幼なじみとパンケーキ
あらたん、ちょっと。と千尋が新を手招きする。外では普通に呼んでくれるのに家に戻った途端にこれだ。お互いいい年だしそろそろその呼び方はやめてほしいと言ってるんだが、小さい頃からの癖はなかなか治らないようだ。
どうしたんですかと新が近づくと、内緒なんだけどねと弟の千隼とよく似た口調で耳打ちしてくる。
「知ってる? 始くんがさー、最近物騒な事言ってるんだよね」
「物騒って何を?」
「あらたんに彼氏出来たらゴルゴ13雇いたいんだって。バイト始めたのもそのせいらしいよ」
「……その、一ついいですか。彼女ならともかく彼氏は出来ないと思います」
「うん、それは僕も言った。でもねこないだ、ちーちゃんから聞いたんだけど」
「ちはや、君か。兄さんたちに吹き込んだのは。何を言ったんだ」
「何だったっけ?」
千隼に詰め寄っても首を傾げるだけ。とぼけているのではなく本気で覚えがないらしい。代わりに千尋が心配そうに眉を下げて、
「二人で歩いてたらナンパされたんでしょ? それ聞いたら、始くんじゃなくても心配になっちゃうよね」
「……ちはや。あれは内緒にって言っておいたのに」
「ごめーん。つい口が滑っちゃった」
あの時奢ってもらったパンケーキがおいしかったから、と千隼は舌を出した。声をかけられたのは事実だけど喫茶店で少し話しただけで何もなかったし。
確かにあの店のパンケーキは美味しかった、二人でもう一度食べに行ったくらいには。
ほら、出来たぞとキッチンに引っ込んでいた兄さんがトレイを持って戻ってくる。相手選びには気をつけてね? と千尋は締めくくって二人の頭を撫でた。
出てきた三時のおやつに大きく輝く目が四つ。兄弟二人揃って同時に手を合わせた。何から何までよく似た兄弟で微笑ましい。
「……パンケーキ」
「どうした、お前も好きだろう?」
湯気が立ち上って甘い匂いが鼻を擽る。兄お手製のパンケーキ。もちろん好物だが、さっき話題に出たばかりで素直に喜べない。ただの偶然に過ぎないのに、これは何かの牽制だろうかとさえ勘ぐってしまう。
食べないのかと向かいに座った始が怪訝な顔で見つめる。こんな美味しそうなパンケーキを食べない理由はない。
「美味しい」
「そうか」
一口食べて短く感想を呟く新に満足そうに頷いて、手にしたメロンソーダを傾ける。おかわりーと声を上げる幼なじみの兄弟に、それで全部ですとあしらう兄を眺めつつ、後で誤解だけは解いておこうとパンケーキを一欠片飲み下した。
2015.4