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    choco310ER

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    抱き枕シチュが好き

    アキイト新年を迎えて数日経ったある日の夜、アキラのスマホがピコンと光る。ノックノックからの通知だった。
    『明日はあいているか』
    用件の記載がないメッセージはライトからのもの。
    年末年始に合わせた休業日も終わり、ビデオ屋の営業を再開した頃合いだった。ゆったりと家族でビデオを見る時間があった年末年始はあっという間に終わりを告げ、世間は仕事始めだ初売りだと慌ただしいながらも日常に戻りつつある。大型連休直後は店の在庫が一年で一番少ない時期だ。店は開いているけれど、もしライトにお目当てのビデオがあるのなら運悪く借りられているかもしれない。彼のためならば営業を終えて暖房も落とした一階で寒さに震えながら在庫を確認することだって毛ほどの苦労でもない。自身の体温でぬくもったベッドから起き上がり、希望の映画があるなら探しておくよと入力している途中で再び通知音を伴いライトからのメッセージが入る。
    『ああ、店じゃなくて。あんたの予定だ。夜はあいているか。六分街の近くでの仕事が夜中までかかりそうでな。泊めてもらえるとありがたいんだが』
    どうやらお目当てはビデオではないようだ。それなら話は早い。アキラは再び怠惰に横になりつつ、作成しかけていた文章を削除して、空いていると送信した。次いで、ライトさんのためならいつでも、ともうひとつ吹き出しを送る。
    『そいつは光栄だ。ありがたく伺うとしよう』
    メッセージだけだというのに、片方の口角を少し上げたニヒルな彼の口元が見えたような気がした。
    カリュドーンの子のチャンピオンの地位に君臨するライトは他のメンバーと違いバイクを駆って走り屋家業に従事することはほぼない。しかしこの時期だけは別だった。ひっきりなしにやってくる荷物を捌き切るには猫の手も借りたいほどで、いかなチャンピオンといえど日頃のように暇を持て余しているわけにはいかない。
    とはいえそれぞれのメンバーには馴染みの得意先というものがある。得意先を持たないライトは専ら新規客のルートに回されていた。ルーシーの指示でビデオ屋がある六分街に近いエリアを任され、何日もあちらからこちらへと走り回る日々。ようやく年末年始の繁忙期に終わりが見えたので休暇が取れるということだった。
    『プロキシさん、明後日からライトが三日間の休暇に入りますの。その間、ライトをそちらで預かってもらえませんこと? 慣れない仕事をさせて消耗したチャンピオンがこちらにいても仕方ありませんもの。私たちの邪魔にならないよう、しっかりと休ませておいてくださいませ。六分街近くでの仕事は夜中までかかる量にしてありますから、どのみち戻ってはこれないでしょう。他ならぬお友達の私のお願いなんですから、くれぐれも頼みましたわよ!』
    ライトよりも早くルーシーからそのような連絡があったことは黙っておく。
    おそらくアキラからライトに声をかけるようにというお願いなのだろうが、アキラはどうしてもライト本人から連絡がほしかった。あんなにも強い人だというのに、目を離したらふいと消えてしまいそうなどこか儚い雰囲気を纏うライトが自分を居場所として選んだという事実がほしかった。なかなか連絡が来ずにやきもきしていたので、頼ってもらえて安心したというのが本音だ。
    僕もライトさんに会いたいと思っていたんだ。楽しみにしているね。とメッセージを送ると、サングラスをかけた顔文字がひとつ返ってくる。その口角は片方だけニヤリと笑みの形につり上げられていた。

    「あけましておめでとう、ライトさん」
    「ああ、今年もよろしく頼む」
    夜半に店を訪れたライトはいつも通りに見えたが、サングラスに隠された目元にうっすらと隈ができているのを見逃すアキラではない。不慣れな仕事での連勤はさすがのチャンピオンにも疲労の翳を色濃く落としていた。ルーシーから聞いた連勤記録は耳を塞ぎたくなるような日数だったので当然だろう。
    「ライトさん、先に部屋に行っていて。いい抱き枕があるんだ」
    アキラはにっこりと人好きのする笑みを浮かべてライトを二階へと促し、自身は飲み物の用意のために冷蔵庫の扉に手をかけた。階段を登るライトの足は心なしか普段より緩慢としているように見えた。

    「……アキラ? いい抱き枕とやらは見当たらんようだが」
    アキラが二本のペットボトルを手に階段を上がるとライトは所在なげにソファに腰かけて、あると言われた抱き枕の代わりにクッションを抱いていた。装飾で傷つけないよう気を遣ったのだろうジャケットは無造作に背もたれに引っかけられている。ライトは連勤が終わって気が抜けたのか、この時間で眠気が出てきたのか、いつものしっかりとした体幹に支えられた姿勢が今は少し心許ない。
    冷えた体でやってくるだろうと暖房をつけておいてよかった。冬の暖房代はバカにならないが、Fairyの電気代と比べればどうということもなかった。
    「抱き枕なんだからベッドだよ。ほら、こっち」
    まだ冷たい飲み物をヘッドボードに置いて、グローブを外したライトのはだかの手を引いてやれば存外素直についてくる。あまりの抵抗のなさに心配になるほどだ。普段より重たそうな瞼をゆっくりと瞬かせながら少し猫背になっているライトは、それでもアキラより背が高いというのにまるで親鳥のそばから離れようとしない雛のようだった。
    赤いマフラーをきちんとたたみ、その上にドッグタグとサングラスを丁寧に置いて。ライトにとって何より大切なそれらを一時的にでも手放してベッドに横になる姿を見せてくれるほどには信頼されている、と自負している。同時にアキラの今までの経験からすると付き合っている距離感である、とも思う。しかしライトの心の奥底、いちばん柔らかなところには、深く大きな溝があるような気がしていた。その深さを確かめてみたい。彼がどこまで自分を受け入れてくれるのか。まだ、マフラーとドッグタグに触れることは許されていない。もちろん試したわけではないし、彼の大切なものに無理に触れたいわけでも、ましてや奪いたいわけでもないけれど。
    年下とはいえ男のベッドに誘われたことを理解しているのかいないのか、ライトは「ソファもベッドも、ここは全部居心地がいいな」と寝転がって呑気にシーツを撫でている。インドア派を舐めないでほしいものだ。自室で快適に過ごすためなら長時間の映画鑑賞に耐え得るソファや、ゆったりと眠れるベッドにお金をかける程度はなんということもない。もちろん肌触りのいいシーツもアキラが選び抜いた逸品だった。ライトがそれを気に入ってくれたと言うなら、こだわった甲斐があるというものだ。
    「はい、お待ちかねの抱き枕だよ」
    言いながら腕を伸ばすと強い力でベッドの中に引きずり込まれた。
    「確かにいい抱き枕ではあるが……もう少し筋肉をつければさらによくなる」
    アキラを腕の中に閉じ込めた戦う男の指先が背骨をひとつひとつ確かめるようになぞる。耳元で囁く声は眠気のせいか少し掠れて、それがどうにも色を持ってアキラの耳朶をくすぐった。本格的な抱き枕よろしく足を絡めてきたライトの体は凍星の下を走っていたとは思えないほど温かい。手を引いたときにも感じていたが、グローブもジャケットも夜寒の走りに耐えられるほど高機能で、きっとアキラのソファやベッドと同じくこだわりの詰まったものなのだろう。そのこだわりを脱ぎ捨てた鍛えられた肉体さえ細身なアキラよりよほど抱き枕として優秀だ。
    「ん……寝ちまいそうだ……」
    「いいんだよ、そのための抱き枕なんだから。お仕事大変だったね、お疲れ様」
    逞しい背に回したてのひらで優しく労わるとまだ眠りたくないのか、んん、とぐずるように鳴らされた鼻がアキラの髪に埋まり、緩やかな呼吸が毛先をくすぐる。
    一緒に寝ようね。いいこ。えらいね。かわいい。小さな子供を寝かしつけるような言葉をかけながら、ぽん、ぽん、と一定の間隔で背を撫でる。撫でるごとにライトの体はゆるりとほどけ、いつしか聞こえるのは小さな寝息だけになった。ゆるんだ眉のせいか一層幼く見える寝顔の可愛らしさにじんわりと胸が暖かくなる。外は真冬の寒さだというのに身も心も寒さなど感じる隙さえない。
    「……この距離が許されるのなら、もう少し欲張ってみようかな」
    リンの部屋には聞こえませんようにと願いながらひそりと呟く。
    起きたら覚悟していてね。こんなに無防備じゃすぐに食べられてしまうから。
    規則正しく呼吸を繰り返す薄く開いた唇に、誰にも見咎められないキスをしてから目を閉じた。
    「おやすみ、ライトさん」
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