オフシーズンの空白
黒板の横にカレンダーが貼ってある。立ち止まる仁の隣から新もカレンダーを見上げた。そろそろ冬休みが近い。
仁が眺めているカレンダーは委員会の予定が書き込まれるものだ。文化祭が終わった今、使用されることはない。埋まらない空白。代わりに依頼が待っている。依頼という名の雑用が。文化祭実行委員の仕事は主に雑用だ。文化祭週間だけの委員会ではなく、他の委員会と同様に1年間活動している。オフシーズンは、教師・生徒関係なく入った依頼をこなすことになる。
「クリスマスイブに一緒に過ごしてほしいって依頼されたんだけど」
気掛かりなことでもあるのか、仁の口調は普段より遠慮がちだ。合コンに参加したり遊びに行ったり、女子からの依頼が多いのはいつものことなのに、何を悩んでいるのか。新は首をひねる。
「バイトの方が忙しいか」
「いや、そーじゃなくて……お前なら受ける?」
口ごもる。個人宛ての依頼なんて仁くらいで、新を含め、他の委員たちにはほとんど来ない。依頼は組を作ってやるものだ。
「楽しそうでいいんじゃないか」と口に出す。
「でもクリスマスだぜ? 特別な相手と過ごす日なんだから、デートして色々する状況になったらどうすんだよ」
「そこまでするなら付き合えばいいと思う……その人にとっては君が『特別』なんだろう?」
「うーん、でも……」
珍しく渋っている様子だ。もしや過ごす予定の本命に遠慮しているのだろうか。無理なら断ってもいいが、それをこちらが決めていいものか。
「お前はクリスマスどうすんの?」
「家でくつろぐ予定だ」
「恋人と?」
「いない」
「いないんだ。じゃあ出かけてもいいか」
どういう基準だ。ムッと眉をしかめる新に清々しく言い放つ。
「そしたら、デートしたことない新くんに色々レクチャー出来るだろ。女子と関節キスするお前見るの、面白そうだし。なんならキス以外も教えるけど?」
「は?」
だって俺じゃ嫌だろ? 笑みを含んだ仁に壁際まで追い詰められる。何でキスする流れになってるんだ? 壁に右手を突いて見下ろしてくる。仁との距離が近い。
影に隠れた途端、笑顔に見えないのはどうしてだろう。近づくと思った右手が壁から離れ、仁の顔を覆ったその時、
「いいんちょ先輩いますか〜? 先生が探して……あ、副委員長。そんな所で何やってんすか?」
元気な声が割って入った。委員会の後輩だ。お芝居の練習すか? 今日は委員長と一緒じゃないんですねと横に回り込んできた伊達と新の目が合う。
「先輩みっけ。今、大丈夫すか?」
「ナイスタイミング」
「伊達くんさぁ……」
「先生がどうしたって?」
肩を落とした仁に構わず話を進める。
「生物の岩倉先生からニワトリ大脱走の捕獲依頼っす! 10匹が校内全域に散らばってるんで、暗くなる前に小屋に戻してほしいとのこと」
「わかった」
「副委員長も手空いてるなら手伝って下さいね! ノルマ二匹なんで」
じゃっ。後輩は元気に去っていく。後に続こうとする新の肩に手を置いて、ため息を一つ。
「チキン食いたくなった」
「クリスマスまで取っておけ」
R6.12.30