Holding hands ─手をつなぐ
少年の目が急にそわそわし始める。楽しげな祭りの様子に圧倒されて怪異に怯えていた事はすっかり忘れたようだ。行こ、と引っ張る少女の手に連れられて左右に伸びる屋台の列を順に回っていく。
かき氷、りんご飴、金魚すくいやヨーヨー釣りと子供たちが喜ぶ屋台はたくさんあって、逢魔ヶ時の世界に迷い込んだ少年に見る見る笑顔が戻っていく。
楽しそうでよかった、と警備帽を被った少年が静かに微笑む。
怖がって泣いたままじゃ可哀相だから。せっかくのお祭りなんだから楽しんでいってほしい。
帰ってから、楽しかったなって笑って思い出してくれたらいいな。
僕は帰れないけど君には帰るお家があるから。
「何してんだよ、ボサッとしてたらはぐれちゃうだろ」
ほら、と少年が強く手を握り締める。どうかしたのと心配そうに顔を覗き込む白い少女に、首を振る少年の口元には小さく笑みが浮かんで。
「僕、わたあめ食べたい」
「さっきりんご飴食ったばっかりじゃん」
「わたあめ屋さんは向こう、釣り紐屋さんの近くにあるよ」
「見ろよあれ、ヨーヨー釣りだって。やろうぜ!」
子供が集まればてんでバラバラだ、他人に合わせる気がなく走り出す迷子の少年を二人は追いかけていく。
楽しいね、と笑いかける少女に警備帽の少年は、うんと頭を頷かせた。
あの時の君のはしゃぎようと言ったらなかったな、と昔を思い出した新から笑みが零れた。ぐうの音も出ない。お前だってはしゃいでたろ、と苦し紛れにオウム返しをしてみても、彼はそうだなと穏やかに頷くだけだった。
「楽しかったからな」
辺りの屋台に目を巡らせて呟く横顔が、提灯の灯りに照らされる様はまるで夢のように揺らいで。
そのまま祭りのむこうへ消えてしまいそうに儚げだ。
仁は慌てて頭を振ってその考えを振り払う。そんな不吉な事ある訳がない、彼はちゃんとここにいる。
こうして君と二人、祭りの中を並んで歩いているのは夢じゃない。それは確かだ。
「どうしたんだ、立ち止まると危ないだろう」
そう言って何のてらいもなく左手を握る。小さい頃とは反対に君が自分の手を引いて、祭りの人混みの中を歩いていく。
「……わたあめ食べたい」
「さっきりんご飴を食べたばかりだろう」
「うん、じゃあヨーヨー釣りやろうぜ」
見えてきたヨーヨー釣りの屋台を指差して、な? いいだろと隣を振り向く。このやり取りが初めて会った時と同じだと君は知ってるだろうか。多分、知らない内にたまたま被っただけだろう。
次に言う台詞はもちろん決まっている。
「勝負するか? 勝った方が負けた方に命令出来るというのはどうだ」
屋台の前で意地悪く笑って君は言う、俺が昔言った台詞を復唱するかのように。
ノった! と仁は元気よく笑って返す。
繋いだ手が離れないようにもう一度そっと握り直して、その温もりを確かめた。
2015.3