「……あんま見られてると食いづらいんすけど」
カリュドーンに来たばかりのライトにむすりとした唇でそう言われたことがある。
火力制圧用高知能戦術素体たるビリーは食事を必要としない。ゆえに人間の食事という行為に興味があった。自分にはない「口腔」という器官がどのように使われ、どのように動くのか興味があったのだ。とはいえ、うら若き乙女たちの食事を不躾に観察するのもよろしくないと理解できるだけの情緒はあった。その点あちこち忙しく飛び回っているビッグダディがどこからか連れ帰ってきたライトはちょうどよい観察対象となったのである。
ハンバーガーを食べるために大きく開く口、そこから見える歯は動物ほど鋭くもないというのにきちんと食べ物を噛みちぎることができるのが不思議だ。口内にたっぷりと含んだものを咀嚼するためにもぐもぐ動く頬の膨らみは可愛らしいし、ハンバーガーに残された歯型などいっそ愛しくすらある。嚥下するときのわかりやすい喉の動きも、そのあと体内をどう巡っていくのかを想像するのも楽しい。唇についたソースをぺろりと舐め取る動作はビリーのお気に入りだった。
当初はビリーの観察に不快感さえ滲ませていたライトもすっかり慣れてしまったのか、ポテトを差し出せば遠慮なく食いつくほどには馴染んだものだ。観察の楽しみだけでなく餌付けの楽しみまで味わえるとあれば一日に三回では到底足りない。そうしてビリーは自分が摂取するわけでもない菓子やら何やらを買っては頻繁にライトに与えて観察を続けた。
ビリーが古巣を離れてしばらくしてからだろうか、たまに会う程度になったライトは観察中のふとした瞬間に気まずそうに目を伏せることが増えた。
「ここのクロワッサンが美味いらしくてな、すげえ並ぶんだぜ。スターライトナイトのグッズほどじゃねえけどよ」
「また食わないのに買ってきて。まあ、ありがたくいただきますけど」
ぶっきらぼうにそう言いながら人気のパン屋のクロワッサンを頬張るライトの頬を眺めてビリーは相好を崩す。クロワッサンは噛むごとにサクサクと割れ落ちる生地が人間には食べづらいようで、唇に纏わりついた屑を何度も舐め取っている。
「……あんま見られてると食いづらいんすけど」
ライトが指についた屑を舐めながらあの頃と同じ文句を、あの頃とはまったく違う表情でぽつりとこぼした。
「あんた自分じゃ分からないかもしれませんがね、最近の俺を見る表情、結構アレですよ」
にやりとしながらも直接的な表現を避けて濁した言葉の意味はいかに。きょとんとしているとビリーにだけ聞こえるようにこっそりと囁かれる。
「――俺のこといじめたくてたまんねえって感じのエロい顔してます」
今にも食われちまいそう。ライトの濡れた舌が挑発の意志を持って唇の上をすべった。