共依存「桜くん…。別れよう。」
蘇枋とは付き合っていた。
1年の時、獅子頭連や六方一座、GRAVELも巻き込んだ、元風鈴生と街をかけた大きな戦いの後から。
きっかけは蘇枋からだった。
「桜くんが好き。付き合ってくれないかな?」
答えは首を振る間もなく頷いた。蘇枋を見てると心臓がバクバクとうるさくなり、血が沸騰するかのように頭のてっぺんから足の爪先まで燃えるように体が熱くなる。楡井や桐生…杉下なんて以ての外。こうなるのは蘇枋だけだった。ホラばっか吹くしすぐ人をからかってくる。でもそれが何となく嫌な気はしなかった。「素直で可愛いなぁ、桜くんは。」と、普段は大人びているのにその時に見せた柔らかく温かい、年相応な子供らしい笑顔が忘れられない。思い出す度に胸が…腹が熱くなる。俺だけがいい。その笑顔は俺にだけ見せて欲しい。この感情は『独占欲』というらしい。ついでに独占欲は主に好きな人に向ける感情らしい。異性からモテるという桐生や、女心がわかる椿野に教えてもらった。これが『恋』なのだと。『愛情』なのだと。
それを自覚してしまえば、蘇枋を意識してしまうのはあっという間だった。顔を見れば赤くなり恋愛センサーが発動してしまう。そのせいで蘇枋にこの気持ちがバレるのは早かった。…怖かった。好きになった分離れていくことが。だが、予想とは全く違ったもので、蘇枋も俺の事が好きだと言う。告白された。初めてされた。幸せだった。その瞬間も、それから過ごす蘇枋との時間も。ずっとこのままがいい。他に何も要らない。無くなってもいい。蘇枋が…蘇枋さえ居ればそれでいい。大好きだ。でも恥ずかしくて好きの1文字も伝えられなかった。羞恥心やプライドなんて捨てて沢山伝えればよかった。蘇枋は…言葉でも身体でも沢山伝えてくれてたのに…。
神様。どうか蘇枋とやり直させてください。
いるかもわからない神に毎日毎時間毎秒祈り続ける。
「桜さん…もう3ヶ月も学校来てないですね…。連絡も一切繋がらない…。」
「…そうだね」
「流石におかしいです。俺、また放課後様子見に行ってきますね。会ってくれるどころか…声も返してくれたことないですけど…。」
「うん…」
「…も〜…すおちゃんもそんなに落ち込むぐらいなら、な〜んで振っちゃったのさぁ〜」
「…桜君は人気者だ。沢山の人に愛されるべき人間だ。もっと沢山の人からの愛情を貰うべき人だ。…オレが一人占めしていい人じゃない。もっと…ちゃんとした幸せを手に入れるべきだ。」
「蘇枋が思うちゃんとした幸せってなんや?」
「…普通の幸せだよ。普通に女の人と恋愛して、普通に女の人と結婚して、子供を授かって…。普通の人生を歩むべきだ。」
「蘇枋って、意外とアホなんやなぁ」
「…は?」
「「うんうん」」
「だって、普通って人それぞれやろ。桜くんにとっての普通とか幸せは、蘇枋とおることやったんちゃうんか?せやなかったら、今ここに来とるやろ。」
「そ〜だよ〜?だって3ヶ月だよ!?1年の4分の1だよ!?」
「確かに桜さんは幸せになるべき人だ。今まで独りだった分、これから沢山の愛情を貰うべきだと思います。でも愛情は、大切な人から貰うと嬉しくて自信になるものじゃないですか?だから桜さんは風鈴が大好きなんです。不器用でも毎日笑って学校で過ごしてました。ここに居ていいんだって自信が持てた証拠だと思います。…でも、友達の俺達だけじゃだめです。桜さん、蘇枋さんに好きって言えない事が悩みだって言ってました。恥ずかしいからって。それでも、不器用なりに態度で示してたと思います。桜さん、ほんとうに蘇枋さんが大好きで何よりも大切だったと思います。態度見てれば分かります。それでも、蘇枋さんは蘇枋さんが言う幸せを桜さんにあげるんですか?」
「にれくん…みんな…」
「…あーあ!俺だって桜さん好きだったのになぁー!何より1番最初に桜さんを担いだのは俺ですし?今なら桜さん、こんな弱い師匠じゃなくて俺の事見てくれるかなぁ〜」
「だ…だめっ…!ぁ…」
「…なら、蘇枋さんが行ってください。俺もうあんなボロボロの桜さんなんて見たくな…ぁっ…」
「ぇ…桜くん…ボロボロって…」
「あ〜…口止めされてるの破っちゃいました…あはは…見たら分かります。ちゃんと見てきてください。」
「うん…うん…ごめん、俺行くね…!」
「ぇ、蘇枋授業はー?」
「行っちゃったねぇ〜。それにしても、にれちゃんなんで俺たちにも教えてくれなかったの!?」
「だって〜…!」
「楡井くん水臭いわ〜」
「もぉ〜…。でも、すおちゃん目覚めてくれてよかったね。」
「やな」
「ですね」
ドンドンッと力強く何度も玄関の扉を叩く音がする。出たくない。誰とも話したくない。どうせ誰も俺なんか必要としてない。楡井とは少しだけ話したが、1回だけですぐ帰らせた。もういい。蘇枋が居ないなら…もう…こんな世界…どうせずっと独りだった。…楽になりたい、なんて…楡井が聞いたら怒鳴り散らすだろうな…。でも、ほんとにもう嫌なんだ。蘇枋が居ない世界なんて…もう…
「桜くん!!!」
あぁ…。なんで来るんだよ。嬉しい。戻ってきてくれた。来てんじゃねぇよ、離れられなくなる。会いたかった。来んなよ。触れたかった。会いたかった。もう一度、その大好きな声で名前を呼んで欲しかった。
「なんで…」
「なんでって…っ…。桜くん、ごめんなさい。桜くんには、普通の幸せを手に入れて欲しかった。俺が邪魔しちゃいけないと思った。…でもだめだった。君が居ないと何も手につかない。食事だって今まで以上に摂らなくなったし、ずっと上の空で喧嘩も負けてばっか。にれくんの拳が当たるほどだ…。自分から手放したくせに、情けない…。桜くんが居なきゃだめなんだ…。もう一度、やり直させてくれないかな…?」
「…捨ててんじゃねぇよ…。俺だって飯なんかほとんど食ってねぇ。食っても吐くし、体重も筋肉も落ちて喧嘩なんて出来ねぇ。もう…お前が居ないと生きて行けねぇんだよ…。」
「うん…ごめん。ごめんね。」
楡井や蘇枋、クラスメイト達が持ち寄ってきたものでいっぱいになった部屋らしい部屋が、カーテンは破れ物は散乱し、壁に穴が空いたり畳もちらほら剥げている。桜の髪はボサボサ、服はボロボロになり綺麗だった肌も荒れ、涙のあとやクマが酷く、10kg程落ち更に細くなっていた。今までどう過ごしていたのか、どれだけ荒れていたのかが物語っている。自分の軽率な行動と考えを後悔しながら、反省するように、もう一緒に手放さないと覚悟を決めながら強く…強く桜を抱きしめる。
「もうお前に依存しちまったから、責任取れ。」
「喜んで…。もう2度と…一生離さないからね。」
「…好きだ」
「俺も…大好きだよ、桜くん」
それから何時間ほど抱き合っていたのだろう。冷たくなった桜の身体に体温を分け与えるよう、沢山、沢山抱きしめ合った。
「だぁー!もう引っ付くなっての!」
「だめ!桜くんからは一生離れないって決めたんだから!」
「そういうことじゃ、ねぇ…んだ、よ!楡井!助けろ!」
「いやぁ〜…ほんとに、桜さんが元気になってくれてよかったです」
「にれちゃんまた泣いてる〜」
「いくらにれくんでも桜くんはあげないよ!」
「わかってますよ、もう。ほら、授業始まりますよ!蘇枋さん、席ついて!」
「やだ!」
「やだじゃ、ねぇ!離せ!バカ!」
「桜くんは俺の膝の上で授業受けるの!」
「も〜なにやってんのさ〜。つげちゃん、すおちゃんどかして!」
「ほら蘇枋!わしが空いてるで!」
「は?暑苦しい。近寄らないで。」
「ひどい!」