今日は平気?
今日こそは、とメモを片手に受話器に手をかけた瞬間、鳴り響く自宅電話。表示された番号は君の携帯番号、また先を越された。
『新? 遠藤だけど。暇してた?』
脳天気を装った彼の声もここ二、三日ですっかり聞き慣れた。はい、逢坂ですがの「おう」辺りで電話の向こうの空気がふっと軽くなって、いつもの仁の声になるのがおかしかった。他人が出る事にそんなに緊張してたら通話なんか出来ないだろうに。
「また用事もないのにかけてきたのか」
『別にいいじゃん、電話なんか話したいからするもんだし』
毎回の恒例になりつつあるやり取りを経て、一方的に話し始める明るい声を耳に、新は子機を持って二階の自室に引っ込む。
今日も誰かを呼ぶ声が静かな廊下に木霊して。電話のお陰で怖さは紛れて、怯えずにドアを閉められた。
毎日学校で顔を合わせて、あんなに喋ってもまだ話し足りないのかと最初は思っていたが、思い返すと五分に満たない通話も多かった。今日は平気? と気遣うだけの一言や、今ちょっと出れる? と呼び出されて外で会ったりする日が増えていた。
少しの会話で大分寂しさは緩和され、どれだけ彼に救われたかしれない。
「バイト中か」
『分かる? 今、休憩時間だからちょっとだけ』
「月曜に学校で会うのに」
『そうだけど、どうしても譲れない時ってない? 月曜に会えるのは分かってるけど今日この時に会いたい、話したいって気になるの』
「ない」
ないかーと残念そうに息を吐く音の傍らカップを傾ける。あっても相手に迷惑がかかるから我慢する。
そう付け加えるでもなく無言でカップを吸ってると、あっても我慢してるんだろうなとあっさり見透かされた。
『お前らしいけど、本当に譲れない時は後ろも振り返らずに一人で突っ走ってくイメージ』
「人を猪突猛進みたいに言うな」
『だって決めたら頑固だし、冗談言っても中々面白がってくれないし、小さいってからかったら怒るし。ほら、間違ってない』
「悪かったな」
やれやれと小馬鹿にした仁の顔が目に浮かぶ。目の前にいたら確実に睨んでいた。こんな短時間にわざわざ険悪にしなくてもいいのに。
無言で中身を全て飲み干してる間に休憩が終わったらしく、椅子から立ち上がる音がした。
『休憩終わるからそろそろ行くわ、また電話する』
「無理してかけてこなくていい」
『してないけど、たまにはお前からかけてくれるとうれしいかも』
「……」
君が先にかけてくるからかけられないだけだ、何度もかけようとしてる。そう、正直に伝えたら君はどんな顔をするのか少しだけ気になった。
2015.5