘘にも幻覚にも見える異様なセカイで、もう動かすのも億劫な両足を引きずり歩く。
一か月前に突如姿を消した、天馬司を探すために。
「それでそれで? 司くんはどうして消えちゃったの~!?」
「それが思いつかんから、こうしてミクたちにアドバイスを聞きに来たんだが」
「やれやれ、今回は少し悲しげなストーリーをやるぞ~と言ったのは司くんなのに、僕の一人芝居かい?」
「ち、違う! オレも寧々もえむもこれから出てくるんだ! だからここをまずこう……ぬあ~! 思いつかん……! 何かアイデアはないのかカイト~!?」
「う~ん…… まだとても抽象的だからね……」
カイトさんにもお手上げと見て、困り果てた彼が手でガリガリ搔いている後頭部は、青空から降り注ぐ光に反射してきらきらと光った。秋色に染まったようないつもの綺麗なグラデーションに、ひどく安心する。
「司くん、今までのヒーローものじゃあダメかい?」
「む、ダメというわけではないが……」
僕の声に振り向いた彼からぐちゃぐちゃになったノートをもらい、前のページに残っていた既存案を見せた。
「新しいスタイルにチャレンジするのも大事だけれど、残念ながら、今の進捗じゃ時間的にもう次の公演に間に合いそうにない。この案はもう少し寝かせておいて、今度何か閃きがあった時に使おう」
「む……仕方ないが、そうするしかなさそうだな」
「ありがとう」
「? なぜ礼を言うんだ」
「淋しい一人芝居を回避できたから?」
「だ、だからあれは違うと……! というか、一人前の役者なら、一人ででも舞台に立てるようにならなければいけないんだぞ!」
「僕はもう一人ではショーができなくなってしまったからねぇ」
反論する司くんを懐に納めたら、彼はミクやカイトの前で恥ずかしくないのかと暴れるが、意地でも離してあげない。
それに、そのミクくんやカイトさんは、君の思うような反応はしておらず、思い出しなくない思い出にでも引っ張られたように、物悲しい顔をしているからね。
「……もう、二度と離さないから」
「なぬ!? 今夜は咲希が当番だから泊りには行かないぞ!?」
「えぇ~じゃあ僕が泊まりにいこうかな?」
「む…………食材が足りるか聞いてみるから待っていろ」
「わーい」
僕に背中を向いてはスマホでぽちぽち入力する彼の肩に顔を埋め、僕は沸き上がりかけた色のない記憶に再び鍵をかけた。
◆◆◆
補足説明:
よくないことが起きて心を閉ざした司くんを、よくない記憶を削除したことで何とか救い出した後の話。こういう状態だけどまだギリ付き合ってはいない。