優れた炎術士を輩出してきた軍人の家系に生まれ、歴代の誰よりも高い魔法力を示し続けるフランシスコ・バルトロム・ピロはオーパス国の英雄である。そして英雄に相応しく、しばしば美貌自慢の女性たちが送り込まれることもあった。家の者か、軍の誰かの意図か。本人の意思もあってのことではあろうが。優れた才能を次世代に残すこともまた英雄の責であるという。
「どうぞお情けを」、などと甘い声で囁きながら取り縋ってくる肉感的で柔らかな肢体。瞼には化粧とともに怯えと媚びがべっとりと塗られていた。
女たちはピロに抱かれることを栄誉だと言う。
そんなものか。
そうであれば、この泣き声のような呼吸と、子どもの柔らかさでしかない身体と、媚びることなど思いつきもしなさそうな正直な眼差しの持ち主にとっても、栄誉であるということになるだろう。
涙に濡れた目の中に星は無くとも、目の前の男を見ていた。
星は無くとも。
星は無くとも。
「おはようございます!」
翌朝、レコベルは一度自身の天幕に戻り、着替えてから業務にあたった。
本日の予定、確認が必要な書類、などなどの通りいっぺんのあれこれをいつもよりも過剰な笑顔でやり通そうとしていた。
「レコベル」
「はい! 身体は大丈夫です!」
声をかければ何かを問う前にぎくしゃくと返事をする。尤もピロは何かを問おうという意識はさほどもなく、ただそのぎこちない笑顔について指摘しようとしていただけであったが。
「治せますから」
「そうか」
何を問おうとしていたのかもわからぬまま、ピロはそれを了解と受け取った。受容と取った。
そうとも、己が受け容れられないはずがなかったのだ、と深く深く頷く。その胸の中にあるのは実のところ安堵と名のつく類であるのだが、それに気がつく者はどこにも居ない。少なくとも、触れた手は拒否はされなかった。
「では、今夜も夕食へ招待しよう、秘書官殿」
「へぇ?」
「なんだその間抜け面は」
察しの鈍いレコベルに向かって鼻を鳴らし、しかしピロは上機嫌だった。己でもその正体に気が付かぬまま。
「メニューのリクエストがあれば料理長に伝えても構わんぞ」
「はぁ……考えておきます……」
半ば放心したままレコベルは首肯した。健気なことに。