時間の問題「小隊長がエリートオペレーターへの推薦を辞退なさったというのは本当ですか?」
まさかこの自分がもう一度部隊を率いるなど思ってもみなかったが、気がつけばその肩書で呼ばれることにも違和感をおぼえなくなってずいぶんと久しい。その中でも一番最近配属された黒毛のヴァルポがおそるおそるといった様子で尋ねてきた内容に、周囲の隊員たちは、あ、と口を開いた。
「あのドクターの護衛も単独で務められてるんですよね、それってエリートオペレーターの方々でもそうそうないことだと思ってるんですが」
やや興奮気味に言い募る新人の奥で、部下連中が誰が止めに来るのかのじゃんけんを始めた。お前たち悠長にそんなことをする余裕があったらさっさと全員で来い。と念じたところで貧乏くじを引きたくない連中はどこ吹く風である。俺の部下だけあって肝が据わっている。あとで訓練内容を追加してやろうと固く決意しつつ、エンカクは目の前の若い彼に対して今まで何度も繰り返してきた言葉をうんざりと吐き出した。
「エリートオペレーターになってしまえば、あいつの指揮から外れることになるだろう」
結論から言ってしまえば、もしも辞令を受け取った瞬間に自分の命は半分の確率で失われる。ただで死んでやる気は毛頭ないが、パーセンテージだけ見ても分の悪い賭けである。エンカクはロドスに所属して長くはあるが、いまだに自身の経歴書に赤字で要警戒の印が押されていることを知っている。それだけのことをしでかしてきたし、今後特に改めるつもりもない。それでもなおエンカクの行動が許されているのは、ひとえにドクターがすべて自分の指揮下でさせたことだからと周囲からの抗議を一括でシャットアウトしているからである。もしも昇進を受け入れてしまえば、ロドスにおいて一部とはいえ独立した指揮権限を持つことになってしまい、半分はドクターの指揮下から外れることになる。そうなってしまえば途端に『コントロール不能』と見なされてあの男の命を至上とする連中に闇討ちされて終わるだろう。
だからこそ数年に一度昇進の話が持ち上がるし、それらすべてをエンカクは断っている。実質的な試験であり罠なのだ。だがそれを目の前の新人に一から説明したところで理解するとは思えない。最悪ロドスとドクターへの不信が募って終わるだろう。さてどうしたものかと彼を眺めると、しかし尾を膨らませていた彼は逆にそわそわと焦った様子で口を開いた。
「あっ、そうですよね! 小隊長はドクターの側が一番お似合いだと自分も思ってますので!」
「?」
何かよくわからないことを言われた。後ろの連中もわかる……と頷いていないでさっさと止めに来い。じゃんけんはどうした。
「小隊長がそんなにドクターの側を離れたくないというお気持ちが強いのに気づかず申し訳ありませんでした! どうぞ末永く共におられる姿を見せて下さい!」
「????」
彼が言っている内容がさっぱり理解できないのだが、これがジェネレーションギャップというやつだろうか。しかし何と返答すればいいのかと考えている間に、元気に立ち上がった新人は意気揚々と他の部下たちのところへと駆け出し、何やらもみくちゃにされていた。よくやったとか勇気があるとかどういうことだ。何もわからない。とりあえず彼の疑問が解決したらしいことはいいのだが、なんとも嫌な予感がする。とりあえず訓練内容を倍に増やすことに決めたエンカクは、大きな声で休憩の終了を告げたのだった。
後日『大スクープ! ドクターとエンカク結婚秒読みか!?』というゴシップが艦内を飛び回り、緊急放送でエンカクがドクターの執務室に呼び出しを食らうことになったのだが、号外の内容が真実となったのかどうかはまた別の話である。