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    ひまわり

    @hima_wari_kd

    勝デク相手左右固定民。ハピエン厨
    たまにボツ作品とか妄想とか置かせて頂く予定です!

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    ひまわり

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    ドルパロ💥🥦
    ダラダラと長くなっちゃって挫折したので供養。
    ものすっごい途中で終わってます。

    #勝デク
    katsudeku

    ドルパロ💥🥦夏の暑い日だった。
    その日は猛暑日になるとテレビで気象予報士が告げていた通り、一歩外に出ただけで汗が吹き出すほどの暑さだった。
    総合商社に勤める緑谷出久は、腕まくりした腕を掲げて日差しを仰いだ。照りつける太陽に眩暈がする。
    高卒という学歴で今の会社に採用されたのは未だに奇跡だと出久は思う。営業部に配属され、会社への恩返しのつもりでがむしゃらに働いた。
    入社三年目だが、同僚も後輩も大卒だから周りはみんな年上だ。高卒なのに。そんな目で見られた時期もあった。でも出久の分析力の高さと裏表のない優しい性格に、今では出久を悪く言う者は誰もいない。

    「あっつ…」

    滴り落ちる汗を腕で拭い、商談を終えた企業を後にした。
    先程から眩暈が治らない。これは、マズイかも…
    そういえば、失敗が許されない今日の商談に緊張して朝から何も口にしていない事に今更になって気がついた。
    水分補給しないと…
    木陰にある自販機を見つけ、出久はそこへ向かって歩き出すが体がグラリと傾いた。

    あ…やば…倒れる

    スローモーションのように崩れ落ちる体。
    コンクリートの地面が目前に迫る。
    ギュッと目を瞑った出久だが、覚悟していた衝撃がいつまで経っても訪れない。
    そっと目を開けてみると、体が宙に浮いていた。

    「…え?」
    「脱水起こしかけとる。大人しくしてろ」

    視線を上げると、サングラスに帽子を目深に被った若い男の顔が見えた。
    その男に横抱き…所謂お姫様抱っこをされている事に気付いた出久はアワアワと足をバタつかせた。

    「あのっ…僕…」
    「大人しくしてろっつってんだわ。テメェのその耳は飾りか」

    サングラスを上げた男が出久を睨みつける。
    その鋭くも赤い瞳に、出久の動きが止まった。

    「…やべ…」

    男は小さく呟くと、すぐにサングラスを元に戻してその瞳を隠した。

    「人目のないとこ行くぞ」
    「すみません…眩暈が酷くて…」
    「ちゃんと水分補給しとるんか」
    「いや…その…」

    チィッと舌打ちすると、男はビルの間の日陰に出久を連れて行き、その体をそっと下ろした。

    「ここで待ってろ。スポドリ買ってくる」
    「あっ…ちょっ……行っちゃった」

    サングラスを取った顔は綺麗だったけど、ものすごく怖かった。でもものすごく良い人だ。
    出久はハァ…と小さく息を吐くと、コンクリート壁に寄りかかって頬をくっつけた。
    冷んやりと冷たくて気持ちが良い。
    すると逆の頬に更に冷たい物が押し付けられ「ぴゃっ!」と変な声が出た。

    「ンだ、その声」

    クックッと笑いながら、スポーツドリンクのペットボトルを出久に渡してきたのは先程の男だった。

    「あ…ありがとうございます」

    冷たいそれを喉に流し込むと、体の内側から浸透していくのがすぐに分かった。
    一気に飲み干す出久に、男がまた笑った。

    「リーマンか。外回りすんのに水筒とか持ってねェんかよ」
    「今日はすごく大事な商談があったので緊張して忘れちゃって…あの。本当にありがとうございました。あ、お金!飲み物の…」
    「イラネ」
    「そういう訳には…」
    「俺ももう撮影戻らねェと」
    「…撮影?もしかして、芸能界の方…ですか?」

    出久の言葉に、男は驚いた様子で肩を揺らした。
    そして帽子とサングラスを取りその素顔を出久に晒す。
    黄色味がかった髪。赤い瞳。綺麗な顔をしているのに、眉間に寄る皺が勿体無くて出久は思わず笑みを零した。

    「ごめんなさい…僕、芸能とか疎くて…あの、本当にありがとうございました。僕はもう少し休んでから行くので。僕が言うのも何ですが…暑いので体に気をつけて撮影頑張って下さい。あとこれ、やっぱりちゃんと払います」

    出久が百円玉を二枚、男の手に握らせる。
    手のひらに乗るコインに視線を落とした男はフッと口元を緩めた。

    「俺はカツキだ。YOU & Aで調べとけ。お前の名前は?」
    「…緑谷です。緑谷出久」
    「ミドリヤイズク…ふぅん…お前の連絡先教えろ」
    「な、何で?」
    「今日の礼、してもらうから」

    あっ…そう声を漏らすと、出久は名刺を取り出した。
    そこにメッセージアプリのIDを書き込むと、両手でカツキに名刺を手渡した。

    「…俺はお前の取引先かよ。まぁ良いわ。仕事終わったら連絡する」

    出久が口を開く前にカツキはその場を走り去っていってしまった。その場に残されたのは、少しだけ楽になった体と飲み干した空のペットボトル。
    そして、地面に置かれた二百円だった。

    「頑固な人だなぁ」

    二百円を拾い、財布にしまう。
    ついでにスマホでカツキが言っていた言葉を検索した。

    「えっと…ゆー…あんど…えー……カツキ…と」

    スマホが映し出した、カツキの顔。
    それはまぎれもなく、つい今まで出久を介抱してくれていた男の顔だった。

    「あ、YOU & Aでユーエーって読むんだ。アンドはどこ行っちゃったんだろ…えと?三年前に結成された人気バンドで……」

    ユーエーは上鳴電気、切島鋭児郎、瀬呂範太、爆豪勝己、四人のメンバーによるロックバンド。
    四人は高校時代の同級生で、二十歳になった今年には初の全国ツアーを予定している。
    特にメインボーカルのカツキはそのルックスと媚びない性格、ずば抜けた歌唱力で男女共に人気が高く、CMやドラマのオファーが後をたたない。だがカツキはドラマの仕事だけは絶対に受ける事はないのだといい、その理由は定かではない。

    これが、インターネットが教えてくれた情報だった。

    「実はすごく有名な人だったんだな」

    出久はスマホをしまうと、よっと立ち上がった。
    そんな人気シンガーなら、おそらく連絡は来ないだろう。連絡先を聞かれた理由は分からないが、個人情報を売るような悪い人ではない事は分かる。
    カツキの走って行った方向にもう一度お礼を言うと、出久は会社に戻るために踵を返した。



    「……本当にきた」

    会社に戻るのが遅くなったせいで残業を余儀なくされた出久は、デスクに置いたスマホを見て瞬きを繰り返した。

    ──出久。今どこだ

    設定されていないアイコン。でもカツキからだとすぐに分かった。
    返信すべきなのは分かっている。
    でも関わってはいけないと頭が警鐘を鳴らしている。
    どうしよう…どうしよう…
    悩んでいると、今度はスマホが着信を知らせる音を鳴らせた。
    ひぃっ!と出久は条件反射に出てしまい、頭を抱えた。

    「おいっ!返信くらい寄越せや!クソ出久!」
    「あ…あの…カツキさん…ですよね」
    「あぁん?他に誰がおるんじゃ」
    「すみません…あの、僕まだ仕事中でして…」
    「はよ終わらせろノロマ。テメェの会社の前で待っとる」
    「えっ!?なんで僕の会社…」
    「お前が名刺渡して来たんだろうが。頭沸いとるンか」

    仮にも有名な人がこんな一企業の前に居たらマズイのではないだろうか。
    とにかく面倒な事に巻き込まれるのは勘弁だ。
    会社に迷惑をかける訳にもいかない。
    出久は爆速で書類を片付けると急いで会社を後にした。

    カツキは本当にいた。
    変装していても分かる人には分かるのだろう。通り過ぎる人はみなカツキを振り返っている。「あれ、カツキだよね」そんなひそひそ声も聞こえてきて、出久は気付かないフリをして通り過ぎようかと本気で考えた。
    だが、カツキの方がそれを許してはくれない。
    立ち止まったままの出久に向かってズンズンと歩いてきたカツキが「よう」と笑った。

    「あれから大丈夫だったンか」
    「はい。本当にありがとうございました」
    「別に。大丈夫ならそれで良い。なら行くか」
    「えっと…どこに…?」
    「俺ン家」
    「へぁっ!?いやいや…いきなり知らない人の家に行くのはちょっと…」

    慌てて両手を横にブンブンと振る出久に、カツキはムッとしたように唇を尖らせた。マスクをしていて見えないが。

    「お前、真面目そうだから俺の事もう調べたンだろ。迂闊に街中に飲みにも行けねェんだわ。明日は土曜日だからリーマンは休みだろ。いいから付き合え」
    「でも…」
    「んだよ。礼、してくんねェの」
    「そういう訳じゃなくて…えっと…じゃあ少しだけ…」
    「っし。行くぞ」

    上手く丸め込まれた気がした。
    でも悪い人ではない事はもう分かっている。
    好きな時に好きな場所でやりたい事ができない。
    煌びやかに見えるけれど、芸能人って案外不自由で寂しいのかもしれないな。
    そんな事を思いながら、出久はカツキの大きな背中を追いかけた。

    高級そうな車に乗り込み連れて来られたのは、テレビでしか見た事のない高層マンションだった。
    オートロックのエントランスを抜け、エレベーターに乗ったカツキが押したのは最上階で。
    この時にはもう出久は帰りたくなっていた。
    そもそもこんな有名人が自分みたいな一般ピープルに簡単に自宅を明かすだろうか。
    しかも今日初めて会った、素性も知らない自分に!
    もしかして、危ないクスリを打たれるかもしれない。
    怖いオジサン達が待っていたらどうしよう…
    考えれば考えるほど、出久は緊張に体が強張ってしまう。

    ふっ…

    不意に笑い声が聞こえて、出久は顔を上げた。
    カツキが自分を見て笑いを堪えているのが見えて、思わず首を傾げる。

    「お前、考えてること口に出しすぎ。薬も打たねェし怖いオジサンもいねェから安心しろ。正真正銘、ここは俺が住んどる部屋だ」
    「えっ…声に出てた?」
    「思いっきりな」

    カッと顔が熱くなった。昔からの悪い癖だ。
    考える事に没頭するとそれが口をついて出てしまう。
    いつもブツブツ呟いてるね、なんて言われてしまう事も少なくない。
    直さなきゃ、とは思ってはいるが、学生時代からの癖はそう簡単には直らないものだ。

    ガチャリと鍵を開け、カツキが玄関を開ける。
    戸惑っていると「はよ入れ」と腕を引かれた。
    リビングに足を踏み入れた出久は、思わず「すごい」と声を漏らした。
    広い部屋。ダイニングテーブルと大きなソファ、ローテーブルを置いていてもまだ充分にスペースがある。
    出久の住む部屋が丸々二つ分は軽く入ってしまいそうだ。
    余計な物が置いてないから、更に広く感じるのかもしれない。
    家具や家電はどれもシックな色合いで纏められていて、二十歳とは思えない落ち着きのある部屋だ。
    更に寝室らしき部屋も別にあった。
    家賃、いくらなんだろう…と余計な事まで考えてしまう。
    でも──

    「広くて素敵な部屋だけど…ここに一人で住むのは寂しいかも」

    そんな小さな呟きが耳に届いたのか、カツキがバッと出久を見た。
    ハッとした出久は慌ててカツキに謝罪した。

    「ごめんなさい!余計なお世話だよね!カツキさんみたいなカッコいい人なら彼女の一人や二人いるだろうし…気に障ったなら本当にごめんなさい…」
    「…別に。それより敬語やめろや。お前、歳は」
    「あ。僕二十一歳です。カツキさんより一コ年上」
    「ならなおさら敬語はやめろ。そのキメェ呼び方も」
    「えぇ…じゃぁ、カツキくん?」
    「却下」
    「難しいなぁ」
    「飲みながら考えろ」

    ローテーブルにドンッと置かれたのは、つまみと缶ビール。本当に誰かと飲みたかっただけなんだ。
    そう思ったら、目の前の強面なアイドルが何だか可愛く見えてきた。
    ソファの下に並んで座り、缶をコツンと当てて乾杯した。


    「実はユーエーの事調べた時に、一曲ダウンロードしてみたんだよね。そしたらなんと!僕、その曲知ってました!何かのCMに使われてたよね。僕、普段あまりテレビとか見ないんだけど、たまたま付けてたテレビから聞こえてきて、すごくカッコいい曲だなって思って。でも誰のなんていう曲か分かんなかったから諦めてたんだ。まさかこんな再会が待ってるなんて思わなかったよ!」

    缶ビールを一本開けた頃には出久の頬はほんのり赤く染まっていて、そしてよく喋った。
    カツキは出久の話をただただ聞きながら、既に三本目に突入している。

    「気に入ったかよ。俺らの曲」
    「うん!曲はもちろん、カツキさんの声も好き!」
    「その呼び方、やめろっつったろ」
    「あっ…」

    慌てて口を両手で塞いだ出久は、考えを巡らせているのか静かになった。

    「かっちゃん」
    「は?」
    「カツキさんもカツキくんもだめなら、かっちゃんはどう?」

    どうせ今度は名字で攻めてくると予想していたカツキは、思いもよらない提案に目を見開いた。

    「さすがに馴れ馴れしすぎるかなぁ」
    「いや、いい。それで良い」
    「ふふ。あ、そうだ。かっちゃんに渡さなきゃいけないものがあるんだ」

    ガサゴソと部屋の隅に置いてあるリュックを漁ると、出久は勝己の手にあるものを押し付けた。

    「…お前、これ」
    「二百円。ちゃんと受け取って」
    「クソ真面目かよ。いらねェって」
    「ダ〜メ!君がすごくお金持ちなのは分かるよ。でもこういうのは…特にお金の事での貸し借りはしちゃダメだ!」

    引き下がるつもりのない出久に、勝己は小さく息を吐くと素直に二百円を受け取った。
    そんな勝己に出久が満足そうに笑う。

    「ユーエーの曲はかっちゃんが作ってるんだねぇ」
    「俺だけじゃねェよ。アイツらに意見求めればバカみてぇに色んな案が出てくンだ。四人のうち、誰が欠けてもYOU & Aは成立しねェ」
    「そっかぁ…カッコいいなぁ」

    体育座りした膝を抱え、出久はトロンとした目を細めた。

    「眠いンか、出久」
    「ん…大丈夫だよ」

    初めて会ったはずなのに、勝己といる空間はとても居心地が良い。
    不思議な感覚に飲まれないよう、出久は閉じようとする目をコシュコシュとこすった。

    「本当に年上かよ」

    呆れたような声が聞こえた次の瞬間には、目をこする手が勝己に捕まった。
    見上げると、想像していたよりも近い距離にいる勝己に息をのむ。

    「ごめん。僕そろそろ帰るよ」
    「このまま泊まれば良いだろ」
    「さすがに今日会ったばかりの人の家に泊まらせてもらう訳には…」
    「もう終電ねェけど?」

    腕時計を見ると、午前一時を回っていた。
    楽しくて時間を忘れるなんて事が本当にあるんだ…出久の中に妙な感動が生まれてしまう。

    「…だめだぁ」
    「何が」
    「眠い…」

    コロン…と出久が横になった。
    そんなトコで寝ンな!という勝己の声が遠い所で鳴り響く。スマホで聞いた歌声と普段の声のギャップに口元を緩ませた出久は、睡魔に抗う事なくゆっくりと目を閉じた。



    身体がふかふかな何かに包まれている。これは布団だ。
    肌触りのいい布団。
    あれ、僕、布団変えたっけ……

    そこで出久の意識が一気に覚醒した。
    キョロキョロと視線を泳がすと枕元に自分のスマホが置かれていて、その画面は正午を示していた。

    「嘘…だろ…」

    昨夜、途中で意識が途絶えた。
    外出先で熱中症になりかかり、それでも仕事を全て終わらせた。疲れも溜まっていたのかもしれない。
    いつ眠ってしまったのか分からないが、ベッドで寝た覚えは一切なかった。
    きっと勝己が運んでくれたのだろう。
    その勝己の姿はなく、出久はソロソロと寝室を出てリビングに顔を出すが、そこにもやはり、勝己はいない。

    ふとテーブルの上にラップのかけられた食事とメモが置かれている事に気付き、出久は目を見開いた。

    『仕事行ってくる。メシ食って待ってろ』

    この食事は出久のために用意されたものらしい。
    申し訳なさを感じながら、空腹には耐えきれず厚意に甘える事にした。
    しかし、このままここで待っている訳にはいかない。
    食事を終えてキッチンを拝借し皿を洗うと、出久は勝己のメモに返事を書いて静かに部屋を後にした。


    知らない人について行っちゃいけません!
    幼い頃に母からそう言われていたのに、成人してから初めて会った人の家にのこのこついて行った上に泊まってしまった事に今更ながら無防備だったな、と反省する。
    でも。

    「楽しかったなぁ…」

    帰りの電車の中で、ユーエーの全ての曲をダウンロードした。
    相手は人気芸能人だ。もう二度と会う事はないだろう。そう思うと、少しだけ寂しさが込み上げた。

    街中を気にして歩けば、あらゆる場所にユーエーのポスターが貼られている。
    毎日通っているはずの商店街。駅の構内。
    ポスターの中のカツキは、一緒に過ごした勝己とは別人のようだった。
    それがプロなんだろう、と思う。

    「…連絡先も消した方が良いよなぁ」

    自分のアパートに帰ってきた出久は、スマホを取り出した。いつの間にか充電が切れていたようで画面は真っ暗だ。
    充電ケーブルを差し、少し待ってから電源を入れる。
    次の瞬間、通知音がけたたましく鳴り響いた。

    「な、何?」

    画面にはメッセージと着信を告げる通知がみるみるうちに表示されていく。
    それらを確認する間もなく、着信音が鳴り響いた。

    「もしも──」
    「出久テメッ…待ってろっつったろうが!!鍵もかけずに出て行きやがって!!今どこだ!」
    「かっ…カツキ…さん」
    「はぁぁぁい?かっちゃんだろが!かっちゃんって呼べや!」

    機械越しなのに鼓膜が破れそうな勢いの勝己の怒声に、出久は思わず耳からスマホを遠ざけた。

    「鍵はごめん…でも書き置きにちゃんと書いたよ」
    「『ありがとうございました。さようなら』って何じゃ!」
    「そのままだけど…あ、ご飯すっごく美味しかった。ご馳走様でした」
    「…………」
    「あの…カツ…かっちゃん?」
    「来週金曜」
    「うん?」
    「うちに来い」

    それだけ言い残してブツッと切られたスマートフォン。
    どうやら自分は勝己に気に入られたらしい。
    そう気付いたのは、それから毎日仕事の合間に勝己からメッセージが送られてくるようになってからだった。
    何が勝己の琴線に触れたのか。
    それとも芸能界で煌びやかな世界に慣れてしまったから、地味な自分が新鮮なのだろうか。
    戸惑いはある。でも、喜んでいる自分に一番戸惑った。

    この一週間で、ユーエーの曲は全部覚えた。
    聴いてみればどの曲も心が震えた。
    小さい頃はヒーローモノに憧れて、それこそテレビっ子だった。そんな出久も高校生になった頃からバイトを始め、家計を支えるようになってから次第にテレビだとか音楽だとか、そういう物から離れて行った。
    母子家庭で育った出久だが、不自由な思いをした事がない。だが成長するにつれ、家計に余裕がない事を理解していった。
    だから、大学への進学ではなく就職を選んだ。
    ダメ元で受けた今の会社に入社できた時は母と抱き合って喜んだ。

    「…三年前に結成。僕の社会人デビューと一緒なんだよな」

    ユーエーの曲はラブソングというよりも、友情ソングや応援ソングが多かった。
    もっと早くユーエーというバンドの存在を知っていたら、入社してすぐの辛かった日々もまた違っていたかもしれない。
    今の会社に不満はない。大きな仕事も任せて貰えるようになってやり甲斐もある。それでも、たまに分からなくなる。
    自分は、何のために働いてるんだろう。
    大きな会社に入りたかった。家計を、母を助ける為に。
    だからダメ元で受けた総合商社から内定をもらった時は希望しか見えていなかった。
    今でこそ周囲は良くしてくれるが、入社した当時は本当に酷い扱いだったから。理想と現実のギャップに何度も涙が零れそうになった。


    またここに来るとは思わなかった。
    高層マンションを下から見上げ、出久は思わず苦笑を浮かべた。
    スーツ姿でエントランスにあるキーボタンに勝己の部屋番号を入力すると、すぐに自動ドアが開いた。
    少し戸惑いながら足を踏み入れる。
    勝己の部屋の前まで来ると、チャイムを押すより前に玄関のドアが開かれた。

    「ん」

    入れ、という事だろう。
    お邪魔します…そう言って玄関に足を踏み入れると、いい香りが漂っている。

    「メシ作っとった。今日は熱中症になってねェだろうな」
    「なってないよ。その節は本当にお世話になりました」

    クスクスと笑う出久を部屋に促し、勝己は玄関の鍵を閉めた。

    「かっちゃんの新しいCM見たよ。制汗剤のやつ。すごくカッコよかった!」
    「あー…ンだよ、テレビあんま見ねェっつっとったのに、やけに早ェじゃねぇか。あのCM解禁されたの昨日だろ」
    「へへ。すっかりユーエーのファンになっちゃいまして。出してる曲は全部覚えたよ!」
    「クソナードかよ」

    満更でもなさそうな笑みを浮かべると、勝己は夕食をテーブルに並べていく。
    いい香りの正体は麻婆豆腐だった。

    「辛そうだけど美味しそう!」
    「お前、辛いのいけンの?」
    「んー…人並みかな」
    「雑魚舌。そう思って辛さ控えめにしといたわ」
    「僕、カツ丼が好きだよ」
    「聞いてねェ」




    ここで挫折!!
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