ドクうさとチョコレートキッチン ドクうさはドクターによく似たうさぎの呼称である。その生態や生活様式、立ち位置は各社各サーバーによって様々だが、これは特定のオペレーターの元で暮らしているとあるドクうさたちの話である。
このドクうさたちは普段それぞれのロドス、またはオペレーターの自国で暮らしているが時々情報共有会またの名をドクうさ集会で顔を合わせて近況を話し合ったりしている。うさぎのパブリックイメージに合わせて森の中で行うこともあればどこかのうさぎのいるロドスで行うこともある集会は本日いずこかのテストキッチンを貸し切りにして行われていた。
広々としたキッチンでは三角巾やコック帽を被りエプロンやコックコートを着たドクうさたちがチョコレートを刻んだり湯煎にかけたりしている。2月14日はロドスでも定着しつつあるバレンタインデーだ。そして新規統合戦略『サルカズの炉辺奇談』の開催日でもある。
一年に一度の大事な日にドクうさたちは日頃可愛がってくれているぬい主(※ドクうさのぬい活をしているオペレーターの呼称)たちに感謝と愛をこめてチョコレートを贈ることにした。
ぬい主と一緒に作るドクうさもいるため全員参加ではなかったがかなりのうさぎが参加を希望したため、事前に作りたいお菓子のアンケートを取って組み分けをして段取りを決め当日スムーズに動けるようにしっかりと準備を行った。
ドクうさはうさぎだけどドクターなのでこう言った事前準備はみな得意なのだ。
作るチョコレート菓子も様々で定番のビーズチョコを筆頭にガトーショコラやチョコブラウニー、生チョコ、トリュフ、マンディアンなどなど。
ぬい主を驚かせたいとチョコレートマウンテンを作ろうとした剛のうさぎもいたのだが、運搬が大変だからやめておきなさいと止められた結果しぶしぶ諦めスプーンチョコを作っている。おかげでアンジェリーナの体重は守られた。
パッセンジャーのところのドクうさがビスケットの真ん中にコーヒークリームとチョコクリームをトッピングしている横で、ファントムのドクうさはねこちゃんの形をしたクッキーにピンクのチョコペンでリボンを描いている。
手先の器用な子だとアルトリアのうさぎがひときわ目を引き、どうやって作ったのかチョコレートでチェロを再現している。メッセージカードもチョコレートで作る気合いの入れっぷりで、カードには『自由のタンゴ弾いて♡』と記載されており、後日渡す前に検品したイグゼキュターに回収される宿命にある。
ソーンズのところのドクうさはシルバーアッシュのところのドクうさとトリュフを作っており今はココアパウダーにころころチョコレートを転がしている。領主型うさぎ同士気が合うのだろう。
ぬい主の年齢が比較的高いムリナールとリーとチョンユエのドクうさも一緒になって生チョコレートを作っているが、大人味のチョコを!と考えているのは二兎だけで一兎は胃もたれしないようにという配慮から生チョコレートを選んでいる。本人が知ったらそこまで軟弱な胃はしていないと顔を顰めつつも、配慮には礼を述べるだろう。そういう男なのだ、このドクうさのぬい主は。
こんな風にうさぎたちはみんな一生懸命にチョコレート菓子を作っているが、その中でもドクターがぬい主の個体は作る量が多くて大変そうだ。
特にドクターが壇上から投げるチョコレートを巡って去年一昨年と基地の甲板の上が崩壊しているロドスのドクうさは無用な争いを避けるべくせっせとビーズチョコを作っている。
去年のバレンタイン終了後についに真実を知ってしまったドクターによって今年は整理券を配布し直接チョコレートを手渡す方式に切り替えたので前回よりも多めにチョコレートを用意する必要があるらしい。ぬい主を少しでもサポートしてあげたいドクうさもこうして頑張ってチョコレートを作っている。既に自分の分を作り終えたうさぎたちも手伝ってくれているのできっと早く終わるだろう。
全ては争いのないバレンタインを迎えるため。だが整理券配布を巡って争いが起きることをドクターとドクうさはまだ知らない。
このような頑張りの末に無事にチョコレートを作り終えたドクうさたちは可愛くラッピングされたチョコレートを持ってそれぞれのロドスへと帰還したのであった。
◆◆◆
テーブルの上に置かれた沢山のショコラシューを前にドクうさはもじもじしながらチョコブラウニーを三つ差し出した。一つはドクターの分、一つはイグゼキュターの分、最後の一つはキュタうさの分だ。
キュタうさはイグゼキュターうさぎの略称である。イグゼキュターに似たスンとしたお目目が可愛いとドクうさはいつも思っている。キュタうさも模範的なラテラーノうさぎらしくお菓子作りが得意なのでこのバレンタインのためにイグゼキュターと共同でチョコレートのシュークリームを製作した。沢山のショコラシューが円錐状にうず高く詰み上がった姿はさながら結婚式のウェディングケーキのようだ。
実際にシュークリームを積み上げたクロカンブッシュと呼ばれるウェディングケーキが存在するしイグゼキュターの気持ちとしてはそれ相応のものが込められているのでウェディングケーキという認識でも間違いはない。製作のために場所を借りた食堂ではイグゼキュターさんまたドクターとのウェディングケーキ作ってると言われていたことをイグゼキュターは認識しているが特に訂正も指摘もしなかった。
「ありがとうございます。賞味期限内に大切に食べさせて頂きます」
イグゼキュターの言葉に続くようにしてキュタうさも頷いてドクうさを抱きしめた。キュタうさはイグゼキュターよりも積極的に身体的接触を示すタイプだ。野生の本能とかなのかな?とドクターは思っている。
そんなドクターはありがとう、とお礼を言ってドクうさの頭を優しく撫でた。自分が一緒に作れれば良かったのだが仕事が立て込んでいたため何も用意していない。受け取るだけになってしまった分ホワイトデーは楽しみにしててね、とうさぎに頬ずりをすればドクうさは嬉しそうに鼻先をくっつけた。
微笑ましい光景にイグゼキュターとキュタうさの頬も緩むが外目からはまったく変化が見えない。それもまた、いつもの馴染みの光景と言えた。
◆◆◆
「こんな美味そうな菓子を俺にくれるんですか?本当に?」
希少な宝石でも手に取るように丁寧な指先で一粒つまんだ生チョコレートがリーの口の中に入っていく様をドクうさはドキドキしながら見つめていた。
料理上手なリーに手作りのお菓子を贈るのはいくら日頃愛でられているうさぎでも緊張してしまう。
最初はガトーショコラを作ろうと思ったのだが上手に膨らまなかったら悲しくなってしまうだろうから生チョコレートにした。ケーキはまたいつか挑戦すればいい。
お味はどう?どう?とおめめをいつもよりぐるぐるさせながら全身で問いかけてくるうさぎの愛くるしさにリーは相好を崩しながらチョコ摘まんだのとは別の手で頭を撫でた。このふわふわの毛にココアパウダーをつけるような愚は無論おかさない。
「とっても美味しいですよ。こんな美味いものを貰えるなんて、今日は堪んなく良い日ですねぇ」
そう伝えればドクうさの背後にパァッと花が咲いた。本当に可愛らしいうさぎさんだ。一体お返しに何を用意すればこの万感の喜びを十二分に伝えられるのか、これからしばらくの間リーの頭の中は楽しい悩みに満たされることとなる。
◆◆◆
ブルーのリボンでラッピングされたギフトボックスを前にシルバーアッシュは胸の高鳴りを抑えきれなかった。
うさぎの盟友が自分のためだけに作ったチョコレートを受け取っているのだからこの心臓が大人しくしていられるはずがない。ドクうさは盟友に似てどちらかと言うとつれないうさぎではあるが日々愛情は受け取っているしこちらも惜しみなく愛を注いでいる。
ぬい活の素晴らしさを教えてくれた盟友(うさぎ)からバレンタインチョコレートをもらえるなんて本当に夢のようだ。
「開けても?」
慎重な問いかけにドクうさはこくりと頷いた。あげたものなんだから自由にして良いと思うのにこういうところは本当に律儀なんだから、とうさぎは短い手を伸ばして毛づくろいをした。さすがのドクうさもバレンタインチョコレートを渡すのはちょっと恥ずかしいらしい。
今日はバレンタインで明日はシルバーアッシュの誕生日だ。どちらかと言うとそちらの方が本番ではあるがドクうさは出来るうさぎなので明日も抜かりはない。万全だ。
だからそんなに見つめてないで早くトリュフを食べて!と言えないドクうさはやっぱりまたちょっと恥ずかしそうに絡んだ毛など一本もないもふもふふわふわのお耳を毛づくろいするのであった。