ドッペルゲンガーは××ない 己とそっくりな人間がいるのがなんとも不思議だとディノ・アルバーニはまず思った。目の前にいるのはディノと瓜二つの顔立ちで同じ髪型。しかし目を丸くして瞬きを繰り返しているディノ自身とは違い、苛立ちを隠そうとしないまま不貞腐れた表情をしている。そしてディノはベッドの上で腰かけカーテンを開き、手足は拘束されたまま椅子に座らされているのだ。鏡では無い事は直ぐに分かる。
ノヴァの研究室のベッドの上で目を覚ましたディノは、視界に入り込んだ安堵の表情を浮かべるキースに肩を押されてベッドへ逆戻り。「そこから動くんじゃねぇぞ!」と言葉を残してカーテンの向こう側へと消えていったキースにはてなマークを頭上に出しながら起き上がり、現状に至る。
幼い頃の記憶を持っていない故、本当は双子で生き別れの弟が見つかったのか。なんてありえそうな可能性をディノが頭の中で思い浮かべていると、この部屋の家主であるノヴァと一緒に話をしていたキースが戻ってきた。
「ディノくん体の方は大丈夫?」
「は、はい。特に体の方は……」
「……」
呼びかけられて反応を示したのはディノだけ。この状態に理解は追いついていなかったが、何かあった時に一番信頼のできる人物の登場は安堵させられる。ほっと胸をなで下ろし、中途半端に固まっていた体を動かしてベッドへと座り直す。ディノのそっくりさんの近くにはいかない方が良いとディノは無意識の内に判断していた。そんなそっくりさんは興味が無さそうな表情や体勢から何一つ変わっていなかった。
「……ディノ」
「キース、どうしてこんな状況に?」
ノヴァをキースが呼んできてくれたことは分かった。それでもディノには分からないことばかり。なんで医務室ではなくこの研究室なのか、目の前にいるのは誰なのか、なぜこの人物は手足を拘束されているのか。
「それは俺から説明するよ。その前に一つ確認。ディノくん、どうしてここで目を覚ましたのか理由は分かるかい?」
「いいえ、何も」
記憶をたどってみようとも上手くいかず、頭の中はまるで壊れたテレビのように砂嵐が吹き荒れている。ディノは目の前にいる人物達について、そっくりさん以外の知識はあるというのに最後の記憶が一体いつの、何時間前のものなのかというのが分からない。そのことに気がついてはことの重大性をようやく認知したディノは血の気が引いて行くのを感じた。
真っ青になっていくディノに反してノヴァとキース、それにディノのそっくりさんは至って冷静だった。やっぱりな、と言いたそうに顔を見合せて頷いたノヴァとキースはディノと改めて向き合う。真剣かその瞳に思わずディノは座り直して口が開かれるのを待った。
「……まずディノくんは騒動を起こしたサブスタンスの影響で倒れてしまってここに運ばれてきたんだよ。特に問題は無いように見えたんだけれど、いつの間にか彼がいてね」
ノヴァの視線がディノのそっくりさんへと向けられる。
「突然のことにそりゃあ驚かされたよ。ディノくんに双子の兄弟がいたのか~ってね」
「あはは、俺も思いました」
「でもまぁ、そんな訳はないからね。眠っている間に検査もさせてもらって、異常な点はディノくんが保持しているサブスタンスに対する数値のみ」
「……まってください、サブスタンスが異常って」
「うん。正確には本来ある数値が半分になっていた。そして先に目を覚ました彼も検査をして、言葉を交わしてみるとディノくんと全く同じ結果だというのに違う記憶を持っていたんだ」
淡々と喋るノヴァの言葉にディノの心の内側は妙にザワついていく。静かなこの部屋の空気がより重たく感じられる。そっくりさんの眉間の間にある皺が増えていくのを目にしていると「俺ってこんな表情も出来るんだなぁ」と他人事のようにディノは思う。それも向けられる言葉からの現実逃避をしているのだとどこかで理解していた。
「彼は正真正銘のディノくんであり、ディノくんではない。分裂してしまったような形ではあるんだけど……ゼロ、と呼んでいた彼と言うのにピッタリだったんだ」