鬼さんこちら
鬼さんこちら、手の鳴る方へ。
耳に馴染んだ掛け声に焦がれて、鬼は有りもしない幻想を追いかける。夕暮れにはまだ早い青空の教室の中で出会った誰かを探し求めて。
その教室にいたのは狐面を被った小柄な少年。
「……違う」
呟いた一言に狐の少年は首を傾げて、鬼かと静かな声で長身の影を見上げる。
「そう、鬼の怪異。そういうお前は……狐?」
「そうだな狐だ。面だけの紛い物だが」
甚平から伸びた細い足の下で草履が立てる微かな草の音、草の香り。幻想の人影と似てるようで似ていない。当たり前だ、何処にも存在しないから幻想なのに。
幻想だから恋い焦がれて、フラフラと彷徨う。見えない誰かが手を叩いて鬼を呼んでいる。
まるで目隠し鬼だ。
約束しないかと差し伸べた手はどうなった? 人間たちの祭りの中、誰と何の約束をしたんだろう……?
「たどり着いたか?」
何の事か分からない。首を振って否定するが諦めてはいない。居もしない幻想を追いかけるのは意外と楽しいから。
「さあ。呼ばれてるからフラフラしてるだけだよ」
「誰に」
「会いたい奴、じゃないの? 幻聴だからよく分からないけど」
「そうか。……会えるといいな」
こっちだよ、と声に引かれて鬼は戸を振り向いて、教室を後にする。一度も狐の少年の方を振り向かなかった。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ……」
鬼の少年がいなくなった後、教室で一人口ずさむ。
窓縁に肘を突き、楽しそうに。
頭に白い狐面を斜めに被った少年が小さく笑う。
「……ここにいるよ」
鬼さんこちら、手の鳴る方へ。早く見つけて捕まえないと逃げてしまうよ。
さて、気が付くのはいつ?
2015.5