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    yoruru_xx

    @yoruru_xx

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    yoruru_xx

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    8月新刊の進捗と尻叩き。
    名前のある無害なモブあり。
    警i察パロ、プロローグはこっち
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19808818

    #冬彰
    dongChang/Touya Akito

    8月新刊 警視庁管轄、シブヤ署。
     煌びやかな喧騒から一歩外れてしまえば景色を変えるそこは、厄介者達の街とされている。
     曰く、終わりの街。
     曰く、死が交差するセカイ。
     あまりいい言われではない街を横目に抜けた先、スクランブル交差点とは正反対に位置するシブヤ署は、そんな街を取り締まる嫌われ者の集まりだ。
    「あ、いたいた東雲!」
    「んあ?」
     一階の、受付横。自販機からコーヒー牛乳のパックを手に取ったところで、どこからか名前を呼ばれているような気がした。気の抜けるような声を出しつつそちらを見れば、軽く手を振りながら警察学校時代の同期だと話していた生活安全課の屋島が近づいてくる。
    「おう、どうした……さっき生活安全課、出てったように見えたけど」
    「おー、最近誘拐未遂や不審者情報が多いから……じゃなくて」
     無理やり話を切り替えるように、屋島は顔をしかめていた。
    「お前また課長がお怒りだぞ、勝手に外行くなって。今度はなにやったんだよ」
    「んな事言われても……」
     しょせん、お飾り部署だろ。
     皮肉を込めた言葉は屋島に言っても意味がないからと、無理やり飲み込んでしまう。その代わりと言わんばかりに深くわざとらしい溜息を零しながら、手に持っていた紙パックを屋島へ押し付けた。
    「うお、どうしたいきなり」
    「やる、どうせ今から飲む時間もなさそうだし」
     戻ったところで、待っているのは説教だから。
     後ろからなにか声が聞こえた気はしたが目は向けず、そのまま黒い靴跡がつけられた廊下を歩いて行く。署の受付を横目に、階段の方へ。上ではなく地下の方へ下っていき、申し訳なさそうに点けられた灯りに従い一本道を進んだ。夏も目の前の頃だと言うのに、ひんやりとしているのは陽が入らないからかもしれない。
    「別に捜査権取られてるわけじゃないし、外くらいはいいだろ……」
     猫かぶりをしていない素の言葉を吐き出しながら、あくびを一回。
     山積みになった段ボール達を抜けながら薄く灯りの漏れるドアの前に立ち、躊躇なく手をかけた。
     特務課、と書かれたその紙はドアにテープで貼り付けられている。
     ギギ、と若干耳障りなそれを聞きながらドアを開けると、錆びついた音の先から誰かの話し声が聞こえてくる。聞き慣れた片方の声は普段よりどこか固く、その違和感につい顔をしかめながら数段ある階段を降りた。
    「――戻りました、課長」
    「あ、東雲お前聞いたぞ! また勝手に動いたらしいな!」
    「商店街の八百屋さんから窃盗事件をどうにかしてほしいって言われたんで……今後気をつけます」
    「お前は気をつけると言ってそうした事ないだろっ、はぁ、この件はまた後でな」
    「……?」
     いつもはここから長めの説教が始まるはずなのに、今日の課長はなんだか大人しい。見ているこっちも調子が狂うと思っていると、視界の端でなにかが動いたように見えた。
    「あぁ東雲巡査部長、午前中ぶりだな」
     夜空を固めたようなツートンと、月のような双眸。
     今日一日の中で嫌でも忘れられないその存在に、喉の奥から引きつった声が漏れる。
    「げっ、お前三階の……!」
    「猫かぶりが取れてしまっているぞ」
     柔らかく笑ったそいつは、なぜだか嬉しそうにオレの事を見ていた。
    「猫かぶりって、処世術だ」
    「そうか、そうだな」
     クスクス笑ったその顔はあまりに綺麗で、つい魅入ってしまう。
     間違いない、こいつはあの三階の自販機前で会った奴だ。あの時と同じ夜空を揺らしながら、オレの顔を嬉しそうに覗き込んでくる。
    「改めて、警視庁公安一課の青柳冬弥だ」
    「……シブヤ署特務課、東雲彰人。キャリア様がなんだってうちに?」
    「まだ階級は言っていないはずだが……名刺を見てくれたんだな、嬉しいよ」
     その言葉に嘘はないようで、そんな反応をされてしまうと調子が狂ってしまう。
     どんな顔をすればいいのかと考えていると、横から少し低めの咳払いが聞こえてきた。目だけを向ければ、課長がなにかを言いたそうにしている。
    「青柳警部はこれから先の警察を背負う御方だ、今回は強いご希望によりシブヤ署の特務課へ出向いただいた」
    「いや、なんだってうちに」
    「それは……東雲巡査部長のお話を聞いてね」
    「オレ?」
     いかにも胡散臭いと、そう思ってしまった。オレの噂がろくでもないって事くらい、オレが一番知っているから。だからあからさまに顔をしかめて見せると、くいと服を引っ張られたような気がした。
    「東雲、ちょっと」
     なにかと思いながら課長の言われるままにすると、そっと耳元に顔を近づけられる。
    「青柳警部は表向き事件捜査での出向となっている……いかに公安の方と言えど一人での単独行動をさせるわけにはいかない」
    「……それで、まさかとは思いますけどその単独行動をしないように見ろと?」
    「察しがよくて助かるよ」
     ニコニコと笑った課長とは裏腹に、オレは猫をかぶるのも忘れてあからさまなほど顔に感情を出していた。
    「嫌ですね、なんでオレがキャリアの子守をしなきゃいけないんですか」
    「そこをなんとか、東雲頼むよ」
     ぐっと服を掴まれてしまうと、逃げる事ができない。
     より声を潜めたと思うと、実はな、と課長は言葉を続ける。
    「青柳警部は、あの青柳春道警視正の御子息でいらっしゃる……ここでいい顔をしておけば、後々署としても都合がいいんだよ。わかってくれ」
    「いや、それはっ」
     今は関係ない話だろ。
     思った言葉は、喉元まで出たところでつい飲み込んでしまった。
     課長に対しての機嫌取りではない。それより先、視線の向こうにあった渦中の奴が見えたから。会話が聞こえてしまったのかそいつの不快そうな、悲しそうなその顔が見えたから。
    「っ……」
     なんだよ、その顔は。
     お前だって一端の警察官だろ。そんな顔に出してしまってどうする、犯人に舐められるだろ。
     色々言いたい言葉は全部飲み込んで、肩を落とす。そんな顔をされて、そのままにしておけるほど感情までなくしたとかではないから。
     課長の手と横をすり抜けて、渦中のそいつの方へ行く。突然の事でなにが起きているかわからないと言った顔のそれにニヤリと笑ってやれば、そのまま無防備だって手首を掴んでやった。
    「面倒見るだけってのは御免ですからね」
    「わ、し、東雲巡査部長っ」
    「東雲巡査部長じゃなくて彰人、ほら行くぞ」
     そのまま掴んだ手を軽く引っ張り、ドアの方へ数段の階段を上がった。転ばないか少し心配で目を向けると、どこか驚いた表情を貼り付けている。そりゃまぁ、突然ほぼ初対面の奴に手を引かれたらそうなるかもしれないな。
    「あ、おい東雲、どこ行く!」
    「安心してください、課長に迷惑はかけませんので」
    「そういう問題では、おい東雲!」
     課長の声を聞きながらドアを閉めると、オレとこいつの足音だけが廊下に響く。
    「えっと、東雲巡査部長」
    「だから彰人だ、少しの間だけどそんな他人行儀だとつまんねぇだろ」
     少しでも、その固い顔を崩してやろうと思った言葉だった。
     ただそれだけのつもりだった言葉をこいつはどう思ったのか、嬉しそうに頬を緩めている。
    「あぁ、よろしく頼む――彰人」
     心の底から、なにかを確かめるような声だった。
     聞いているこっちの方が恥ずかしくなるそれについ目を逸らして、受付に続く階段の前で立ち止まる。手を離しながら顔を向けてやると、そいつ――冬弥は不思議そうにオレの顔を見てきた。
    「彰人?」
    「……いや、あんさ」
     いきなり歩いてきたから、若干呼吸が浅い。
     隠すように少しだけ落ち着かせて、オレはじっと目の前にある夜空を見返してやる。
    「お前、顔に出すのやめた方がいいぞ」
    「それ、は……」
     なにかに、驚いた様子だった。
     目を丸くしながら、喉を動かして。
     言いたげなその顔はあからさまなほどに緩んでいて、理由がわからずオレの方が顔をしかめてしまう。
    「んだよ、なにか文句でもあるか」
    「あ、いや、そうではなく……そんなに顔に出ていたのかと思って」
    「は?」
     なにを言っているんだ、隠す気ないだろ。
     そう思ったまではよかったがこいつは冗談を言っているわけではないみたいで、首を横に振りながら言葉を続けてくる。
    「感情を表に出すのが得意ではない自覚はある、よくなにを考えているかわからないとも言われた」
    「まぁ、確かに、そうだけど……完全にわからないってほどではないだろ、むしろ、わかりやすいとオレは思う」
     オレだって会ったばかりだ、もちろん少しはわかりにくいとは思う。けど、だからと言ってすべてがそうではない。むしろ、じっと見ていればすぐにわかると思う。深い意味はなくそんな理由である言葉を返すと、なにかを考えるように一瞬だけ唸った冬弥はそうなのか、と言葉を続ける。
    「彰人にとって、俺はわかりやすいのか……そうか」
     どうしてか嬉しそうに、なにかを懐かしむように目を細めている。
     あぁやっぱり嘘だ、こいつの表情はわかりにくい。だって、今こいつがなにを考えているのかがちっともわからないから。
    「っ……」
     変わった奴だと、そう思った。
     キャリアの癖に威張らず、むしろ謙虚に笑っている。それが逆にオレからすると不思議に思えて、それなのにどうしても放っておく事もできず感情がぐちゃぐちゃになる。なんだこいつ、何者だ。答えの見えない言葉を飲み込んで、オレは考えるのをやめた。そのまま階段を上がっていくと、冬弥も雛鳥のようにオレの後ろをついてくる。
    「どこかに行くなら、一緒に行ってもいいだろうか?」
    「いいけど、そんな面白れぇもんはないぞ」
    「あぁ、構わない」
     嬉しそうなその顔を見てしまうと、なにも言えない。
     言葉をぐっと飲み込みながら力なく首を振り受付の前を通り抜けると、少し後ろを歩いていた冬弥がオレの横に並んできた。
    「それで、どこに向かっているんだ?」
    「んー、どこだろうな」
    「え……?」
     オレの言葉に目をまるくしたそいつは、あからさまなほど驚いているようだった。
     それが面白くて、ついオレの方が頬を緩めてしまう。
    「嘘だって、青柳警部殿はシブヤにくるの初めてか?」
    「その呼び方はあまり……くるのは、初めてではない」
    「ふはっ、冗談だ。じゃあ、冬弥には簡単な案内だけでいいな」
     若干不機嫌そうなそいつを茶化すように笑いながら、そのまま手をさっきと同じように掴み外へ連れ出す。
     署の外は少しだけ風が冷たく、つい目を細めた。冷たくてオレを優しく刺していくそれは、目覚ましの気付け薬にも思えた。寝てねぇよ、起きている。
     深く息を吐きながら、そのまま門をくぐってセンター街の方へ歩いて行く。そっと握っていた手を離せば、冬弥はオレの横で肩を並べてきた。
    「駅の方へ行くのか?」
    「まぁな、パトロールってやつ」
    「そういったのは……駅前の交番が管轄だと思うが」
    「いいんだよオレは、どうせ暇だし」
     捜査権はほどほどにあるのにこれでは、身体も鈍ってしまう。
     どちらかと言えば身体を動かしたいからという理由でもあるそれに足取りを軽くすると、隣を歩いていた冬弥が目を細めながらなぁ、と言葉を続けてきた。
    「ところで彰人、特務課とはなにを担当している部署になるんだ? パトロールは適当な理由だろう?」
    「……お前、そんな事も知らずにきたのか?」
    「あぁ、だが捜査官一人に対して考えれば目まぐるしい検挙率だ。なにをしているのか、どういった取り組みをしているのか公安としてもかなり興味を持っている者は少なくない」
     だからこうして俺がきたんだと笑った冬弥の顔は、なぜだか寂しそうだった。
    「検挙率っつっても、単独行動だから勝手に動けるだけの話だがな」
     そんな褒められた事ではないし、むしろ警察官としては団体行動ができていないと注意を受けてもおかしくない話だ。
     足は止めずに、肩を落とす。どこから話せばいいかと言われれば、間違いなく最初からだ。
    「特務課はなにもやってねぇよ、あそこはシブヤ署の墓場だ」
    「はか、ば?」
    「あぁ、後は辞めるしかねぇような、そんな最底辺」
     他人事のように笑ったけど、こいつはどうやらオレの言葉を真に受けている。悲しそうな、怒っているような表情を貼り付けたのを見て、こいつもこんな顔をするんだなと考えた。
    「元々はなにかの事件をきっかけに設置された特別捜査室らしいんだが、その事件が解決してからは使用用途もなし……気づいたら体のいい左遷先になっているってわけだ。捜査権自体はそのままだがやる事もほとんどない、たまに雑務や街の相談を聞くって感じだな」
     窓際雑務の、お飾り部署。
     それがオレの配属された、特務課の存在だ。
     そこまで考えて、オレは小さく首を横に振る。
    「と言っても、オレの場合は一時預かりらしいけど……」
    「一時預かり?」
     かなり小さい声で言ったつもりだったそれは、冬弥の耳には届いてしまったらしい。本当に小さかったはずなのに、ずいぶんと耳がいい奴だなと思った。
    「一時預かりとはなんだ? 彰人が組対から異動した事と関係しているのか?」
    「んだよ、知ってんのかよ」
    「あぁ、もちろん」
     優しく頬を緩めた冬弥は、それ以上なにも言わない。
     オレからの言葉を待っている様子で、ただじっとこちらを見ていた。
    「あー……それは、その」
     つい、わけもなく立ち止まってしまう。
     少し先から聞こえる歌はこの街ならではのもので、それがなんだか嬉しくてつい目を細めた。
    「――オレ、重要参考人なんだ」
     世間話のように、言葉を零す。遠くに聞こえる、歌のように。
     一瞬だけ冬弥の顔が強張ったように思えたけど、触れずに言葉を続けていく。
    「とは言っても犯罪者じゃなくて、犯人の顔を見ているらしいんだ……」
    「それ、は……」
    「けど、使い物にはならねぇ……記憶がないんだ」
     ヘラリと笑いながら言ったつもりだったけど、その表情すら嘘ではない。だって、本当に記憶がないから。ないものに対して悲しいとかの感情は沸かないから、ついこの手の話をする時は笑ってしまうのが悪い癖だった。
     どこから説明をするのがいいか、わからない。
     お世辞にもできがよくない頭をぐるぐると回して言葉を選んでいると、彰人、とオレではなく冬弥の声が聞こえた。
    「――知っている」
     神妙な表情を貼り付けた冬弥は、小さな声で言葉を紡ぐ。外なのを配慮してかささやくように小さい、けれどもオレだけにははっきり聞こえるような声で。
    「シブヤ署組対二課と三課での薬物摘発合同捜査、あそこで一人巡査部長が何者かに襲われて療養を余儀なくされているとは聞いた……その事件は公安も目に付けていた部分があったからな」
    「へぇ、じゃあ説明が楽だな。その療養中の巡査部長がオレってわけ。表向きの話だけどな」
    「……シブヤ署は、療養中の警察官が現場復帰しているのを隠匿したと言うのか?」
    「そんな大げさな話じゃないから、安心しろ」
     多分だけど、冬弥はどこか心配症な部分があるのだと思う。言葉は鋭くともその顔は不安げなものを貼り付けていて、まるで言葉と感情がちぐはぐな状態だ。
    「元気でピンピンしている上に犯人の顔を見てんだ、現場復帰が妥当だったり保護下に置くべきとか本人置いて上層部が好き勝手話しやがってさ……」
     記憶がなくとも、いつ犯人の事を思い出すかわからない。そしてそれは、他でもない犯人に狙われる可能性がある事に繋がる。
    「それでオレは組対の現場を離れて療養中……実際は保護の目的で特務課預かりになったってわけだ。記憶がなくても警察としての知識や生活については忘れてないから、こんな事しなくてもいいんだけどな」
     へらりと笑ってやると、冬弥の表情に陰が差したのがわかる。
    「その、辛い話をさせてすまなかった」
    「別に辛くねぇよ、記憶がないんだしそんな事もわかんねぇだろ」
     オレの記憶がないからと言って、それに対してオレ自身がなにかを感じるほどでもない。だって、なにか忘れたくない事があったのかすらもオレは覚えていないから。
    「オレの話はこんな感じだな……次は冬弥の番だ」
    「……俺のと、言うと?」
    「――シブヤ署にきた理由、いったいなんだってんだ?」
     ぴくりと、冬弥の肩が揺れる。
     あからさまに触れてほしくないのか、その表情は少しだけ重たく見える。
    「……本当に、彰人の思っているような事は」
    「だったらなんで、うちなんだよ。出向なら他だってあるし、お前ほどなら刑事課だって受け入れてくれたはずだ」
     ほんの少し挑発するように目を細めて、冬弥をじっと見つめた。
     ちょっとは動揺するかと思ったがそうはならず、冬弥は涼しい顔を貼り付けたまま。月の双眸から目線を離さず、冬弥、と名前を呼ぶ。
    「で、本当の目的はなんだってんだ?」
     もう一度、確かめるように言葉を投げた。
    「本当の目的なんて――本当に俺は、特務課の検挙率を見て興味を持っただけだ」
    「ふうん……」
     言葉の裏には、きっとなにかがある。それはわかっているのに、その真剣な表情を見てしまうとなにも言う事ができなかった。公安一課は、警視庁はなにかを調べようとしている。そう思えてならないそいつの行動に、オレはつい言葉を飲み込んだ。今ここで聞いたら、きっと警戒されてしまう。
     今はこれ以上踏み込んではいけないと判断すると、そうか、とだけ言葉を返した。
     少しわざとらしいとは自分でも思ったが、聞く権利だってオレにはないから。そんなオレの意図を汲んだのか、それとも別の事を考えているのか。少しだけ寂しそうに頷いた冬弥は、話をわざと変えるように彰人、とオレの名前を呼んでくる。
    「ここは、ビビッドストリートか」
    「なんだ、知ってんのか」
    「あぁ、もちろん……この街には、よくくるのか? やけに足取りが軽いように見えた」
    「よくくるかって言ったら、まぁくる方だな……」
     記憶にはないはずなのに自然と向く足は、きっとだけどオレの身体が覚えているのだろう。ここに初めてきた時はよく声をかけられたし、そのたびに記憶がないと説明していたのは最近の話だ。
     そんな話をするとなぜか嬉しそうに笑った冬弥はぐるりと周りを見る。なにかを確かめるように頷くと、またオレの名前を呼んできた。
    「とてもいい街だな、ここは」
     そう言われると、オレもちょっとだけ嬉しかった。
     けど、それは一瞬だけの話。
     確かにここには、オレの知らないオレが生きた記憶が眠っている。それを伝えても変わらず接してくれる、街の人は申し訳ないくらいに暖かいし、不思議とオレもそれが嬉しかった。
    けど、だからと言って誰かがオレを教えてくれるわけではない。
     今いるオレと、街の人がオレを通して見ているダレカ。それを見るたびに、オレはこの距離に一線が引かれていると感じてしまう。
    「……それに、そこまでいい街ってわけでもない」
     自分の声のはずなのに、ずいぶん暗い声音だなと他人事を考えてしまう。
     ビビッドストリートは表裏一体、表があれば裏もある。
     煌びやかで若者に人気な通りから一歩離れれば、そこは暴力団関係や裏稼業が暗躍するセカイだ。まるで一つの村のようで、きた者を観察し受け入れる化け物のような街。
     けど、そんな街でもオレにとってはきっと居場所だから。
     記憶がなくとも向かう足はどこか軽やかで、なにかを求めているような気がした。だからオレは、この街にくる。この街に育てられた、この街に受け入れられた気になれるから。
    「たとえここが、どんな場所でも……」
     こんな街だ、公安がどんな考えできたかなんて知らないし末端の警察官は知ってどうこうする話でもない。ただこの街にオレがいたいから、今立っている。そんな事を考えているとなんだか少し虚しくなって、目を伏せた時だった。
    「……ん?」
     冬弥が、なにかに反応するように顔を上げた。
     じっとストリートの方を見て、黙ったまま。
    「――今、怒鳴り声が聞こえた気がした」
    「怒鳴り声なんて……」
     少なくとも、オレはなにも聞こえなかったけど。
     そんな曖昧な言葉は、つい飲み込んでしまった。さっきのこいつとのやり取りから、おそらく耳は相当いいはずだ。なら、こいつが聞いた怒鳴り声は聞き間違いではないかもしれない。
     静かに喉を鳴らしながら、目を細める。冬弥が言う声のする先へ目を向けながら呼吸を整えて、深く息を吐く。
    「……お前はここにいろ」
    「なんだ、俺では隣に立つのは力不足か?」
    「……そういう意味じゃねぇって」
     今のが嫌味ではなく純粋な言葉だって事は、なんとなくわかる。けど、そういう問題ではない。小さく首を横に振りながらオレは言葉をなんとか選んだ。
    「――一応こっちは本庁のキャリアを預かっている身だ、下手に危険な目に合わせたら怒られるのはオレと課長……だからお前は、ここにいろ」
    「安心してほしい、本庁でも俺は公安の人間だからな……荒事なら慣れている」
    「いや、そういう意味では言っていないんだが……」
     だめだこいつ、呑気に見えるけど案外頑固な性格らしい。
     どうしたものかと、正直お手上げだった。オレだってこいつの事をとやかく言える立場ではないし、多分オレがこいつだったとしても同じ事を言っているはずだ。
    「……ひとまず、オレが状況を見てくるから動くな」
     無理やり押し切って、冬弥が目を向けた方へ向かう。
     角を二つ曲がった先、耳を澄ますと確かに争うような声がしてつくづく冬弥の耳には感心をする。同時に顔をしかめながら路地を覗き込むと、数人の男が呂律の回っていない言葉でなにかを言い合っている。殴り合いもしているようで、この状況を放置するわけにはいかない。
     それに、その事よりも。
    「……様子が、おかしい」
     普通の目ではないとは、すぐにわかった。
     据わっているそれは正常ではなく、オレは薬物対策を専門にしていないから詳しくはわからなくても、その手の奴であるのは容易に想像できてしまう。あぁこれは――薬物使用者だ。
     首を横に振り、前を見る。ここで猫かぶりをしている暇は、どこにもなかった。
     「――おい、そこでなにをしている」
     少しだけ威圧的に、腹の底から出した声が路地に反響する。
     そんなオレの言葉に反応したのか目の前の男達は手を止め、ゆっくりとオレの方へ顔を向けてきた。湿った視線はオレを絡め取りながら、捉えて離そうとしなかった。息をする事すら忘れそうな異様なそれに、一瞬だが言葉を失う。
    「っ……おい、聞いてんのか」
     絞り出すように喉から出た声は、酷く小さかった。
     ゆっくり、一歩ずつ。警戒は緩めずに近づくと、その内の一人が身体を揺らした。そのまま助走なく出された拳は、オレを迷う事なく狙っている。
    「うお、危ねぇ!」
     飛んできた拳をなんとか避けて、呼吸を整えた。
     これが合図になったのか、その場にあった目が一斉にオレの方を向き襲いかかってくる。多分だけど、見境はなさそうだ。動作だって隙が多いし、褒められた動きではない。それなのに、躊躇いも一切なく。身体が乗っ取られた人形だと、そんな印象を持ってしまう。
    「クソッ……!」
     地面を蹴り上げながら、悪態をついた。
     意思すら疎通できるのか曖昧だったが、今この状況をなんとかしなければいけない。まずは最初に目の前にいた奴の胸倉を掴み上げて、そのまま遠心力で持ち上げる。一本背負いの容量で投げ捨てた先にいた相手も一緒に吹っ飛ばして、同時に二人を片付けた。
     けど、それで終わるような人数ではない。
     くぼんだ双眸はどれもオレを見たままで、躊躇なく距離を詰めてきた。
    「なんだよ、こいつら……!」
     普通薬物とかで判断能力がなくても、こんなに攻撃的にはならないだろ!
     錯乱状態なのかと思えばそうではなく、ただオレを襲う事を命じられているようで。それがずいぶんと気味が悪く目を逸らした瞬間、隙を見せてしまったようで地を這うような唸り声が聞こえる。
     オレを捕えようと伸びてきた複数の手を避けて、肺から息を吐き出す。そのまま一気に蹴りを入れて行くと、統制は取れていないようで勝手に自分達でぶつかっては倒れていくのが見えた。
    「あと一人――ってうわ!?」
     なにか目の前で光るものが横切った気がして、咄嗟に避ける。鈍く輝いたそれは果物ナイフのようで、震える手でオレの方へ向けられていた。
    「……武器でもなんでもいいが、お前の罪が増えるだけだぞ」
    「…………」
     テンプレートな言葉を投げてみたが、反応はなかった。
     特務課は本来雑用だ、拳銃はおろか警棒だって携帯は許可されていない。そんな丸腰で、反応のないそいつをどうするか。
     活路はなく、嫌な汗が背中を流れた時だった。
    「彰人!」
     叩きつけるような音と、鋭い声が聞こえる。
     なにが起きたのかわからず目を丸くすると、目の前にいたはずの男が横に飛んでいくのが見えた。男のいた場所に立っていたのはあの夜空のようなツートンを揺らす冬弥で、オレの顔を見るなり今にも泣き出しそうな表情でオレに近づいてくる。そのまま肩を掴んできたと思うと、上から下まで心配そうに観察した後で顔を覗き込んでくる。
    「怪我は、ないみたいだな……本当に、よかった」
    「バカ、こんな事で怪我するかよ」
    「そうか、ならいいのだが……」
    「……それよりお前、くるなって」
    「彰人が帰ってこないから心配だったんだ」
     その表情は本当に心配をしていたようで、その上どこか怒りの色すら見えている。なんでオレが怒られてんだよ、おかしいだろ。
     顔にわざとらしく出してもこいつはそこまで気にしていないようで、それよりもオレを見て安心しているように感じる。
    「それで、さっきのは……」
    「あぁ、それなんだが……」
     なんと説明するべきか悩み、目が泳いだ。
     我ながらあからさまだったかもしれないと思うと案の定冬弥も気づいた様子で、首をかしげながら床に倒れる男達を見た。驚いたのか、その表情は少し強張っているようにも思えた。
    「多分こいつら、薬物使用者だ……一応取り押さえたけど危ないから近づくな、っておい、冬弥っ」
     オレの言葉が終わる前に手を離し、そのままさっき冬弥が吹っ飛ばした男の方へ近づいていく。よく見るとそいつは微かに意識が残っていたみたいで、うわごとを呟いているようだ。
    「冬弥、まだ危ねぇ」
    「おい」
     低い、どこまでも地を這うような声が聞こえてくる。
     それが冬弥の声だと理解するには、少しだけ時間がかかった。
    「どの薬物をやった、答えろ」
    「とう、や?」
     有無を言わせないような、そんな声。
     それに反応するように瞼を持ち上げた男は目の前にいる冬弥――ではなく、なぜかオレの方を一点に見ながら小さく口を動かそうとしていた。声自体は近くにいないと聞こえないだろう、それくらいに小さいもの。そのはずなのに、はっきりと聞こえてきた気がして。

    「――ディー、ヴァ」

    「っ!」
     瞬間、冬弥の顔色が変わった。
     胸ぐらを勢いよく掴むと、そのまま男に構わず前後へ力の限り揺らし始める。
    「それをどこで、なぜお前がディーヴァを知っている! なぜ――お前は生きている!」
    「おい冬弥、落ち着け!」
     さっきまでオレに向けていたような優しい声は微塵もない、別人のような声。なにかに食いつくようなその声は必死になにかを探しているようで、オレも一瞬どうすればいいのか判断に悩んでしまった。
    「うた……戻した」
    「歌がなにを戻したんだ、答えろ!」
    「いい加減やめろ冬弥! もうそいつの意識ねぇから!」
    「っ……」
     そいつはぐったりした様子で、なにも言わなくなってしまう。
     それを確認した冬弥は途端に興味をなくしたようで深く、深く息を吐きながら手を離す。そこにはもう、あの豹変した別人のような冬弥はいなかった。
    「……すまない、取り乱してしまった」
     なにかを思い出すように、必死に呼吸を繰り返す冬弥の瞳はどこまでも冷たく思えた。どこか遠くを見ているような、そんな冷たさ。
    「…………」
     悔しそうに唇を噛みしめている冬弥は、小さく首を横に振ると涼しい顔を貼り付けながらこちらへ顔を向けてくる。冷たい、どこまでも冷たくて、息をするのも忘れてしまう。
    「冬弥、お前はいったい――」
     オレの言葉に、こいつは薄い笑顔を貼り付けるだけでなにも教えてくれない。
     静まり返った路地で、遠くの喧騒だけが他人事のように聞こえている。

     思えば、これが始まりだった。
     あの自販機での事も、こいつとの出会いも。
     全部最初から用意されていたならば、スタートラインはまさしくこの時だ。

     これがあの、青柳冬弥との改めての出会い。
     長い一週間の始まりだという事は、まだ誰も知らない。
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