ただ迎えに来てほしい
「誰か待ってんの?」
そう声を掛けたのは黒い目隠しをした長身の少年で迎えに来てほしい人じゃなかった。机にうつ伏せていた顔を上げ、少年はずらしていた狐面を正面に被り直す。
紅かった教室は間もなく夜闇の紺色に変わろうかという時刻。やっぱり誰も来なかった。
「迎えに来てくれたらいいなと思ってた」
「この学校から連れ出してくれる誰かを?」
「違う。ただ迎えに来てほしいだけ」
座ったまま窓の外へ目を向ける。今日もまた陽が落ちて、明日になれば陽が上るのだろう。いつから待つようになったのか、誰に迎えに来てほしいのかなんて覚えていないけど、一つだけ残った何かの欠片は胸を焦がして呼び続ける。別れを選んだけど本当は会いたいと胸を締め付け、教室の窓を覗かせる。
焦がれる相手は決して現れないと解ってるのに、悠久に流れる時間が期待を許してしまう。
待つ事が苦にならない怪異の身は便利で不便だ。覚えてないからいくらでも待ち続けて、希望も絶望も感じない。
「じゃあ俺が連れ出してもいい訳だ」
「生憎だが君じゃない」
「顔も覚えてないくせに何で判るんだよ」
「君は違うから」
だから何でと目隠しの少年が両手を机に突いて見下ろしてくる。苛立った彼の視線を受け流して席を立って廊下に向かう。
「どこ行くんだよ」
「さあ。どこでもいい」
「……もし、その誰かが迎えに来てくれたらお前は行くの?」
「そうだな。……行けたらいいな」
あり得ないけど、あり得ないから夢を見てもいいだろう。いつか誰かが迎えに来て、連れ立ってどこかへ行く幻想の夢を。
廊下を出ても何だかんだ言って長身の影は付いてくる。小柄な影と二つ並んだ影が曲がり角を曲がった後、入れ替わりに一人の少年が廊下に現れる。袖を通さず肩に羽織っただけの上着を靡かせて、歩く足取りは静かに異界の学校を彷徨う。
二人の怪異と一人の人間はお互いに気付く事なくすれ違うだけ。それを知る者は誰もいなかった。
2015.5