もう朝だよ、と次の屋台に進もうとするシャツの裾を引く。新がそれに気付く前に、すでに仁は立ち止まっていた。朝になれば楽しい祭りは終わり。
「そろそろ帰らなくちゃ……ね」
祭りを背に少女は微笑む。現世と異界の境界線に立つように。
「……」
彼女はこれからどうなるんだろう。白い少女を見下ろす新は悲痛な面持ちだ。
「どうなるってこのままだろ? 怪異なんだし」
「せっかく思い出したのに」
「お前のせいじゃないんだから気に病むなよ」
「そうだよ、気にしないで……」
「でも」
このまま一人にするのは──
「だからってここに残るとか言い出したりしないよな?」
「……それは駄目」
めっ、と叱りつけるように仁と少女が口を揃える。ひとりで寂しいとあれだけ言ってたのに、どういう心境の変化なのか。
「また三人で遊べたから、いいの。もうワガママ言わない……」
「一人にしたくないなら、来年もまた来たらいいしさ」
「──ここに?」
一年に一度、逢魔ヶ時の世界に通う。それは大丈夫なのか新には判断が付かない。そう。と頷く仁を見上げる少女はうれしそうに頬を緩めて。
「……一日だけ過ごすなら大丈夫だから、また遊びに来てくれる……?」
「君がそれでいいなら」
約束、と微笑んだ少女が差し出した小指に、しゃがんで小指を絡めてから新は立ち上がった。荷が下りたように昇降口に向かう背中を見送りながら、彼は言う。
「これで何回目になるかな?」
わからない、と首を振る少女は隠しもしない。友達を縛り付ける約束を取り付けたことを。鬼の怪異が連れてくる彼を可愛らしく微笑んで出迎える。少しずつ異界に溶かすように。少しずつ伸びた背はきっと十年どころではないはずだ。
それが高校生と変わらぬ若さであることも二人は知っている。
一年に一日祭りで遊ぶ、最初はそれでよかった。しかし仁の身体は数年と保たずに白く歪んでいき、すぐに怪異と化してしまった。人の記憶を保持しているのは、未だ祭りのむこうに至っていないから。こうして祭りに留まっていられるのは、少女とした約束(呪い)のせいかもしれない。
逢魔ヶ時のことを仁と新は忘れない。彼は何十年経っても会いに来てくれる、高校の文化祭を経て。
しかし、いつまでもそのままではいられない。
「早くこっちに来ないかな……」
君みたいに……。隣に寄り添う少女はもう二人の知る彼女ではなかった。友達をじわじわと異界に引き込もうとするその精神はとうに怪異のものだ。
彼女がいつからこの異界にいるのか、仁や新は知らないから。出会った当時小学低学年で迷い込んだばかりと仮定しても、軽く見積って二十年はそのままで。実際はもっと経過している。その程度でいられるはずがない。
手を繋ぎ、くすくすと笑い声を漏らす少女を鬼は否定しない。三人で楽しく遊べるのなら、現世だろうが異界だろうがどこでもよかったから。
「そろそろかな」
「うん。楽しみだね……」
年端も行かぬ少女のように、いつまでも白い無垢な姿でいられる訳がないのだから。
2023.12.25