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    ゆんゆん

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    ゆんゆん

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    ・続きです
    ・徐々に不穏増し増し
    ・ハッピーエンドにします(強い決意)

    #ビリグレ
    bigotry

    ガバガバースなビリグレ③ 結局、その後次々と談話室に訪れた知り合いたちと談笑をしていたらいい時間になっていた。そろそろグレイが帰ってくるから、と断ってその場を後にする。
    集まった知り合いたちにもそれとなく匂いの話をしてみたが、みな心当たりはないようだった。それどころか最近強まってきたグレイの香りに気がついている人すらいないときた。

    (俺の勘違いか……もしくはやっぱりDJの言う通り、サブスタンスかなぁ?)

    まあ事実として共に過ごす時間が長いのは二人ともお互いなのだから、どちらかに異変がおきたら影響を受けやすいというのもあるだろう。なんにせよ検査を受けるに越したことはない。
    そのまま真っ直ぐイーストの共同ルームへと向かう。ドアが見えてきた時、スンッと鼻から息を吸った。

    「あ、グレイ帰ってきてる!!」

    妙な香りを感じるようになってからというもの、ビリーは時折鼻を鳴らして嗅ぐ癖がついてしまった。あの匂いの発生源はグレイなので近づけば近づくほど甘みが強くなる。最近はグレイの衣服や触ったものにすら甘さを感じるのが困りどころではあるが。
    自分が出ていった時よりも強い香り。それが部屋の中から僅かに漏れ出ている。
    グレイ、いるんだ。やったぁ。何のお話しようかな。
    脳内でそんなことを考え、廊下からリビングへと入る。
    そして。

    (……アレ?)

    そこから、足を動かすことができなかった。
    まるで床と足が接着剤で固定されたかのように、一歩も踏み出せない。
    おかしい、なんで。
    早く自室に戻りたい。グレイと会って今日一日何があったかお話しして、他愛もないことで笑いあって、幸せな気持ちのまま眠りにつく。そんな素晴らしい一日の終わりを迎えたい。
    それなのに、身体は動き方を忘れ去ってしまったようだった。……いや、忘れてるんじゃない。これは一種の防衛本能。頭がガンガンと警鐘を鳴らす。
    部屋に、グレイに近づいてはいけない。
    なぜだか分からないが、本能がそう告げていた。このまま近づいてはいけない。きっと悪いことが起こる。
    止まれ。止まれ、止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ。

    「……」

    馬鹿馬鹿しい。頭をブンブンと振ったら少し脳内がクリアになった。
    ただ部屋に帰るだけだ。それだけ。何も危険なことなんてない。まあ嫌な予感がするのは嘘じゃないから、今日は理由をつけて他のルーキーの部屋にでも転がり込むか。事情を知っているフェイスなら嫌々ながらも受け入れてくれそうだし。それで、明日は朝一番に検査を受けに行こう。うん、それがいい。
    本能を理性で押さえつけて、ビリーはルーキー部屋の前まで歩みを進める。産毛までもが総毛立つ悪寒を抱きながら、それでも前に手を伸ばして扉を開いた。

    ──ブワリ

    次の瞬間、ビリーは蜜の流れに身体を絡め取られていた。全身をあの匂いが包む。いや、包むだなんてやわなものではない。まるで大雨の後氾濫した川に呑み込まれているような感覚だった。息を吐くことすらできない。少しでも口を開けば大量の蜜が喉へと無理やり流れ込んでくる。正直、立っているのがやっとであった。

    「……あっ、ビリーくん!おかえりなさいっ!」

    入り口で突っ立っているビリーを見つけて、グレイは嬉々とした声を上げる。
    これからシャワーを浴びるつもりだったようで手には着替えを持っていた。そんな彼から、今までにないほど強く蜜の香りが溢れている。
    ビリーは思わず生唾を飲み込んだ。目の前の蜜はあまりにも美味しそうだったから。
    蜜が甘く蕩けてトロトロと体内を下っていくのを想像する。食べたい。食べたい食べたい食べたい。

    「ビリーくん?」

    返事がないのを訝しんでグレイが小首を傾げる。その柔らかく澄んだ声に釣られるようにしてビリーの身体は動き始めた。真っ直ぐに、溢れる蜜の源へ。
    そして、彼の断りもなしに力いっぱい抱きしめた。

    「はわわっ!!?」

    グレイは驚き、困惑する。押し返していいものか迷いその手をビリーの肩へと所在なさげに添える。そんな彼を気にすることなく、ビリーはグレイの首元に顔を埋めた。ビクンとグレイの肩が跳ねる。押し返す手に力が篭もるが、ビリーが動く気配はつゆも無かった。

    「だっ、だめだよビリーくん!僕まだシャワーしてないし汗臭いから……っ、い"っっっ!?」

    ビリーの潔癖を気にして声をかけるグレイの言葉は途中で遮られた。すぐ脱ぐつもりでネクタイを緩めていた襟ぐりから覗く素肌に、ビリーがガリッと歯を立てたからだ。
    急に訪れた鋭い痛みに怯んでグレイが持っていた衣服がバサバサと床に落ちる。それを気にせずビリーは体重をかけて前進した。なされるがままに後ろに下がっていくグレイの足が何かに当たる。あっ、と思う間もなく倒れ込んだのはグレイ自身のベッドの上だった。
    ビリーはその上に馬乗りになってグレイを見下ろす。グレイの両手を布団に縫い付けるように押さえつける。

    「ねっ、ねぇビリーくん……手、い、痛い……ぼっ、僕どこにも逃げないから、ちょっと手を離して……」

    涙目になってそう懇願するグレイの声が聞こえているのかいないのか。ビリーは黙って蜜の元へと顔を沈めた。

    「〜〜〜っ!!?いっ、たいぃ……」

    今度は喉仏だった。鋭い八重歯で一瞬牙を立てたあと、ゆっくりと味わうように舌でなぞる。
    グレイにはもう訳が分からなかった。自分は彼の逆鱗に触れたのか。だから無視されて、痛い思いをさせられているのか。大好きな友達がまるで別の生物になったかのように感じられて、眦から涙がこぼれる。

    「ビリー……くん……」

    弱々しく呟く声が聞こえたのか、一瞬ビリーはピクリと反応をして上体を起こす。グレイは布団に身体を沈めたまま、自分を見下ろすビリーの顔を見た。
    オレンジ色のゴーグルが視線を合わせることを拒んでいるように見えて、またじわりと涙が溜まる。その直後、ビリーが身じろいだことで一瞬だけ瞳を垣間見ることができた。
    大きな瞳には淀んだ色が浮かんでいる。全てを見透かすような輝きは、濁った澱みで失われていた。

    「……ぁ」

    そのドロドロとした色に、グレイは見覚えがあった。脳裏によぎる記憶にカタカタと身体が震えだす。ビリーくんが、そんな。あの目をしてる、なんて。やだ、やだ、こわい……。

    (で、でも……)

    大きく息を吐き、どうにか震えを誤魔化す。
    大丈夫、アイツらとビリーくんは全然違う。だから、怖いことなんてない……。

    「ビリーくんなら、大丈夫……」

    そっと小声で口にしてみる。うん、声に出したら案外大丈夫な気になってきた。
    一度目を瞑り、開く。オレンジ色の髪が自分の顔に触れるくらい近づいていて、こんな状況なのにその距離が愛おしくもあってうっすらと笑みを浮かべた。
    なるべく刺激をしないように優しい声を意識して声をかける。

    「いいよ。僕を使って、練習して。……でも、汚いからシャワーをしてきてもいい?」

    すぐ帰ってくるから。そう言ってグレイは間近に迫っていたビリーの頬を撫でた。
    今の今まで制止ができなかった身体は、グレイのその言葉にようやく従う気が起きたらしい。ビリーはおもむろに身体を避ける。

    「いい子」

    目を細めながら頭を撫でるグレイの姿を、ビリーはポケッとした瞳で見つめる。その顔に一度微笑みかけてから、グレイは床にちらばった着替えを掴み足早に部屋を出ていった。
    ドアが開き、閉まる。
    十分ほどたっても、一人残されたビリーはまだ色濃くグレイの香りが残る寝床から動けずにいた。
    しばらくの間自失状態だったビリーだが、その内だんだんと理性が戻ってくる。一度グレイから離れたことで匂いの影響が少し薄くなったのだろう。脳内にかかっていたもやが徐々に晴れていくようだ。

    「……ん」

    下腹部に覚えのある熱がある。見ると自分のものがスウェットを押し上げているのが見えた。欲情、してたのか。……誰に?……きっと彼に。

    「ぐ……れぃ…………」

    上手く回らない舌で彼の名前を呼ぶ。
    なんでグレイいないんだっけ。ああ、シャワーしに行ったんだ。まだ汗流してないって言ってたし……ん?その後オイラなんて言ったんだっけ?……えっと、ううんと…………?

    「あれ、オイラ、なに……して……?」

    ようやく思考が追いつく。
    それと同時に顔からサッと血の気が引いていった。自分は確か、とんでもないことをグレイにしてしまった気が……。

    「ビリーくん?」
    「う、わあぁっ!!!?」

    近づく気配に気が付かず、思わず大きな悲鳴をあげた。グレイだ。早く、謝らなきゃ。
    謝罪しようとカラカラになった口を開いて、すぐに固まる。
    髪を乾かす間もなく来たのか、しっとりと濡れた艶髪からはまだ細かな水滴が滴っている。その雫が垂れる首元には真新しい疵が残っていて、ビリーの記憶をフラッシュバックさせた。そうだ。グレイを押し倒して、噛んじゃって、泣かせて……!

    「ちゃんと待っててくれてありがとう」

    そう言って笑うグレイの顔はまるで知らない人間のようだった。何かを諦めたような表情に見覚えはあるものの、そこに違う色が混ざっている。
    自分のしてしまった事に対して駆け巡らせていた脳内はその色を前に思考停止してしまった。グレイが入ってきたばかりの時には気が付かなかった香りがまた強くなった気がして、思わず喉を動かす。

    「グレイ……その……」
    「うん、分かってる。準備したからすぐにできるよ」
    「……へ?準備……?」

    見惚れてるのは良くないと思い謝罪しようとした言葉はすぐに遮られた。だがビリーにはグレイの言う言葉の意味が分からない。
    困惑するビリーを他所に、グレイは自分のズボンに手をかけてするりと足を引き抜いた。

    「えっ?……えぇっ!!?」

    ちょっと何が起きてるのか理解できない。狼狽えるビリーの目の前で、グレイは色白な肌をさらけ出していく。
    こういう時、なんて声をかけるべきなんだっけ……!!?
    頭の回転が落ちていて眼前の状況を処理するのに手一杯になってしまっている。普段はよく回る舌が異常な状況を前に絡まってしまったようだった。
    そうこうしている間にグレイはスウェットの上下を脱ぎ捨ててベッドに近づいていた。インナーは着ていなかったようで、下着部分以外は全て肌が露出している。ベッドに乗り上げてギシリと音が鳴ったことでビリーはようやく現実に引き戻された。

    「ちょ、ちょっと待ってグレイ!!ふく、服着て!!」
    「あ。脱がせるところからしたかった……?」
    「違う違う違う!!!?脱がせるつもりなんてないし単純に服着て欲しいだけ!!ちょっと、落ち着いてお話し合いしよう!!?」
    「大丈夫だよ。ビリーくんに痛い思いはさせないし……多分そこら辺の素人とするよりは気持ちよくしてあげられる、はずだから」

    待って、待って、待って!!!
    何も大丈夫じゃない。普段では考えられないほど強引に制止を押し切ろうとするグレイは、はっきり言って正気を失っているように見えた。

    「ふふっ、ビリーくん興奮してる……?やっぱり男の子って感じ……」
    「ん"っ……!!?」

    そう言って盛り上がったスウェットを細い指でツッとなぞられる。

    (そうだ、正気じゃないのはオイラもだ……!!)

    頬がカッと熱くなる。両者ともに正気を保っていない。とにかく距離を取ろうとジリジリとベッドの後ろに下がるも、覚悟を決めたようにブレない瞳はビリーを逃そうとしない。このままだと話は通じないだろう。

    (あんまり気は進まないし上手くいかないかもしれないケド……)

    この状況を打破するためには、賭けに出るしかない。少しでも匂いの影響を弱められるかと思い、ビリーはグッと息を止める。
    そして乗り上げてくるグレイの腕を引っ張り彼のバランスを崩した。

    「わっ!!?」

    急に切り替わる視界に驚き目を丸くするグレイ。ベッドの上にグレイの身体を倒すと同時にビリーは立ち位置を入れ替える。そしてその勢いのまま背後にある自分のスペースへと転がって行った。
    すれ違いざまに蜜の匂いを強烈に感じ取ってしまい、一瞬酩酊したようにクラっと意識が遠のく。どうにか瞬時に意識の糸を手繰り直して理性を繋ぎ合わせた。転がっていった先で受身を取ることもままならずに無様にも壁へ体をうちつける。

    「い"っ……たぁ……」
    「びっ、ビリーくん大丈夫っ!!?」
    「っ!!グレイ、来ないでっ!」

    ここで近くまで来られたらせっかく逃げたことが無駄になってしまう。鬼気迫った表情からなにか感じたのか、グレイは大人しくピタリとその場に留まった。
    ようやくまともに話が出来そうだ。そう思って一つ安堵の息をつく。何はともあれ、最初に自分がするべきは。

    「ごめんっ、ごめんグレイ!!いや謝っても許されない事だとは思うけどっ……俺、ほんとに……!」

    頭を地に付けんばかりに謝り倒す。とにかくまた正気を失う前に謝罪だけはしなくてはならなかった。

    「あ……え……?」

    その様子を見ていたグレイは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていたが、一つ二つ瞬きをしている間に状況を把握して表情を緩めた。

    「優しいね、ビリーくん……やめなくて良かったのに」

    後半は小声でぼやくように呟きながらベッドの上で座り直す。首を傾げて微笑みをビリーに見せるが、その表情に常のような温度を感じさせるものはなかった。どこか感情が欠落した笑みを浮かべ口を開く。

    「ねえ、さっきは急にどうしたの?」

    さっき、というのは恐らく首筋に噛みついた時のことだろう。ちゃんと説明を返さなくてはと息を吸うも、吐息に言葉を乗せることが出来ない。頭が痛い。こめかみを手で押えながら、ビリーは呻くように返事をした。

    「ごめん、俺にも……何が何だか分からないんだ……あの、あの匂いが……まだ、頭の中揺さぶってるみたいで……」
    「あの匂い?……この間から言ってた、蜂蜜みたいないい匂い?」
    「もう今はそんなもんじゃないよ……やばい薬でも打ったみたいな気分になってる……」

    確かに、今のビリーは普段通りなんていえる顔色ではない。それに襲いかかったと思えば急に距離をとるなどという支離滅裂な行動を繰り返している今、彼自身ですらも自分の身に何が起きているのか、これから自分が何をするのか分からなかった。
    うぅ、と唸るビリーを離れたところから観察し、グレイは少し考える。今何が起きているのかは分からない。が、今すぐに何をすべきなのかは明白だ。

    「……僕と一緒にいない方がいいのかも」
    「えっ?」
    「僕から匂いがするんでしょ?だったら原因の僕から離れたら大丈夫じゃないかな……?」
    「そう……かも……?」

    グレイの提案に賛同の意を示す。ぼやけた頭でも、その提案自体に問題は無いと判断できた。
    その反応を見てグレイは立ち上がる。ベッドから降りて、床に脱ぎ捨てられたスウェットを拾い袖を通していく。露出した肌色が隠されると匂いは若干薄まったような気がして、ようやくビリーは人心地つく思いで息を吐いた。

    「じゃあ僕すぐに荷造りしちゃうね。この時間でも実家なら多分帰れるから」

    そう言いつつグレイはクローゼットの方へと歩き出す。ハッと気がついたビリーはその背中に制止の声をかけた。

    「待って!あの、オイラが出ていくから……」
    「えっ、でも」
    「グレイのスペースにも匂いがついてて……ちょっとキツくなってお散歩してたんだよネ……だから今日はオイラ、元々DJのところ辺りに転がり込むつもりだったから……」
    「……分かった。それだったらせめて荷物の準備は手伝うよ。着替えと、あと何か欲しいものがあったら言ってね、詰めちゃうから」

    これくらいはさせて、と言外に強い意思を込めるように、グレイは返事を待たず荷詰めを始めた。テキパキと鞄に物を入れていく様は、いつものビリーであれば「さっすがお兄ちゃんだネ、グレイ♪」と声を上げるものであっただろう。

    「……」
    「……」

    だが今の二人の間には重い沈黙が落ちるのみ。気まずいという言葉では足りないほどの空気が精神に重くのしかかる。
    黙々と作業を進めるグレイに何かを言わなくてはと思い、ビリーは口を開いては閉じるを繰り返す。

    「……っ」

    どうにか踏ん張って立ち上がる。しかしすぐにフラつきガクリと膝をついた。その物音に気がついたグレイは慌ててそちらに声をかける。

    「あ、待ってよビリーくん!急に動いたら体に悪いよ……!」
    「だい、じょうぶだから……」

    どう見ても大丈夫ではない。駆け寄って肩を支えたいところだが迂闊に近づくわけにもいかず、グレイはその場で伸ばした手を躊躇いがちに下ろす。

    「大丈夫、そう……?」
    「うん、だいぶ治まってきた……」

    呼吸に気をつけて意識を張っていたら気持ちは落ち着いてきた。
    それよりも今のビリーには、自分のことよりも確かめたいことがあった。

    「グレイ、あのさ……さっきから言ってるの、なんの事……?」
    「へっ?さっきから、って……?」
    「『練習』だとか、『僕を使って』だとか……それに、俺が無理に押し倒したのに本気で抵抗しなかったし……」

    言いながらだんだん目線が下に落ちていく。
    聞かなくても薄々勘づいてはいた。別に、何も知らない子どもではないのだから。
    だが、どこかで否定してくれることを期待していたのかもしれない。その期待に震える口を結んだ。

    「あ、抵抗した方が良かった……?ごめん、従順にしてた方が面倒じゃないかなって思っちゃって……今度から気をつけるね」

    その期待は、見当違いな返答で粉々に打ち砕かれる。違うレシピで料理を作った時のような反応をする彼に、一瞬にして息が凍った。
    思わず口から叫びがまろびでる。

    「そうじゃないよ!!」

    ビリー自身が思っていたよりも、ずっと悲痛な色の叫びとなった。驚いてこちらを見やるヘーゼルの瞳に声を押し出す。

    「なっ、なんで……俺に、乱暴されそうになってたのに……そんなに落ち着いていられるの……」

    情報を処理しきれなくて、頭がどうにかなりそうだった。ビリーの喉は苦痛に歪んで、それ以上何も言えなくなる。対するグレイは、どこかキョトンとした表情のままスラスラと言葉を繋げた。

    「うん、と。ビリーくんも男の子だし、練習しときたいのかなって。僕は男だしΩでもないから都合がいいし」
    「なに、それ……」

    血の気がだんだん失せていくのが分かる。そんな言い方、まるで。

    「……これまでも、練習台にさせられたことがあるの……?」

    希望的観測は。

    「うん」

    端的な返事で破られる。

    「……あ、さすがに使い回しは嫌だよね……どうしよう。身体綺麗にするだけだったら足りない、かな?」

    今のビリーには、そう呟くグレイがとても遠いところにいる気がしてならなかった。

    「相手って……誰なの……?」
    「え?……んっと、ビリーくんの知らない人だよ?」

    はぐらかされている。

    「もしかして、アカデミー時代にアッシュパイセンからいじめられてた時にやられたの……?」
    「……ううん。アッ……シュが卒業したあと。安心して、彼は関係ないから」

    その表情の中に、嘘はなかった。若干の気まずさと、薄い恐怖が綯い交ぜになった本心がその顔によく現れている。
    まだビリーにはグレイに聞きたいことも掘り下げたいことも言いたいことも沢山あった。だが徐々に強まる頭痛と理性を溶かす匂いが自分の決断を待ってくれそうにない。
    うなだれたまま、それでもハッキリと言葉を紡ぐ。

    「ごめん、ごめんグレイ……俺が酷いことをしたのに、なんにもできない……。ちょっと頭冷やしたら、ちゃんと話するから……」
    「うん。気にしないで。ビリーくんは悪くないから。……はい、これ荷物」

    グレイは小走りに駆け寄って、ビリーの側へ荷物を置くと自分のスペースの方へ急いで戻った。あまり長く接近すると危ない。それが今の二人の共通認識だった。
    バックを提げてフラフラとしながらも立ち上がる。

    「……グレイ。明日の朝、一緒に検査受けに行こう。……思ってたよりもかなり異常事態だと思うから」
    「……分かった。ビリーくんが大丈夫そうな時に電話して」

    常と変わらず優しく柔らかな声で語りかけ、微笑みかけたグレイの表情にはもう先程までの色香は欠片も残っていなかった。夢だったのかもしれない、とビリーの脳端は現実逃避を起こしかけるも、本能の警鐘がうるさく鳴り響いて引き戻される。

    「おやすみなさい、ビリーくん」
    「おやすみ……グレイ。……本当に、さっきはごめん」
    「ふふっ、もう謝らなくても大丈夫だよ?僕は傷ついてもいないし怒ってもないから。ね?」

    ネガティブビリーくんなんて珍しい、と少し茶化すような調子で声をかけるグレイはまるでいつもの様子と変わりがなかった。その姿に安心を覚えるも、心身ともに疲弊したビリーは微笑みで返すことしかできずに部屋から出ていく。
    無理やり体を前に進ませる。グレイから離れるほど、蜜の匂いから遠ざかるほどに酷く強い頭痛が襲ってくるようだった。
    とにかく今日寝るところを探さなければ。十中八九、ウエストのルーキー部屋なら受け入れてくれるはずだ。しかし、この状況をどうやって説明するか。タワー内での部屋お泊まりだけどジェイには連絡するべきか。……ダメだ、考えがまとまらない。
    もうここまで来たら部屋には戻れないのだ。なるようになるしかない。
    用意周到な自分らしくない結論に苦笑しながら、ビリーは荷物を抱え直した。
    うっすらと甘い香りが立ちのぼる。荷物を詰めてくれた彼の香りだろう。また頭がぼんやりしてくるのを振り切って歩みを進める。
    別れ際に悲しそうな、寂しそうな表情を浮かべていた彼のことを考えると、今夜はやはり眠れそうになかった。




    「……」

    ドアが完全に閉じたことを確認して、グレイは浮かべていた笑みを消した。
    見た目や性格の割に豊かな表情は、マネキンのように真顔で固定されて動かない。どこか虚ろな眼をゆっくりと伏せて、グレイは自分のスペースへと歩く。
    そのままドサリと身をベッドに投げ出した。濡れた髪が布団に触れて水気を吸い込むも、それを注意してくれる友人はここにはいない。このままベッドの中に沈んで溺れてしまえたら良かったのに。そんなことを考えて瞼を下ろす。

    「役に立ちたかった、だけなんだけどな……」

    小さなぼやきは、一人分には広い部屋内に僅かに反響した。
    求められてると思って、怖かったけど胸が高鳴る感触もあって。彼になら身を開けると覚悟していたのに、それは全部自分の早とちりで。

    「これで……ビリーくんにも嫌われちゃうのかな……」

    じわりと視界が歪む。大切な友人に、幻滅されてしまったかもしれない。他の誰になんと言われようと構わないが、彼にだけは嫌われたくなどなかった。

    「うっ、うぐっ……ぅあぁ……」

    嫌な想像ばかり膨らんで堪えきれない嗚咽が洩れる。慰めてくれる明るい声がないことがここまで辛かったとは覚えていなかった。
    明日が来るのが怖い。彼に嫌われたことを確認するのが怖い。
    震える体を抱きしめるように縮こまって、静かに泣き続ける。
    悲嘆にくれたか細い嗚咽は、夜が更けてなお小さく部屋に響いていた。
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    「明日は…朝からパトロールか、寝なきゃ…」

    以前、寝不足で体調を崩してからは睡眠時間の確保に気を使うようになった。
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    このままネガティブな気持ちになってしまうのも良くない、とルームメイトであり恋人でもあるオレンジ髪の彼によく言われているため、気持ちを切り替えて、その彼に一言声をかけてから寝よう、と隣の整理整頓された部屋をちらっと見てみる。
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    (今日は疲れちゃったのかな…)

    実を言うと、グレイはあまり彼、もといビリーの寝顔を見たことがなかった。
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