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    cantabile_mori

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    新刊その2『ウルフウッド講習!』

    ウルフウッド講習!ウルフウッド講習!


     凄まじく、暑かった。
     ニコラス・D・ウルフウッドは決して置いてけぼりにされたわけではない。そう、そうに決まっているのだ。
    「踏ん張れぇ、ワイ……もう少しの辛抱や……」
     じりじりとウルフウッドの黒のスーツを焼く熱波が、彼の体力を減らしていく。そしてそんな彼の耳に彼女──メリルという新人記者の言葉がリフレインした。
    『いいですかウルフウッドさん、ここの休憩所がバド・ラド団に襲われてはいけません。私たち旅をする者たちにとっての生命線なのですから。だから、一人で守ってください!』
     同乗者でありガンマンである人間台風、ヴァッシュ・ザ・スタンピードもまた残ろうとしたが、同じくメリル、そして記者の先輩であるロベルトが乗っている車もまたここら一帯のバド・ラド団に追われていた。そのためメリルたちの護衛という名目でヴァッシュは車に乗り、ウルフウッドは休憩所に残る形となったのだった。
    「バド・ラド団めぇ……今夜はトンガリと今度こそベッドで一緒なる思うてたんに、こんなんまた野宿になるやないか」
     ウルフウッドは一人毒づく。
     そう、ヴァッシュとウルフウッドはそういう仲、にある。なったのはついこの間だが。
     しかし問題があった。どうしてもウルフウッドが奥手になってしまうのである。
    (なんでいつもワイは男らしく、こう、リードできへんのや! いつもなんやかんやでトンガリがリードしはる。なんか小っ恥ずかしくなってしもて何もできなくなるんや)
     くっ、と悔しそうに歯を食いしばるウルフウッド。
     どうして初心で奥手になってしまうのか。それは単純に人生経験が少ないのと、精神年齢的に思春期から抜け出せていないということ、そして本命の好いた相手が愛おしすぎて手も足も出なくなってしまうためだ。何度も男らしくリードしようと試みたが、ことごとく失敗してしまっている。一体どうしたものか。
     じりじりとウルフウッドの頭を茹でる日射は彼の悩みをも熱を持たせていく。
    (くそ、くそ、どないしたら漢になれるんや……!)
     髪をぐしゃりと掴む。いつ襲ってくるか分からないバド・ラド団、それに漢になるための方法。どちらもウルフウッドの頭を悩ませていた。
     と、そこへ。
     パサリ、と砂の混じった風と共に、一枚の白いチラシがウルフウッドの脚に絡み付いた。
    「なんや、チラシ?」
     ここらで見られるチラシというものは粗悪品で茶色く文字も掠れていることが多い。しかし、ウルフウッドが手に取ったチラシは真新しい紙で出来ていて、そしてシンプルに──疑問を胸に沸き立てさせた。
     そう、そこに書かれていたものは。
    「『ウルフウッド講習』?」
     自身のファミリーネームが使われた講習の案内のようだった。なぜ、『ウルフウッド』なのか見当もつかない。
    「これを受ければもれなくおどれも『ウルフウッド』や……? なんやこの冗談みたいな文言は」
     ふん、とそのチラシを投げ捨てようとしたところで、一言、ウルフウッドの目に留まるものがあった。
    「『漢になりたくないか』……?」
     ウルフウッドは目をパチクリとする。まさに今欲しいものであったからだ。ごくりと喉が鳴る。
    「なりたい……なりたいに、決まっとるやろ!」
     ニコラス・D・ウルフウッドが灼熱の中叫んだ瞬間。
     周りが、一変した。
    「……⁉︎」
     まず気温が変わった。あのじりじりと焼いていた熱射がなくなり今まで感じ取ったっこともないあたたかな春の風というものをウルフウッドの頬を撫でる。
    (なんや、これは!)
     そして目の前に広がる──綺麗な大部屋が並ぶ光景。ウルフウッドは、その部屋に通じる廊下に立ち尽くしていた。いったい何が起こっているのか分からなかったからだ。見たことのない場所。誰かの見せる幻覚かと思って頬を抓ってみるが痛みがあったため夢ではないと分かった。
     周りを見渡すウルフウッドが頭の中でいくつものハテナマークを浮かび上がらせていると──部屋の一室からコツコツ、という靴音が聞こえてきた。
     ガララ、と横にドアが開く音。現れたのは──
    「──ワイ?」
    「お、生徒のお出ましか。待っとったで」
     ウルフウッドそっくりの男が、煙草を咥えて腕組みをしてドアにもたれかかったのだ。
     いいや、よく見ればそっくりとは言えない。オーラが違う。その広い肩幅から感じ取れる漢気は凄まじいものだし、白いシャツはガバリと前が開かれている。靴だって良いものを履いているようで、とにかくウルフウッドとは雲泥の差があった。漢、という点では。
    「待っとったってなんや。それにおどれ……ワイと、なんや。似てるっちゅーか」
    「んなもんどうだってエエやろ。此処ではなんでもあってなんでもない、そんなところなんやから考えたってしゃーない」
     そう言って男はウルフウッドの咥えていた煙草をひょいと取り上げた。
    「ここではセンセーって呼んでもらうからな。煙草もアカンで」
    「急になんや、煙草だって安くないんやで!」
    「ンなもん知っとるわ。でも此処ではワイに従ってもらう。漢になりたかったら、な」
     怪しい、自分に似た男に言われてしまいぐっと詰まるウルフウッド。確かになりたいと言ったのは事実だ。こんな自分の知らない場所にいきなり迷い込んでしまった手前、ここは従っておいた方が良いだろう。そう判断した。
     ウルフウッドは男に問いかける。
    「帰る方法はあるんか? おどれは何もんや」
    「方法はある。けど講習受けにゃ帰れんなァ。ワイのことはセンセーって呼べ言うたやろ」
     ドン、とドアを軽く叩く男──いや、センセーと呼べと言った講師は、親指で部屋の中を指してこう言った。
    「はよ講習やるで。『ウルフウッド講習』をな」
     こうして、漢の模範とも言うべき講師とウルフウッドの奇妙な講習が始まったのだった。





    以上、冒頭でした!
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