百年の恋に待ち草臥れて サム・ウィンチェスターの兄に対する激情は、己のものとよく似ているとルシファーは思った。だから器としてもよく馴染む。
刺し違える覚悟でディーンはルシファーに挑んだだろうが、コルトで大天使を倒せるはずもない。指を一つ鳴らすだけで砕け散るだろうが、衣服を汚したくは無かった。首の骨を踏み潰そうと足蹴にする。彼の目に映るのは絶望というより諦めにも近い虚無感だった。可哀そうに。弟の顔をした相手に殺される最後のディーンの表情は抗う気力は既に無くなっている。
しかし、5年前のディーンが現れると、虚しさがこみ上げたルシファーの心情は一変する。一目見て先ほど首の骨を踏み潰した彼とは違う何かを感じた。一言、二言、会話をしただけだったが、ルシファーを睨みつけるその視線と頬を伝う一筋の涙に胸を焦がす想いに駆られた。これには、己の中にいるサムの感情を大きく揺さぶった。ルシファーはほくそ笑む。
(お前のディーンとはまた違った魅力を感じる)
そう囁けば、サムは最初に見せた抗いと同じように抵抗した。やめろと叫ぶサムに対し、ルシファーはうっそりと微笑んで見せる。
(可哀そうにサミ―、お前もずっとディーンに恋していたんだな)
分かるよ。と、言い放ったルシファーは再びサムを閉じ込めた。そうして、目の前に現れたディーンを指す。まだ諦めていない、鋭く真っすぐにこちらを睨む視線を受けるルシファーは高揚した。ミカエルに向けられた瞳と同じものだった。頑固で一途。そのくせ、誰よりも深く傷ついている。哀れな長男。
「お前が良い」
そう、呟いてルシファーはニヤリと笑んで「また会おう」とその場を去る。
あれから何年も何十年もあの世界のディーンを探したが、性格の悪い神がうまく隠しているせいでいまだに見つからない。世界を一つ自分のものにしたところで全く満たされず、たった一人の人間に執着する羽目になることにも怒りが沸く。こんなことなら、あの時に攫ってしまえばよかったとルシファーは苛立った。
(なぁ、サム。お前もディーンに会いたいだろ)
待ち草臥れて世界を全て壊して回りたいと駄々をこねると、己の苛立ちに反響してサムが顔を上げる。床に散りばめられたまじないの文様は彼が調べ、使いこなしたものだ。こういうことは己よりサムの方が扱うのが巧い。自身の恩寵を一滴、杯に滴り落とし呪文を唱えれば空間に一筋の入り口が開かれる。次こそは間違いない、そう言ったサムもまたディーンを諦めていない執着に揺れる瞳をルシファーに向けた。
ディーン・ウィンチェスターは他にもいる。そう確信してから次は殺さないようにしよう。
そう言ってルシファーは次元の入り口に足を踏み入れる。