7 いい ヒュンケル×アバン「その、セックスする相手に『いい』と言ってもらうには、どうしたらいいのだろう」
そう切り出されて魔界の名工、凄腕の剣士でもあるロンベルクは言葉を失った。
そもそも、パプニカには愛弟子であるノヴァが初めて人様に渡してもいいだろう、及第点な武器を届けに来ただけで、新しい武器の使い手であるヒュンケルには、使用方法だけを伝えて帰るつもりだった。
なのに、もっと深い話がしたいと目の前の男に切り出され、酒場へ繰り出そう、うん、ノヴァにはまだ早いから宿屋で待っていなさい、と。決して「幻と言われた30年物のパプニカウイスキーがボトルキープしてあるんだが」という言葉に釣られたわけでは……ない。
「何故、オレに話を振る?」
「いつも女どもを侍らしていただろう」
「あれはバーンが勝手に寄越した女魔族だが、だからと言って彼女らと枕を共にしたかのように言うのは」
「しなかったのか」
「……時と場合による」
オレも若い頃は血気にはやっていたし、彼女らとのやり取りは危うい火遊びのようで楽しんだ時期もある。
おそらく、目の前の男が相手している相手は、女魔族達のような「遊び」ではないだろう。快楽から得られる生命エネルギーを糧とする彼女らと同一で語るのはどうだろうと言うと、かつて剣豪と呼ばれた男は分かりやすい程に肩を落とし、自信がないのだと情けないことを口にする。
「一番に反応する場所を責めれば息は荒くなり、身を捩って短い喘ぎ声を零し、ついには涙を浮かべてオレの肩を強く抱くのだが」
「いい、とは言わないのか」
常にクールに斜めに構える男だが、根は真面目なこくりと頷いて頭を抱えた……これは、余程、相手にのめり込んでいるのだな。
「事が終わって、気持ちが良かったか聞くと確かに『良かったですよ』とは言って頭を撫でてくれるのだが……まるで、剣術が上手く出来た時の褒め言葉のようで」
「うむ。ちょっと教師の様だな」
「オレは! 我を忘れるほどの快楽の中で漏れる言葉が聞きたい!」
ドンっとヒュンケルは手にしたグラスをテーブルに叩きつけると、中に揺蕩っていた琥珀色の液体は四方八方へと飛び散る。
「……己だけが満足しても空しいもんだ。相手がオレの手管で快楽にのめり込み、我を忘れて赤裸々な言葉を吐く瞬間程、気持ちいいものはない。この女はオレのものなのだと、征服欲で一杯になり、オレの色で染め抜くのだと奮い立つ瞬間が心臓を走らせ、脳を焼くのだ」
「……オレに出来るだろうか」
「不死身の二つ名を冠した男が何を言う! その無尽蔵な体力、生真面目過ぎるほどの探求心があれば、どんな女だろうと堕ちるに決まっている!」
いい加減、オレもいい具合に酒が回っているなと薄ら笑いながらグラスを傾けると、目の前の男が心底不思議そうな顔付で眉を顰めた。
「……さっきから引っ掛かっているのだが、オレの相手は女性ではないぞ?」
その言葉に、オレは危うく手にしたグラスを落としそうになった。女ではない、ということは、あれか、男か。
「やはり、無理か?」
しょんぼりとする姿が普段のギャップを相まって、救ってやりたいという気持ちを加速させるのは仕方がない事だろう!
「オレに任せろ! この魔界の名工、性技の魔術師と言われたオレの不可能はない。人間の体と言うのは女性をベースに作られているのだ。つまりは、女が感じる部分は男も感じる理屈だ!」
「我が師と呼んでいいか!?」
「武器づくりの弟子はノヴァだが、性技に関しての弟子はお前だ! ヒュンケル!」
それからオレはヒュンケルの両肩を思い切り叩き、引き寄せて、あれやこれやとテクニックを伝授し、一言一句、聞き洩らさないように耳を傾けていたヒュンケルは、目を輝かせて強くこぶしを握ると、「行ってくる」と言い放って椅子から立ち上がると、疾風のように酒場から消えていく。
ふと、気付けば酒場の客は自分一人。
琥珀色の酒をグラスの中で揺蕩わせ、口を付ければスッキリとして奥深い木の香りが口の中で広がったが、先程よりも随分と苦い様に感じて、オレは溜息と吐きながら頬杖をついた。
「――明日から酒は控えるか」
ヒュンケルの相手へと胸の中で両手を合わせて謝罪の言葉を並べ、そうして、オレは可愛い弟子のいる宿へ帰る為に重い腰を上げた。