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    リャマ

    @llama100

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    リャマ

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    そのうち父水になるハッピー帰宅SS(奥さんと水木が銀座でお茶をして一緒にお家に帰る話)(ゲゲ郎が出てこねえ)
    昨日映画見てきて、脳みそが爆発したので、まだ爆風が吹いているうちに書いておきます

    「水木さんって、あたしの旦那様とイイ仲なの?」
     銀座のパーラーのど真ん中で、クリームソーダを吹きかけるところだった。

     思わず空気と一緒に飲みくだしたせいで、しばらくおかしな咳が止まらず、周囲の客にジロリと睨みをきかせられた。
     にも関わらず、目の前の垢抜けた人妻ときたら、キャタキャタと悪びれずに笑うばかり。本当に。幽霊族ときたら、どいつもこいつも。水木は頭を抱えたが、それでもこの美女をピシャリと怒鳴りつけるような気にはどうしてもなれないのである。
     水木だって、彼女が笑っているだけで、奇跡と幸福を感じずにはいられない。
     だから多少のことは大目に見る。見たい。見ようと思っている。……が。
    「奥さん。本当。そういうこと。よそで吹聴していないでしょうね?」
    「あ。それ。いいわね。奥さんって。水木さんに言われると。なんか。イケナイ関係みたい」
    「い〜わ〜こ〜、さんッ」
    「やだ、水木さんこわぁい!」
     怖がっている女の声ではないのだ。
     珈琲を片手に大口を開けて豪快に笑う岩子さんは、一般的に言って「はしたない」と言われるような振る舞いに違いない。だが不思議とその所作には気品が滲み出ていて、周りの人間を微笑ましくさせるような愛嬌があった。
     要するに、このパーラーで悪目立ちしているのは水木だけだった。
     やってられん。
     仕事帰りに、岩子さんに掴まったのが運の尽きである。あたしとデートしましょうよ、クリームソーダ奢ってあげる。なんて言葉に釣られたのがいけない。まったく。水木にも学習能力がないのである。同じようなことをこれで四回やっている。そのたび、この美女にいいようにもてあそばれている。
     水木は特大の長いため息をついてグラスをかき混ぜた。
    「あのね。岩子さん。ただでさえ俺、最近ゲゲ郎に睨まれてるんです。この上おかしなことが耳に入ったら、どうなると思います?」
    「アラそうなの。睨んでるのは水木さんの方かと思ってた。こないだ掃除中に、あなたの背広を一着ドロに落としてだめにしたから」
    「どうも一着見つからねえと思った、あの野郎〜〜〜ッ」
    「アッハッハ、どうして睨まれてるわけ?」
    「同僚方に、俺とあなたが夫婦だと思われてるからですッ」
    「まっ!」
     両手を合わせて面白がる岩子さんに、水木の危機感など一寸たりとも理解できるはずはなかった。
     素晴らしく文化の味たるクリームソーダを一気に半分吸い上げてから、水木はぐったりと天を仰いだ。
    「笑い事じゃないですよ。あいつ、火のないところに煙は立たないって、俺が何か疑われるような真似をしているに違いないって難癖つけてくるんですよ。しかもあの馬鹿力で絡んでくる。理不尽極まりないじゃないですか」
    「あたしたちが一緒に帰るところでも見られたの?」
    「近所に住んでる同僚に、同じ家に帰るところを見られた」
    「それは仕方がないわねえ! その同僚さんの解釈、まっとうですこと!」
     笑うところではないのだが。
     しかしまったく岩子さんの言う通りである。血縁でない男女が同じ家に帰宅して、それで夫婦でなかったら、なるほど冷静になってみればそっちの方がまっとうでない。
     まっとうでないような同居生活であった。夫婦に子ひとりの家庭に、独身男は普通転がりこまない。
    「いつの間にあんな美人な嫁さんもらったんだって。会社で噂が一人歩きだ。それを聞きつけたゲゲ郎が、相棒だと思っておったのに裏切り者だのなんだのって、びいびい泣きながら」
    「それ絶対、半分面白がってるわね?」
    「半分本気なんですよッ」
    「でも水木さんイイ男だから仕方がないわ。あたしも同僚に、この前パーラーで一緒だったちょっと影のある男前、あれが旦那かいって騒がれて。気分がいいったら」
    「………………そっちでもそんな話が出てるからかよ〜〜」
     水木は耐えきれずテーブルに突っ伏した。
     なるほど。水木の同僚の話をちょっと漏れ聞いたぐらいであの泣き喚きっぷり、いくらなんでもガキみてえなことしやがると思ったが。奥さんの会社ですでに同じ事例があったなら、まあ、たしかに、拗ねたくなる気持ちもわからんでもない。水木にとってはいい迷惑極まりない。こ。この幽霊夫婦。
     岩子さんの方もそれを面白がって、また水木をパーラーに連れてきたわけだ。さすがに水木がむくりと顔を起こして睨みつければ、「キャア怖い」とやはり子持ちの女とは思えぬ無邪気な仕草で笑って、それからふっと真顔になって水木を指差す。
     なんだよ。
    「でも結局そういうことよ。なんでも色恋の話に結びつけられちゃうのは、水木さんがセクシーな男前で独り身だからなの」
    「……褒められてるんだか、けなされてるんだか……」
    「もちろん褒めてるわけ! でもそれだから、あたしが仕事中に水木さんと旦那様が真っ昼間からおうちでくんずほぐれつって」
    「ウワアアアーーーーッ‼︎」
     水木が悲鳴を上げるのとほとんど同時に、周囲のテーブルからもガタガタと椅子を揺らす音やグラスの破壊音が相次いだ。
     なん。なんだ。みんな聞き耳立ててたんじゃないだろうな。というか。それどころではない。
    「どこの! 話ですかそれはッ!」
    「近所の奥さんたちの井戸端会議。あ。大丈夫よ。これ悪いウワサじゃなくって。みんなあなたたちのこと気に入ってて。でもあたしが女だてらにお外で働いてるから、ちょっとその間に勝手されてるんじゃないのって心配されただけで」
    「どこをどう切り取っても悪いウワサでしょうがッ! な、な、なんッ、というか、だからッ、あなたが働いてる時は俺も働いているッ!」
    「わお。その通り。思うに、あの人も家事が得意でないから、バタバタと不器用に掃除をしたり、ドロに背広を落としたりのどんちゃん騒ぎを聞きつけて、奥さんたちの想像の翼が羽ばたいたのだと思うわけ」
    「もう家に帰れねぇ……」
    「帰るのよォ! あたしたち追い出されちゃうんだから!」
     彼女がそう笑う背後から、なるほど、パーラーの警備員がぬっと姿を現して。

     広いホールに、野次馬の無責任な笑い声が響いている。

       *

     首根っこ掴まれて銀座からつまみ出された他人が二人、連れ立って帰路につく。

    「それで。どうして奥さん、そんなろくでもない噂がそんなに嬉しいんです?」
    「あ。やだ。嬉しいの、わかっちゃう?」
     頬に手を当てて恥ずかしがる仕草は、大変にかわいらしかったが、その内実、旦那とその友人のケッタイな不倫疑惑を喜んでいるわけである。あろうことか、ちょっと広めたがっているフシさえある。変態だぞ。
     水木は岩子さんから少し離れて、夕空に向かって煙を吐き出す。
    「幽霊族って、わっかんねえ〜〜」
    「説明したげよっか」
    「俺にも理解できそうな説明ですか、それ?」
     まったく期待していない。だって水木なら、自分に奥さんがいたとして、……いや……絶対同じ状況にはなりようがないので……やっぱ、わっかんねえ〜〜。
     女ってのは難しい。特にこの美女は人でなし。二回にいっぺんは水木の想像を超えてくるところがある。
    「理解してほしいなって思ってるわよ」
     そういう奥さんや相棒に振り回されていると、最近、人生がキラキラして仕方ないので。
    「それなら一応、聞かないわけにもいかねえや」
     どうせなんでも許してしまう。
     やったあ、と飛び跳ねる岩子さんを、すれ違う通行人が微笑ましく見送っている。そうだろ。かわいいだろ。だからさ。二度と彼らを傷つけるなよ。人間ども。そう思う。
     岩子さんの声は、はしゃぐ少女のようだった。
    「あたし、世界でいっちばん鬼太郎がかわいくって」
    「存じてます」
    「世界でいっちばん旦那様が格好良くって」
    「ハァ。存じてますとも……」
    「人間の中でいっちばん、水木さんがかわいくって仕方ないわけ」
    「ハァ、……………………それは存じ上げませんでした」
     惚気話から一転。それは。不意打ちすぎるというか。
     やっぱり、絶対わかってないと思ってた! と笑う声。
     目の前の都会的な美女が自分に向ける眼差しときたら、バアチャンが実家に帰ってきた孫を見るような、慈愛に満ちたものであって。
     こんなものを向けられたら、水木も否定や反論の余地がない。
     その上、同じようなことを、水木だって岩子さんに対して思っていたところだった。
    「おかしな人間に引っかかって、不幸になったりしたらたまらないの。あたしたちのかわいい水木さんだから」

     俺だって。
     二度とあんたらに、おかしな人間に捕まってほしくねえよ。

    「幸せになってほしいの。あたしの旦那様なら絶対に、水木さんのこともあたしのことも幸せにできるから。みんなで一緒に暮らしていたいの。みんなで幸せでいたいのよ」

     この女がどれだけの地獄を耐え抜いたかを知っている。
     自分の脳裏に焼きついた悪夢ですら生ぬるいと思うほどの地獄をこの目で見た。
     人間にあれほどの仕打ちを受けた彼女が、その一員である自分に笑いかけて、一緒に幸せになってほしいと健気に願うのだ。
     その中身がだいぶズレていようとも、無碍にできようはずがなかった。
     水木だって同じだ。
     彼女らに、間違いなく、幸せになってほしいと思っていた。

    「…………いやでもそれは別にゲゲ郎とそういう仲になる必要ないですよね」
    「あッ。冷静にならないでよ。今押し切れそうだと思ったのにッ」
    「いい話の空気出すから騙されそうになった! いいじゃないですか別に現状維持で! 俺、あんないわくつきの事件に巻き込まれて、めでたく見事ないわくつき物件だ。どうせ嫁さんの来るようなはずがないんですよ。お邪魔じゃなけりゃ、一生一緒に暮らしますとも。心配のしすぎです」
    「でもでも。さっきも言ったじゃない。あなたセクシーな男前だから。どこで惚れられるかわかったもんじゃないし。でもね、内縁だろうと、結婚は先着順だから。確保できるなって」
    「せめてそういう時、ゲゲ郎じゃなくて岩子さんが、自分と付き合おうとか言いません いや絶対断りますけどね! 本当に殺されるから!」
    「その通り! 旦那様、あたしが二股かけたら怒髪天だけど、あたしは旦那様に二股かけてもらうの大歓迎だから。ね。あなたと旦那様がイイ仲で。完璧な計画でしょ」
    「やっぱ、幽霊族、わっかんねえ〜〜」
     岩子さんの、完璧で綻びだらけの家族計画が、まだまだ楽しげに語られていく。
     幸福が、夕空に広がっていく。
     ゲゲ郎と水木がどうこうってのは、本当、理解不能だが。それ以外の部分は概ね同意だった。やがて鬼太郎が成長して。学校に通い始めて。みんなで運動会を見に行って。金を貯めたら帝国ホテルのディナーに行って。
    「いいんじゃないですか」
    「いいわよね。じゃあ、帰ったら、旦那様と」
    「そのようなことはいたしません」
    「あ〜〜〜ッ」
    「でも、幸せになるのは、いいんじゃないですか」
     きょとんとしてから、また腕を上げて飛び跳ねる美女の姿が、東京の風に揺れている。
     水木も、彼らと一緒にいて、ようやく思えたんだ。

     幸せになるのもいいんじゃないかって。
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