虎が我にかえるとき「鋭心先輩」
向こうから一緒に帰りませんかと声をかけてきた割に、黙っている時間が随分長かった。ようやく口をきいたと思っていると、投げかけられたのはこんな質問だった。
「現国、どんな教科書使ってましたか」
昨年の春までは鋭心も秀と同じ高校生だった。ただ高校三年までの課程を一、二年生のうちに終えてしまう中高一貫校だったこともあり、当時使っていた教科書の仔細となると記憶がやや曖昧だった。
「出版社の名前は思い出せないが」
ポケットから取り出したスマホに「高校、現代文、教科書」と呟きながら入力した秀が画面をこちらに見せてくる。書影を画像検索したらしかった。
「ああ、おそらくこれだな」
指し示すだけのつもりだった指が画面に触れて画像が拡大される。うっすらと記憶に残っているものと全く同じではなかったが、見覚えのあるデザインが踏襲されていた。これですね、と秀はスマホを引っ込めて、しばらく指を動かしながら画面を眺めていた。出版社のサイトを見ているらしかった。秀の代わりに前を見ながら歩いていたが、流石に本人の足元までは気の配りようがない。街路樹として植えられている銀杏は根がよほど深く張っているのかあるいは地盤が柔らかいせいなのか、歩道のアスファルトをところどころ隆起させていた。一旦立ち止まるように伝えるべく、しゅう、と名前を口に乗せた瞬間に秀が言った。
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