しにたがりの話「お前は違う」
　同じ顔、同じ声、同じ背丈。少女の首を絞めながら、はっきり告げる。
「お前は違う、あの子じゃない。あの子は死んだんだ」
　もがき苦しむ少女の首を絞め上げながら、叫ぶ。力の込められた手は細く、このままでは首と共に折れてしまうのではないかとさえ思わせた。
「私の知らないところで、私が知らない場所で、あすかは死んだの、私を置いて逝ったの。貴女はいつもそう、私の事をおいて先に行ってしまう。なんでも私より出来て、だから飛び級して先に高校生になって」
　少女の顔が歪む。　
「私信じられなかったの、貴女が死んだって聞かされて、でも遺体は戻ってこなくて。貴女と離れて一年も経ってなかった、早く帰ってきてほしくて仕方なかった、なのに」
　ぐっと力を込めれば、口からは空気の漏れる音がする。
「でも不思議ね、私、貴女が死んでから心に穴が空いたの。埋まらないの。貴女が死んだときに、私の感情も抜け落ちたみたい、前みたいに笑えなくなった。……貴女が死んだときに、私も死んでしまったの。本当に死んでしまえたらよかった」
　雫が落ちる。嗚咽が聞こえる。ミシ、と何かが軋むような音がする。
「……あすか、私の双子の妹。あすかがいない世界なんてなんの意味もないの。ましてや偽者なんて、私の幻想なんて、そんなの赦せない。お前は違う。あすかは死んだんだ、お前はあすかじゃない、お前ごときがあの子を騙るな」
　呼吸が浅くなって、聞こえなくなるその瞬間に、
「私、早くあすかのところに逝きたい」
　空鷺あさぎすずかはそう呟いて、目を覚ました。

「厄介な向日葵ですこと。妹の幻覚ゆめだなんて」
　時同じくして、神しんの幻術から脱出した空鷺いぶきは、自身の手にしがみついている種を壊しながら溜め息をついた。
　空鷺あすかは、優秀な妹だった。頭も良く、十三歳の時に五社へ入学し、その冬に死亡したと聞かされた。
　遺体は戻ってこなかった。
　あの時から、すぐ下の妹のすずかは感情を無くしてしまった。自身の片割れを失ったショックは、いぶきにはわからない。それでも、心が痛んだ。
　その翌年入学したいぶきは、五社の実態と妹の死の真相を知る。あすかは、神しんに襲われて死んだのだと。その時共にいた詠手の教師も死亡しており、舞手の教師は生存していた。
　赦せなかった。
　妹を殺した神が赦せなかった。妹を助けられなかった教師が赦せなかった。神を狩りきれていない舞手が赦せなかった。
　──詠手であるが故に、妹の仇を打てない自分を、赦すことができなかった。
　八つ当たりであることを、いぶきは自覚している。それでも、一度灯った憎悪の炎というのは、簡単に消えることはない。
　憎かった。赦せなかった。憎んで恨んで殺したくて堪らないほどの怒りの炎が彼女の心身を焦がしていた。この炎はきっと生涯燃え続けるだろう。
「私のような女は、きっとここで死ぬべきね。こんな状態で外に戻るなんて出来ないもの」
　そう思い続けていたのに、卒業まであと半年のところまで来てしまった。もし生き延びてしまったら、八八にでも就職して、八つ当たりみたいに神擬を殺そうか、なんて考えてしまう。
　すずかの頭を撫でる。この子は片割れの死を自覚しているから、手助けは要らないと考えていたが、当たっていたようだ。
(すずかが目を覚ましたら、とっとと離れましょう。すずかがどう思っていても、この悪趣味な神とは戦いたくないもの)
　メンタルに良くないですしね、といぶきは溢す。
　異様に高い向日葵だけが、姉妹を見つめていた。