5/4スパコミ新刊『キミに出会えてよかった!』葬台小説② 初夜とは。二つの意味がある。
一つ目は午後七時から九時ごろまでの間の時間のこと。初更とも云う。
そして二つ目は──結ばれたカップルが初めての夜をともに過ごすこと。褥で睦み合い、愛を初めて交わす夜のことだ。
ヴァッシュとウルフウッドは、初夜を──二つ目の意味の方を、始めようとしていた。
夜の帳が下りて、五つの月が窓から二人を照らす。窓際に立つ二人の影が宿の一室のドアにまで伸びていた。
ウルフウッドが見つめ合うのに耐えきれなくなって、ヴァッシュに尋ねる。
「ほんまに、ええんか」
「……うん」
「ほんまに、ほんまにええんか。あのおっさんに流されてやっとるんちゃうやろな」
「違うよ。ぼ、僕……君のことが好き、だから。そりゃロベルトの言うことだって気にしてはいるよ。でも、その……君とこういうことしたいって思うことって、だめ?」
小首を傾げて言うヴァッシュの肩にがしりと手を置いて、ウルフウッドは一度顔を見せないように下を向く。あまりにも、腰の中心──つまりは男の急所に効く一言だったからだ。
ヴァッシュは己が言った言葉がとても恥ずかしいものだと気づいて、月明かりでも見えるほど顔を赤くさせつつ言う。
「僕だってそれなりに生きてるよ。だからそういった知識っていうか、その、……セックス、のことだって、聞いてはいるよ」
ヴァッシュの口からセックスという言葉が出るなんて。ウルフウッドはこの場で頭から水を被りたい気分になった。こんなにふわふわで、そこらにいる美女よりも美人で、放って置けないほど守りたい存在になってしまった相手から、恥じらいながらもセックスという単語を口から出すなんて。
それに、それを今から自分たちはするのだ。
ウルフウッドは自分の年齢を知らない。身体年齢だって分からない。けれど、そういったことには敏感に反応してしまうお年頃というわけで、胸の鼓動がばっくんばっくんいっているのだってヴァッシュには知られたくないのだ。今宵、ヴァッシュの口から「初夜をしたい」と言い出してきたときだって、サングラスでバレてはいないだろうが顔に血が上ったのを覚えている。
ウルフウッドはぎゅ、とヴァッシュの肩を掴みながら言った。
「なぁ、初めて、なんか」
こんなこと聞くなんて童貞丸出しじゃないか。そうは言っても聞いてみたくてしょうがなかったのだ。
ヴァッシュは一瞬ぽかんとした顔をして、視線をずらしてから答えた。
「初めてだよ。人間とこんなことしたことないし、それに……初めてそういう意味で、好きだって思えたのは、君だけだから」
「一応聞いとくんやけどおどれの兄ちゃんとはヤってはないんやな?」
「なんでそんなこと聞くの? ナイは僕の双子の兄だよ、そんなことしないよ」
心底疑問に思っているといったような顔で言うので、ウルフウッドは心から安堵した。ついでにガッツポーズも。
「わ、分かった。そんじゃ、脱がすで」
「う、うん……」
ヴァッシュの赤い外套を左右に開いて、床に落とす。黒のタートルネックの上からでもヴァッシュの身体つきはとても良いことが分かる。ごくりと喉を鳴らしてウルフウッドはヴァッシュのタートルネックを下から捲り上げて脱がせてやった。
知ってはいたが。ヴァッシュの上半身は傷だらけだった。
それはすべて人間につけられたものだということも、ウルフウッドは知っていた。だから、傷を一つ一つ指でやさしく触れていった。
どうか癒されますように、と祈りながら。
「くすぐったいよ、ふふ」
「これも愛撫ってやつや。大人しくしとれ」
「……君に見せるのも二度目だけど、もう驚かないんだね」
ウルフウッドは傷から視線をヴァッシュの目に戻して言った。
「驚かん。むしろもっと見てたいわ」
「物好きだね」
ふ、とヴァッシュは微笑む。
その傷が癒やされるように祈っているのは間違いないのだが、それと同時に劣情が沸き起こっているのも事実。だがそんなことを初夜のこの夜に言うなんてことは野暮であろう。
この傷だらけの身体にしたのが全部自分だったらいいのに、だなんて。
(言われへんがな、そないなこと)
そう思いながら、ウルフウッドは一度傷に触れるのをやめてヴァッシュの顎に手を添えた。
「好きや」
いつぞやのように気持ちを伝えて、ヴァッシュの唇にキスを落とす。月の光が重なる二人を照らした。
唇を重ねるだけのキスはそれだけで二人の心を満たして、互いに恥ずかしげに笑う。ヴァッシュは「ふふ」と笑い、ウルフウッドはごほんと咳をして笑みを隠そうとする。そんな違いにも愛しさが溢れてきて、二人の間に『この人と交わりたい』という思いが強まった。
ウルフウッドがヴァッシュのベルトに手を伸ばしてかちゃかちゃと音を立てるので、ヴァッシュは慌てた。
「ちょっと、流石にここじゃまずいよ」
ここは窓辺である。誰が見ていてもおかしくない。
「い……今更言ってもしゃーないやろ。チュウまでしたんやし」
「そういうことじゃなくて! べ、ベッド、行こうよ」
「せ、せやな」
早急すぎたか、とウルフウッドは反省する。なにせセックスをするのも、そういった目的で人の服を脱がすのも初めてだからだ。孤児院で年下の子どもたちの服を脱がすのとは全く違うのである。
二人してベッドに腰掛けて、顔を背ける。そして同時にちらりと互いを見て、また口づけをした。
「ん……っ」
(な、な、なんやその声は!)
ぞくり、と何かがウルフウッドの腰を駆け抜ける。ヴァッシュのそんな声は初めて聞いたのだ。その声を出させたのは自分だと理解するのに時間がかかったせいで、突然唇を離してしまったウルフウッドに「どうしたの」とヴァッシュに言わせてしまった。
「なんでもあらへん。続き、行くで」
「う、うん」
ウルフウッドはゆっくりとヴァッシュを寝台に倒そうとして──倒そうとして、何らかの抵抗にあっていることに気づく。ヴァッシュだ。
「なんのつもりや」
「え、えぇっと、その。男同士でする知識はあるって言ったよね。ねぇ、僕がその、下なの?」
「は? 当たり前やろ」
そ、そっか、とヴァッシュはしどろもどろになりながら頭を掻く。逆にウルフウッドは尋ねたくなった。
「おどれ、もしかして自分が上やと思うてたんか? その顔で?」
「その顔でってなにさ! いや、別に上だと思ってたとか、そういうんじゃなくて……その、確認っていうか。こういうのって大事でしょ?」
「大事やから言うで。ワイがおどれを抱く」
「……ッ!」
ぶわわ、とヴァッシュの顔が瞬く間に真っ赤になった。
いざ自分が捕食される側だと認識するとヴァッシュは頭の中がぐるぐると回り出してしまった。
(僕、ウルフウッドに、だ、抱かれるんだ! あんなことやそんなこと、されちゃうんだ!)
昔、ブラドに聞かされたことがある。女はこういう風に抱くのだと。懇切丁寧に、やさしく、もうやめてって言われるくらいやさしく触れてやってようやく本番なのだと。だからウルフウッドにそれをこれからされるのだと分かった瞬間、ヴァッシュは珍しい赤いワムズのように真っ赤になってしまったのだ。
「なんや、怖気付いたか。もう逃さへんで」
「い、いや、怖いっていうか、その」
あわわ、と慌てているうちにいつの間にかウルフウッドによって寝台に寝かされてしまって。
上に上がってきたウルフウッドが、黒のサングラスを外して。
低い声でこう囁いた。
「うんと優しくしたる。おどれがちゃんと気持ちいいって言うまでやめへん。けどほんまに痛かったらやめる。ワイはおどれを、大切に……したいから」
そんな心からやさしいことを、初めての相手に顔を赤くしながら言われてしまったら。
もう、もう。
ヴァッシュは、堪えきれなかった。
「わっ、まぶしっ! トンガリまた光っとるで!」
「え、え、えぇっ⁉︎」
ヴァッシュが自分の身体を見ると、プラントのインディペンデンツである証拠の模様が淡く浮かび上がっていて、それがどんどん強まって光っていくのが見えた。きっと顔にも浮かび上がっているのだろう、もう月明かりよりもその光は明るくなっていた。
「なんとかして止められへんのか、その光!」
「わっ分かんないよ! どうしよう!」
がばりと起き上がって光る模様を消そうと両手で触れるが全く薄れる気配がない。むしろ強まるばかりだ。
「もう発光体やんか……」
もはやヴァッシュは光に包まれてしまっていて、顔形や傷までも見えなくなっていた。
どうしよう、と云うどんよりとした空気になってしまって、二人して意気消沈してベッドに横になって腰掛ける。
「どうしよう……」
発光しながらヴァッシュが心底困った声で言う。
「ワイに聞くなや……」
ウルフウッドが半目でヴァッシュを見る。眩しすぎるためだ。
もうムードもへったくれで。
せっかくの初夜は、残念ながら失敗に終わってしまったのだった。
続く
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