イケナイコトのはずがない「パ・イ・セン♡ イケナイコトしません?」
ビリーが娘たちの手入れを終わらせたタイミングで背中に体温の高い体が張り付いてきた。遠慮なく体重をかけてくる、こちらが倒れることなどないとわかりきった甘え方。
ライトからの誘い文句はいつもこうだ。愛娘の次は自分を構えとばかりにわざと色を乗せた吐息混じりの囁きを吹き込んでくる。これにはビリーのコアもギュルギュルと空回りしそうなほどに跳ね上がる。生意気な後輩と可愛い恋人を兼ねるライトのその誘い方に不満があるわけではもちろんない。ないのだが。
「前から思ってたんだけどよお、お前にとって俺とすんのはイケナイコトなわけ?」
後ろからビリーの肩に顔を埋めているライトの髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。風呂上がりでまだ少し水気を含んでいる。顔を上げたライトと視線が交わり、どちらからともなくキス──といっても人間でいうところの口がある部分を優しく押し付けるだけなのだが──をしそうになってはっとする。ライトの唇に人差し指を押し当てて止めると、むぅ、と下唇が突き出された。したいのは山々だがまだダメだ。
娘たちに不埒なシーンを見せないようそっと特製のケースへ寝かせて布をかけてやる。邪兎屋にある自室の保管ケースには劣るかもしれないが、持ち運び用にと選んだそれは寝心地のよいベッドになっているはずだ。
「はは、パイセンの方がイケナイコトって思ってるじゃないすか」
「俺の娘たちにはまだ早いだけですう〜」
すっかり陽は落ちて外は闇に包まれている。無垢な娘たちのベッドルームに鍵をかけて初めて恋人との時間がやってくるのだ。お預けしていたキスで機嫌を取って、風呂で温まった体を抱き締めた。しっとりとした肌の上から背骨のひとつひとつを確かめるようになぞる。指を動かすごとに、ちゅ、ちゅ、と唇を合わせた。
「だって好きなやつといちゃいちゃすんのの何がイケナイんだよ」
機械の指でうなじから肩甲骨の隙間を通り、くびれた腰を抜け、そしてボトムスにすべり込む。肉のあわいに指を這わせるとライトの体温がさらに上がった。
「まあ、んむ……そう、ですけど……ぁ、ん」
ライトは唇を塞がれるたび言葉を途切れさせ、次第に息を乱して肌を粟立たせる。つるりとしたフェイスカバーが吐息で曇った。
「んじゃこれからは『イイコト』な。ほれ、言ってみ」
これで喋れるだろうとようやくライトの唇を解放したビリーが眼光を柔らかく歪めた。期待に満ちた月の色に押し負けたライトは、こほん、とわざとらしく咳払いをひとつ。
「じゃあ、パイセン」
じんわりと耳まで赤く染めたライトが震える指先だけで赤いジャケットに縋りながら呟く。
「その。い、イイコト……しません、か」
へにょりと下がった眉尻とたどたどしく消え入りそうな声でのお誘いに普段の妖艶さは見る影もない。
「うーん、やっぱイケナイ香りがするかもな……」
自分の恋人はかくも幼く初心であったろうか。
ビリーは目も合わせられずに視線を泳がせているライトを守るように腕の中に閉じ込めた。もちろん「イイコト」をたくさんするために。