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    新刊のケツ叩き

    1Kの恋模様# 1Kの恋模様
    「くそあちぃ」
     奥多摩の山中、今は廃線となったロープウェイの駅はすっかり廃墟へと様変わりしている。心霊スポットとも噂される廃墟へ二人の男が向かった。二人とも年若い。白いワイシャツと黒に近い濃紺のスラックスの男と黒いスリーピースを着込んだ男だった。真夏の奥多摩は都心と比べれば涼しい。それでもスリーピースを着込んでいれば暑いのは当然だというのに暑いとぼやく男の頭にはジャケットを脱ぐことないらしい。
    「香坂」
     黒いスリーピースの男に突然名を呼ばれ香坂は身構えた。その声が不機嫌そのものだったからだ。
    「何ですか」
    「お前幽霊とか信じるか」
    「え、幽霊って…… 志摩さんらしくないですね」
    「……そうだな」
     自分でも馬鹿なことを言っていると自覚しているのだろうか志摩は薄い眉を寄せ歪ませる。表情は嫌悪を表していた。その表情を目にしても香坂は志摩が何に嫌悪しているのかを推し量ることはできない。精々幽霊が怖いのだろうかといったぐらいだった。今から向かう場所が有名な心霊スポットだからといって今は昼間なのだから幽霊など出るわけないし、そもそも志摩が幽霊を信じていると言うのが香坂にとって意外だった。冷静沈着で誰よりも先に抜きん出て手柄を上げる狡猾さを持った男が幽霊を信じているなんて信じられなかった。
    「志摩さんって案外」
    「あ?」
    「何でもないです」
    「チッ、行くぞ」
     廃線してから五十年。運営会社は廃業、責任者も不明のロープウェイ駅は取り壊すにも莫大な費用がかかるとあって東京都と奥多摩町は打つ手もなくそのまま放置されている。五十年もの間、人の手が入らなかった為に鬱蒼とした山の斜面は獣道などと生易しいものではない。途中からぷつりと切れた道の先を進まなければ辿り着けない廃墟へ革靴で向かうのは骨が折れた。と言うよりも何度か二人は滑落しそうになりながらも進んでいった。
    「なんだってこんな所に遺棄するのか」
    「趣味と実益」
     志摩は胸ポケットからぐしゃぐしゃになったソフトパックの煙草と携帯灰皿を取り出した。ソフトパックの中から青色の使い捨てのライターと折れ曲がった煙草を一本抜く。
    「煙草吸いましたっけ? 」
    「……」
     志摩は香坂の問いかけに返すことなく折れ曲がった煙草を咥えて火を点けた。薄暗い廃墟の一室に煙草の煙が充満していく。
     香坂はそれ以上何か言うこともできず煙草を吸う志摩を眺める。一人で廃墟を歩き回る危険性を認識しているからだ。
     香坂としては普段喫煙しない志摩が職務中、それも遺体遺棄現場かもしれない場所で煙草を吸う事に訝しんでいた。だからといって志摩に聞いたところで答えが返ってくるとも思えなかった。
    「ま、こんなもんだろ」
     フィルターに到達するギリギリまで吸い切った志摩は携帯灰皿に吸殻をねじ込んでから煙草と一緒に胸ポケットに仕舞った。
    「行きましょう」
     志摩は視線だけ香坂の背後、壁に掛かった鏡に向ける。今は罅が入った古いコンクリートの壁だけが映っているのを確認して志摩は歩き出した。志摩が煙草を吸い終わるまで鏡に自分達以外の人の形をした何かが映っていたことに香坂が気付くことはなかった。
    「何も出なかった」
     立ち入るのに危険を伴う箇所以外隈なく探したと言うのに何も出てこなかった事に香坂は落胆していた。もう少し探索をしたい所ではあったが夜になれば帰ることも儘ならなくなる程、自分達は危険な場所にいる事を志摩に咎められてしまえば香坂もこれ以上は無理だと諦めざるをえなかった。行きは上りだが帰りは下りになり滑落の危険性がより高まるのだから早めに戻るべきだと指摘した志摩は正しい。這う這うの体で山を降りた二人は漸く辿り着いた自分達の愛車に乗り込んで一息ついた。
    「こんなメジャーな心霊スポットに遺棄する間抜けだったら五人も殺されていないだろ」
    「それはそうですけど」
    「この辺りは元保養所の廃墟がまだある。犯人は廃墟マニアでこの辺りには何度も足を運んでいたことは間違いない」
    「そもそも廃墟に遺棄しているとは限らない…… 廃墟への道中に遺棄した可能性もある。だけどあの犯人がそんなことをするでしょうか。廃墟内で遺棄をしなければ犯人の目的は達成されないはず」
    「戻るぞ」
     黄昏始めた空の色と急峻に青々と茂る緑は風光明媚な景観が楽しめるとアピールするだけあって、神々しさすら感じるものだったが、志摩は景色に目もくれず車を走らせた。捜査一課の刑事には休む暇は無い。

     伊吹藍は困惑していた。
     連続失踪事件の容疑者が死体を遺棄したのが奥多摩の廃墟だと吐いたことで青梅警察署に特別捜査本部が設置されてから一週間が経った。ただそんな大事だと言うのに、若い交番勤務員である自分に応援要員の声がかからない事について疑問に思えてもどうすることもできない。命令されていないことをやってこんな所まで来てしまったのだから。
    「伊吹、ちょっと書類取ってきてもらえる?」
     ハコ長から報告書に使う書類が残り少ないと、次の出勤の際に青梅警察署から持ってこいと頼まれてしまった。それを面倒とは思わないが今の青梅警察署に長居するのはあまり気が乗らない。
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