ぱりっ、とまではいかなかった。
ぐにぐにと噛み締める肉はそれでもやっぱり美味しくて、人間は命を食らう為に生きているのだと実感する。
思わずうまい、と口をこぼせば台所に向かっていた男はこちらを向きニヤリと笑う。
「お気に召していただいたようで何よりですよ」
水の流れる音、何かが擦れる音…そんな日常音をBGMに飯にありつく俺は机に肘をついていた。
なんだか当たり前のようにコイツの家に居て、コイツは俺を招いて、そして俺は昼時に他人の家でご飯を食べている。
まるで言葉にできない家族の形のようでなんだか面白い。
文句の一つも言わずに通した、だなんて都合のいいことはない。
普通に怒られたし、頭を小突かれた。
けれど俺がへっくしゅん、とひとつ無意識にくしゃみをしたところで彼は観念したように家に入れてくれたのである。
「お前料理できるんだな」
ずず、と皿に直接口をつけてスープを飲む。
あたたか…を通り越して熱い液体を性急に喉に流し込んだせいで思わず咽せる。
コップの水を慌てて口に含めば、口の中の火事はおさまったようだった。
ぴり、と小さく痛む舌の先は火傷してしまったのだろうか。
べ、と舌を出して指先でつついてみようとしたところで顔をしわくちゃにしたサンポに止められた。
「できますよ、生きてくためですから」
その手はしまいなさい、とお行儀よく膝の上に戻される。
少しぐらい冷ましてからにしたらどうです、と釘を刺されながら。
「俺さ、料理できる人好きなんだよね」
「はい?」
「美味しいものって最高じゃん。んで、それを作れる人ってすごいじゃん。だから好き」
「はぁ…単純ですねぇ、お兄さんは」
その能天気さが羨ましいものですよ、と向かいの席に腰を掛けた男は小さく頰をかいた。
そろそろ冷めただろうか、と再びスープの皿に手をつけようとしたところで目の前にスプーンが現れる。
最初から置いておいたのになぜ使わないんです?と呆れ果てた顔で渡されたスプーンに、今度は火傷をせず味わうことができた。
「サンポは料理ができる人間が好き?」
「まぁそうなんじゃないですか?できない人間よりはできる人間の方が好きですよ」
じゃあ俺のことはきっと嫌いだな、と思った。
でも別にそれを伝えてやる義理もないので黙ってスープを口に運ぶ。
「じゃあさ、お前はどんなやつが好きなんだよ」
「へ?急に話が変わりましたね…うーん、いつでも一生懸命な人が好きですよ」
「嘘つき!」
「バレましたか」
「そもそもお前はあんまり人間のこと好きじゃないだろ、詐欺なんかやってるんだから」
「でもお兄さんのことは割と好きですよ」
急にそんなこと言われたものだから思わず傾けたスプーンが口の前で止まった。
そしてそのまま皿へとぽたぽた戻っていく。
これは嘘かわからなかった、さすが詐欺師。
「割となのかよ、いっぱい好きって言えよな」
そんなしょうもない話をしているといつのまにか皿は空っぽになっていた。
ソースだけが寂しく残ったがらんどうの大きな皿に、キャベツがひとかけらだけ残った小さなスープボウル。
にっこり指さされたので、仕方なくその指の先のキャベツを口へと放り込む。
「あー……お腹いっぱい!」
「そりゃよかったですねえ、このクソ忙しい時間帯に急に来るもんですからこれぐらいしか用意できませんでしたけど」
「また来るよ」
「ちょっと、ご飯屋じゃないんですよここは!もう来ないでくださいよ!せめて連絡入れてから来てください、次からお金取りますからね!」
「ちぇっ………っ、くしょん!」
すん、と鼻を啜る。
やはり体が冷えてしまったのかもしれない。
ぶるり、と体を震わせると背後から暖かな布に包まれた。
少し埃っぽい、ふわふわの布。
俺が埃アレルギーじゃなくてよかった、と思う。
「ストーブがありますから、温まってきなさい」
流石のサンポも、この状態の俺を外に放り出すほど外道じゃなかったらしい。
ふふん、と笑って俺はストーブの前を陣取る。
全ての温もりを一身に味わう俺はなんだかぽかぽかとして、気持ちがいい。
「まったく、考えなしで動くんですから」
「それが俺のいいところだ」
「それはあなたが言うんじゃなくて周りが言うべき台詞なんですよ、反省してないじゃないですか!」
気づけば鼻水がたら、と垂れていた。
無理やり啜ろうとしたら後頭部をはたかれて、ティッシュをあてがわれる。
促されるままに鼻をかむと、だんだんうとうとしてきてしまった。
それもそうだ、腹が満たされて温い部屋にいるこの状況で眠くならないわけがない。
「サンポ、ちょっと寝てもいい?」
「はーーーーっ…………………いいですよ、でも僕はもう出て行きますからね、勝手に帰ってくださいよ、いいですか?」
「鍵は?」
「……………………1時間!寝るのは1時間にしてくださいよ!僕待ってますから!」
「うん、そのくらいにしとく。夕方にかのかと会う約束してるから…っていうか鍵ぐらい渡してくれたら勝手に閉めて出ていくのに」
「アンタは勝手に知らない人家に招き入れそうだから怖いんですよ!この家ジェパードに割れてるかもしれないんですから」
「ジェーちゃんなら通すかな…」
この部屋の中で行われる某動物アニメのような攻防を想像したら自然と笑みが溢れた。
そんなことを考えていたら毛布でぐるぐる巻きにされたまま、体が宙に浮いた。
担がれた、と言うよりは抱き上げられたのだ。
「通さないでくださいよ!ここの家の主人は僕なんですからね!?」
「見られたらまずいものでもあるのか?」
「ええもうそりゃ山ほど!」
そして抱き上げられた俺はベッドへと放り投げられ、枕を頭の下に敷かれ、丁重に寝かされてしまった。
特に抵抗することなく目を閉じると、腹の上を大きな手のひらが優しくトン、トン、と叩いてくれる。
ふわっ、とした酩酊感にもよく似た感覚が身を包み目の周りの筋肉が緩んでいく。
「俺さぁ…」
「はい」
「お前に迷惑かけるの、好きなのかもしれない…」
眠いから目を開けることはしなかったけれど、多分すっごく嫌そうな顔をしているんだろうな、と思った。
そしてそれがとてつもなく楽しくて、愉快で、面白いな、と思った。
右と左の頬がぎゅっ、と指で掴まれている感覚がする。
きっと今の俺の顔はタコみたいになってると思う。
「だんだん僕に染まってきましたね」
「バカ言うなよ…誰がお前なんかに…」
気づけば眠りに落ちていた。
次に目が覚めた時、テレビから流れるニュースは今日一日の振り返りをしていた。
思わず口をあんぐりとあけた俺を見て、サンポはいかにも面白くてたまらない、といった表情でこちらを見て笑っていた。
「なのかに怒られる!」