こぼれた音色 音が聞こえた。それは小さな音だったけど、確かに。
いつもは周りに迷惑をかけないようにと絶対スピーカーで曲を流さないそーちゃんだけど、きっと今、寮に誰もいないからって油断してる。俺帰ってきてるのに、ただいまの声にも気づかないくらい熱中して。
階段を上がって、自分の部屋に帰る。その間もそーちゃんの音は小さく聞こえてて、だから俺は、部屋のドアをそおっと開けた。小さな小さな音。もしかして逆に、ヘッドフォンから音漏れしてるんじゃないか。いや、そんな爆音にするならいっそスピーカーで聞いたほうがいい。耳壊れんじゃん。
俺の部屋の、隣のそーちゃんの部屋。そっち側にくっついて、俺は音を拾った。知らない曲だ。まだ生まれてもいない欠片だけの音たちが、そーちゃんの部屋の中で踊ってる。嫌いじゃなかった。
これ、IDOLiSH7の歌かな。MEZZO"の歌かな。フレーズごと耳に届く音を、俺は頭の中で流す。場所はライブの、ステージの上。
頭の中に浮かべるのはまず俺と、そーちゃん。どうしようかな、まずはIDOLiSH7で想像してみよ。みんなを浮かべて、曲に合わせてリズムを取る。頭の中の人形を踊らせて、次に聞くときには全然違うフレーズだったりちょっと変わっただけのフレーズだったりするから、こんがらがってぶつかることもある。ワープだってする。
そうなってぐちゃぐちゃになったとき、一旦みんなにはステージ脇に避けてもらうことにした。次は、MEZZO"の番な。
頭ん中の俺とそーちゃんは少しだけ距離を取ってそれぞれ踊る。少し高いメロはそーちゃん。少し低いメロは俺。どっちでもないとこは二人かな。それぞれ振り付けると、鳴らされる音の都合上やっぱりワープするけど、なんとなくしっくり来た。ああ、これMEZZO"の曲なんだって。
そーちゃんが作る七人の歌と二人の歌は作る音が違う。少しだけ、そーちゃんの趣味ってより一般的?なポップスなのがみんなで歌う歌。メロの難しさなんて知るか!これが作りたいんだ!って歌うやつのことあんまり考えてねーのが二人の歌。俺はそれが好きだった。そーちゃんの色がある、そーちゃんの歌が。
何回も混ざりあった音は、少しずつフレーズが長くなってく。つながればそれは、七人でも歌えそうで、結局どっちだかわからなくなる。難しそうに聞こえたメロも、だんだんと和らいでく。
不意に、答えが知りたくなった。これは誰が歌うんだろう。振りとか、歌詞とか、パート分けとか。自分が歌うのは間違いない、それを確信しながら、俺は部屋を出て、そーちゃんの部屋のドアをノックした。少し、大きめに。
「そーちゃん」
ついでに声もかければ、今まで聞こえてた音はなくなって、代わりに慌てたようにドアが開いた。ほんのりピンク色のほっぺは、まさか聞かれてると思ってない顔だ。
「ご、ごめん。うるさかったかな」
「そーじゃねー。それにそーちゃん、その前に言うことあるだろ」
俺が言うと、今度は目がパチクリと瞬きした。きっとなんのことかわかってない。これを粘ってもきっと答えは出ないだろうから、俺はすぐに答えをやる。
「ただいま、そーちゃん」
「あ……、おかえり、環くん」
にこって可愛く笑ったそーちゃんは、俺を部屋に入れてくれた。廊下じゃ、ぎゅってできないから。
仲間で、好き同士。お互いどっちのほうがいっぱい好きか、たまに喧嘩するくらいには好き同士で、なにもなければ一緒にいるくらいには、ずっと一緒にいる。だからそーちゃんが曲を作ってても関係なくて、喋ったり触り合ったりしなくてもそばにいるんだ。
だけど今日は、生まれたての音を聞いてたくて、すぐには来なかった。それを言ってやれば、恥ずかしそうに目をそらしたけど。
「さっきの曲、」
「まだ未完成だよ……」
「誰の曲?」
すぐにぎゅってするのはやめたから、俺はベッドに、そーちゃんは椅子に座る。それから聞けば、パソコンに差してあった線を抜いて、別の線を差した。それから流れる、生まれたての音。
「どうしようかな、って思って、今迷走中」
「ほーん……」
流れる音は、つながってる。さっき聞いた断片的でワープするやつは、直してる最中だったってこと。ちゃんと一曲通しでははできてて、きっと七人でも二人でも、どっちでも歌いたい曲なんだなって。
欲張り。昔のそーちゃんじゃ考えられないくらい贅沢な悩みだ。俺はふと、思う。贅沢はできるうちにしたほうがいい。やりたいことなんだから、どんどんやればいい。俺はそーちゃんのそれを、応援したいんだから。
「全部作ればいいよ」
「……は?」
「いっそ全ユニット分と、七人分と、四パターン作ればいいじゃん。で、みんなに聞いてもらう。みんなで決めよ」
「あのねえ……、いや、でも」
きっと頭ではそんな余裕ないとか、一個じゃないととか、考えてる。そんなわけない。やりたいことやればいいだけだ。それがあるんだから、諦めるなんてもったいない。できるんだ、そーちゃんは。
「……やってみようかな」
「ん」
その紫の目には光が灯る。キラキラ輝いてああでもないこうでもないと独り言を言い始める。そしてそのまま、スピーカーの状態で曲をこね始めたから、俺はそーちゃんのベッドに寝転がって、ステージの上のみんなを動かし始める。みんなだって、きっとそーちゃんの曲で踊りたい。それは間違いないから。
大好きな人が好きなことをしてる。それを、こうやって眺められる俺はなんて幸せなんだろう。俺も、やりたいこと見つけたい。そんでそーちゃんに見ててもらいたい。今はまだなにもないけど、いつか。
この曲が世界中に届く頃には、きっと。