静かな時間
桜の下、仁は無言で缶ビールに口をつけるだけでいつものようにからかっては来なかった。時折、頭上の桜に視線を上げては穏やかに口元を引くだけ。こんなに無口な彼と過ごすのは初めてだ。
すっかり日も落ちた薄暗い公園のベンチの周りには空き缶がゴロゴロと転がって、漂うアルコール臭に顔をしかめたのが数分前。未成年がアルコールなんか飲むんじゃないと取り上げようとしたが失敗して、逆に隣に座らされて一緒に飲もうと赤い顔をにへらと綻ばせる。いらないと首を振って立ち上がる新の袖を掴んで、
「じゃあ飲まなくていいから一緒に花見しよう。な?」
花見じゃなくて飲み会の間違いじゃないのか。いくら新が半目になって呆れても仁の腕は離れようとしない。仕方なく彼の隣に座り直すと七分咲きの白い花弁を仰ぎ見た。
ここも満開になれば彼のように花見と称して酔っ払いが横行するのだろう。静かに観賞するにはちょうどいい頃合いなのかもしれない。
風にそよぐ花弁に手を伸ばし、感嘆の息を洩らす新に横からお団子の串が差し出される。
「コンビニのだけど」
「いいのか」
「花見と言ったらやっぱりコレと酒がなくちゃな。アルコールは駄目でも団子なら文句ないだろ?」
「ああ」
彼の手から遠慮なく受け取ると、それっきり黙って。酒を呷る横で三色の団子はすぐになくなってしまった。
ぼんやりと風に揺れる枝葉を眺めて静かな時間に身を浸す。隣に目を向けると傾けた缶ビールを飲み下す音が小さく聞こえて。
「……やっぱり桜は静かに見るに限るよな」
賑やかに囃し立てる昼の学校とは違う横顔。みんなといる時とは違い、こうやって静けさを尊ぶ時もあるのだと知った。
一人言のように呟く彼に、そうだなと新も小さく頷いた。
2015.4